SUEZの例に見る中国での水ビジネスにひそむリスク

世界の水ビジネス企業は中国市場に熱いまなざしを向けているが、そこには当然のことながら、それなりのリスクもひそんでいる。それを象徴的にあらわしているのが、Suezが中国で手がけているプロジェクトのひとつが遭遇した以下のような困難である。

 

2000年、Suezは人口300万の吉林省四平市で、合弁事業による浄水プロジェクトに160万ドル(約1億7000万円)を投資した。吉林省のある中国東北部は、経済的にそれほど豊かとはいえない地域である。

プロジェクトの開始にあたってSuezが四平市とかわした合意文書には、合弁の相手である四平市自来水公司が毎年一定量の水をSuezから買い取ることが明記されていた。四平市はまた、地元企業による違法な井戸掘削を厳重に取り締まることも約束した。違法な井戸を掘られると水道料金を課せられないばかりでなく、水道水の需要そのものが減るため、合弁事業の収益性を確保するためにはそのような行為をやめさせる必要があったのである。

ところが、事態は当初の見込みどおりには推移しなかった。

2001年、最初の問題が起きた。この年、四平市自来水公司は、予算がないという理由でSuezへの支払いを拒否した。このため、Suezは四平市で多くの費用を投じているにもかかわらずそこからほとんど収入を得られないという状況におちいった。

それとほぼ同じころ、それまで国営企業だった四平市自来水公司の民営化がはじまり、その過程で、四平市自来水公司の資産は新たに設立された四平龍源水公司に譲渡された。上水道インフラを手にした四平龍源水公司は、四平市でSuezと競合する存在になった。いっぽう四平市自来水公司は、Suezへの債務を清算しないまま破産を申請した。四平龍源水公司のほうは、その成り立ちからして四平市自来水公司と深いかかわりがあったにもかかわらず、その債務には責任がないという態度を表明している。

「合弁事業に関する債務を負っているのはわれわれではない。約束をしたのは政府だ。政府が債務を履行すべきなのだ」と四平龍源水公司のLiu Xiaodong部長はいう。四平龍源水公司はまた、当初の合弁事業で約束されていた量の水をSuezから買えていないのは、顧客の需要が少ないからだと主張している。

違法な井戸の件についても、四平市が厳重な取り締まりを約束してから7年以上が経つというのに、状況はほとんど何も変わっていない。市は違法な井戸を取り締まる条例を成立させ、禁止の布告を出したが、取り締まりの執行は手ぬるく、市内には依然として違法な井戸がいたるところにある。取り締まりが手ぬるいのは、井戸の存続が許されなければ企業が市を捨ててよそへ行ってしまうと考えられているからでもある。

四平市は、Suezに補助金を約束することでこの問題の改善をはかろうとしてきた。しかし、これがまた新たな問題を生むことになった。「市は井戸をなくせなかったので、中法水務投資有限公司(Suezの中国法人)に損失の埋め合わせとして補助金を交付することに同意した」と四平市のZhang Ziyong公共事業局長はいう。「しかし、補助金の一部はまだ支払われてなく、これはSuezにとってあまりうれしいことではないだろう」

こうした事態をうけて、Suezは吉林省長と話し合いをもつとともに、四平市長と再度交渉した。しかし、問題はいまだにほとんど改善されていない。中法水務投資有限公司のSteve Clark執行役員はこう述べている。「これは、『できない』と『する気がない』のちがいだ。われわれは、彼らが財政難のために支払えないのだと思っていた。だからそのことにいちおうの理解を示した。だがいまとなっては、彼らは支払えるのだということを確信している」

法的には、Suezが合弁相手を訴えたり、あるいは合弁相手との調停を申請したりすることはできないことではない。しかしSuezは、四平を含めて中国全土に合計21の合弁水処理施設をかかえており、法的手段にうったえた場合に他のプロジェクトの合弁相手がどのような反応を示すかを警戒している。これについて、四平の件でSuezの法律顧問を務めていたLeo Zhou弁護士はこう述べている。「Suezは、地方政府や中国パートナーを法廷や調停の場にひっぱり出すパイオニアになることを望んでいない。会社にとってマイナス・イメージになるおそれがあるからだ」

外国企業が中国の水処理事業に投資しようとしてトラブルにおちいったのは、これがはじめてではない。イギリスのThames Water Utilities、香港のChina Water、それにいくつかの金融投資企業が、同様の目に遭って中国の水処理市場からすでに撤退している。こうした場合、ベストなシナリオは、2004年に上海市がThamesの水処理プロジェクトに対してしたように、地方政府が外国パートナーの持ち分を買い上げることである。Suezも、四平市が正当な価格で買い上げることができれば、よろこんで自社の持ち分を売却するだろう。

さしあたってSuezは、中国の東北部などの、比較的小規模で貧しい都市へのさらなる投資には、きわめて消極的になっている。「率直にいって、四平での経験が何を意味しているかというと、それは、中国のどの地域に進出するかについて、われわれがきわめて慎重になっているということだ」とClark執行役員はいう。だが、同役員によれば、中国国内の他の水処理プロジェクト、とりわけ経済的に豊かな沿岸地方におけるプロジェクトでは、Suezは利益を出しているという。2007年11月にフランスのサルコジ大統領が中国を訪問したとき、Suezは重慶市および天津市と新たなプロジェクトの契約を結んだ。

四平市の合弁事業体は、Suezによる当初の需要予測にもとづき、市内に第2の浄水プラントを建設することを望んでいた。だがいまとなっては、Suezは四平にしろどこにしろ、中国東北部には近づこうとはしないだろう。これについて、清華大学水政策研究センターのChen Jining教授はこう述べている。「これは、四平市にとってきわめて大きな損失だ。なぜなら、四平市当局が信用を失ったのだとしたら、水ビジネスの投資家ばかりでなく、ほかの投資家もあえてそこに投資しようとは思わないだろうから」