特集(2013年11月号) – ベトナムでの上下水道事業:現状と展望

他の新興国と同様に、今後ベトナムでも上下水道市場が拡大するものと見られている。特に、規制緩和にともない上下水道事業への民間企業の参入のハードルが以前に比べて低くなり、PPP案件は増えると予想されている。このような状況に柔軟に対応するためにも、ベトナムにおける水ビジネス関連の規制体系や、他の企業の進出動向を整理する必要がある。
そこで本稿では、ベトナムの上下水道事業に焦点を当て、関連行政および法規制、ならびに民間企業による上下水道事業への参入について概説する。

1. ベトナム上下水道の概要

国連児童基金(UNICEF)と世界保健機関(WHO)が2012年に発表したProgress on Drinking Water and Sanitation 2012(*1)によると、ベトナムにおける都市部と農村部それぞれの上水道普及率は2010年時点で59%と8%であり、全国平均では23%となっている。一方下水に関しては、上記の資料には「下水道」のみの普及率についての統計データはないが、他の資料(*2)によると2010年時点では全国平均で18.0%となっている。

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図:ベトナムの上水道普及率の推移
(UNICEF Progress on Drinking Water and Sanitation 2012をもとにEnviX作成)

今後の上水道および下水道のそれぞれの発展目標については、後述する首相決定第1929/QD-TTg号および首相決定第1930/QD-TTg号において2025年までの細かな目標が定められている。そのため、これらの目標達成に向けて、ベトナムでは上下水道への投資が今後ますます増えるものと見込まれている。

*1 http://www.unicef.org/media/files/JMPreport2012.pdf*2 GWI, Global Water Market 2011

ところで、ベトナム国内で水道事業を所管する省庁は下図の構成となっている。首相府より国全体の開発目標などが公布され、それを受けて各省庁が実施政策を定めている。都市部の水供給事業については建設省が、農村部については農業・農村開発省が所管している。衛生施設に関しては厚生省の所管であり、その他、水質基準の管理も行っている。一方、水事業への投資を担当しているのが計画・投資省であり、水事業に関連する国内および海外からの投資を呼びこむことを目的としている。ODAについては財務省がその管理を担当しているが、計画・投資省が水事業関連のODAの誘導を実施している。

これら中央政府の決定に基づき、各省および各市の人民委員会が詳細な水道設備計画を定める。実際に事業を実施しているのは、各人民委員会により設立された水道公社である。

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図:ベトナムの水道事業に関わる当局とその役割
(厚生労働省 平成21年度水道国際貢献推進調査報告書をもとにEnviX作成)

2. ベトナムにおける水資源関連の主な規制体系

ベトナムでは、急速な工業化と都市化にともなう環境汚染が問題になりつつあり、そのひとつが水質汚染である。このため、近年は特に水資源の保全に関する規制が多く見られる。
国内の水資源に関する基本法となっているのが「水資源法(17/2012/QH13)」である。同法は1998年水資源法に替わるもので、全10章79条から成る。ベトナム国内の水資源の管理、保全、開発、利用、および水害への対策、克服について規定している。
この法令の下で排水に対する各種規制が制定されている。「都市及び工業団地の排水に関する政令(88/2007/ND-CP)」(*3)は、都市及び工業団地の排水システムからの排水、並びに個別世帯からの排水は国家の管轄機関によって定められた環境基準に適合しなければならないことを定めている。また、この下位法令となる通達(09/2009/TT-BXD)も既に公布されている。
その他、最近では「排水に対する環境保護費用に関する政令(25/2013/ND-CP)」(*4)およびその実施規則となる「共同通達(63/2013/TTLT-BTC-BTNMT)」が公布された。これらは、工業廃水または生活廃水を排出している個人および組織に対して、環境保護料金を納める義務を規定している。

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図:水資源法と排水関連規制の体系

*3 政令88/2007/ND-CPについては、2013年11月時点で改正案の検討が進められているため、今後の策定状況には注意が必要である。*4 同政令の詳細については、EWBJ46号に掲載されている「ベトナム、『排水に対する環境保護料金』に関する政令第25/2013/ND-CP号を公布」を参照。

なお、細かな水質基準については、別途ベトナム国家技術基準(QCVN)で規定されている(下表)。

表:水質基準に関するベトナム国家技術基準の例

名称 基準番号
地表水の水質環境基準 QCVN08:2008/BTNMT
沿岸水の水質環境基準 QCVN10:2008/BTNMT
地下水の水質環境基準 QCVN09:2008/BTNMT
産業排水基準 QCVN40:2011/BTNMT
家庭排水基準 QCVN14:2008/BTNMT
ゴム加工産業からの排水基準 QCVN01:2008/BTNMT
水産食品加工業からの排水基準 QCVN11:2008/BTNMT
パルプ紙産業からの排水基準 QCVN12:2008/BTNMT
繊維産業からの排水基準 QCVN13:2008/BTNMT
固形廃棄物の埋立処分場からの排水基準 QCVN25:2008/BTNMT

一方、上下水道の開発については以下の体系となっている。最も上位に当たる「浄水の生産、供給、消費に関する政令(117/2007/ND-CP)」は建設省が策定したもので、都市、農村、工業団地を含む全ての地域における浄水について規定している。浄水供給に関する包括的な法令であるため、細かな目標値などについては言及していない。

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図:上下水道開発に関わる法体系

そのため、この下位法令となる各種規制が定められており、特に重要なものは2009年に公布された首相決定第1929/QD-TTg号である。同首相決定は、2050年を視野に入れた2025年までのベトナム都市及び工業団地における給水目標を規定している。都市の階級ごとに各項目の目標値を定めているが、上水道普及率および無収水率について、2015年、2020年、2025年の目標値は以下のように設定されている。2025年までの目標としては、都市給水率が100%に達することを目指している。
また無収水率については、2025年までに15%まで引き下げることを目標にしている。ところで、無収水のなかのひとつである漏水についてはホーチミン市が最も悪く、2012年の漏水率は36.54%で、全国63省市で最も高かった。これは、老朽化した水道管や旧式の浄水施設などが原因であり、試算では1日当たり60万m3近くの水道水が失われたているという。

表:首相決定第1929/QD-TTg号での各目標値

項目 都市等級 2015年 2020年 2025年
上水道普及率(%) III以上 90 90 100
IV 70
V 50 70
無収水率(%) III以上 25 18 15
IV
V 30 25

下水については、上記の首相決定と同日に公布された首相決定1930/QD-TTgがある。こちらは、2050年を視野に入れた2025年までのベトナム都市及び工業団地における排水目標を定めている。具体的な目標として、以下の目標が掲げられている。
特に注目すべきは、2025年までに処理水の20~30%を再利用するという目標である。ベトナムは比較的に雨量の多い国(年間平均降水量は1500~2000ミリメートル)であるが、近年では水の使用量が増えたため地下水をはじめとした水資源の枯渇が問題になりつつある。上記の「都市及び工業団地の排水に関する政令(88/2007/ND-CP)」は現在改正が検討されているが、そこでは「排水の再利用」についての規定が追加される見通しである。このため、水の再利用といった分野でのニーズは今後確実に高まると予測される。

表:首相決定第1930/QD-TTg号での各目標値

項目 2015 2020 2025
下水処理率 III以上の都市で40~50%
  • III以上の都市で60%
  • IV、Vの都市および伝統工芸村で40%
  • IV以上の都市で70~80%
  • Vの都市および伝統工芸村で50%
  • 伝統工芸村には分散型下水処理設備を設置
工場排水
  • 全ての排水を処理する
  • 全ての工業団地に分流式下水道を整備する
その他 IV以上の都市では公共トイレを整備する 人口集中地区において水路が原因となる水の環境悪化を防止する 処理水の20~30%を再利用する。

※上記の都市等級は以下のように分類されている。

表:ベトナムの都市区分
(厚生労働省 平成21年度水道国際貢献推進調査報告書をもとにEnviX作成)

都市等級 都市形態 人口規模 都市
特別市 大都市 150万人以上 ハノイ、ホーチミン
I 国都市 50万人~150万人 ハイフォン、ダナン、カントー
II 地方都市 25万人~50万人 フエ、ニャチャン、他 10都市
III 県都市 10万人~25万人 16都市
IV 地域自治体 5万人~10万人 58自治体
V 地区自治体 0.4万人~5万人 612自治体

3. 上下水道事業への民間企業の参入に対する課題

ベトナム計画投資省のインフラ都市センター局によると、国内の都市水道事業に必要な資金は、2015年までに総額 63.5兆ドン(約2470億円)と試算されているが、投資の魅力が薄いために資金確保が難しいという。計画投資省の予測では、都市部や工業団地の水道需要は2015年までに日量880万m3に達するという。これを満たすためには、浄水場の建設など供給能力の拡張に27兆ドン(約1050億円)、水道網の敷設に32兆ドン(約1245億円)、老朽化した水道管の交換や漏水対策に4.5兆ドン(約175億円)が必要になると見積もられている。

しかしベトナムでは、民間企業が上下水道事業へ参入した例は依然として少ない。これは、事業性の関係で外国企業が出資して建設し、運営・管理する環境は厳しいためである。従って、民間企業はいままで殆どODAなどの案件で施設を建設するゼネコンとして活躍している例が多い。

民間からの投資を促進する方法としてPPPがあるが、現状ベトナムでは、水道価格は政府に制限されているため、PPPのようなスキームで事業をやる場合、事業性を確保するために政府からの優遇が必要となってくる。しかし、ベトナム政府はそのような優遇策を明確にしていない。

一方、PPPスキームを上手く実現できない中で、BTスキームはある程度可能性があると考えられている。ただし、以下に挙げるふたつの問題が依然としてある。

(1) 資金調達源:
現在、ベトナム国内において浄水場や下水処理場の建設に対する需要は大きいが、そのための資金がないことが、どの地方でも課題になっている。このため、資金をどのようにして借り入れるかが重要となる。事業性の確保や返済の保証などの点から、日本の銀行の条件は厳しいと言われている。
(2) 返済の保証:
建設完了後に確実に返済してもらうために、銀行はベトナム財務省からの保証を求めているが、ベトナムでは特別な案件でない限り財務省からの保証はありえないのが現状である。

このため、上記のインフラ都市センター局のラン局長は、今後の水道事業への民間企業の参入について次のような展望を語っている(2012年7月の現地メディアの報道より)。

都市水道事業に関する投資政策を民間企業の参加を促すようなものに改め、国営企業の参加を徐々に減らしていく必要がある。そのためには、BOT方式やPPP方式など、ODAに代わる投資方法を促進するほか、民間企業の参入を促すための仕組み作りとして、参入企業が収益を上げられるような水道料金の見直しが必要である。
計画投資省では現在、PPPによるパイロット事業に向けた調査事務所を設立するため世界銀行と協力している。橋梁やトンネル、高速道路、病院、発電所などのプロジェクトを調査中であるが、今後は水道事業も加えたい。また、計画投資省は、都市水道事業への民間企業の投資需要と参加促進に関する草案をまとめている。

このように、PPPスキームについては、現在、関連規則(首相決定2010年第71号 71/2010/QD-TTg)の改正が進められている。これによって官民出資率が変わり、政府からの融資保証も確保しやすくなると見られている。
2013年11月の現地報道によると、今回の改正にともない、BOO(建設・所有・運営)、DBFOMT(設計・建設・資金調達・運営・保守・譲渡)、BFOM(建設・資金調達・運営・保守)、OM(運営・保守)などの各方式もPPPと見なされることになるという。また、PPP案件の総事業費に対する政府支出の上限も引き上げられる見通しである。今のところは、2014年3月頃にこの改正案が制定される予定であるという。
これにより、将来的にはPPPスキームの案件が増え、民間企業が上下水道事業に参入するチャンスが多くなると考えられる。

4. 上下水道事業への民間企業の参入事例

このような民間企業の参入が厳しい現状のなか、近年の上下水道事業への民間の参入事例として以下のものが挙げられる。

表:民間企業の参入事例

Thu Duc浄水場 第2期開発 Dong浄水事業
給水能力 30万 m3/日 30万 m3/日
事業者 Thu Duc BOO水道株式会社(特別目的会社、SPC)(出資:WACO、ホーチミン市インフラ投資株式会社、1号建設総社、ホーチミン市発展投資基金、REE、Thu Duc住宅開発株式会社) SPC(ベトナム側:ハノイ水道公社、VIWASEEN、日本側:JICA(予定)他のメンバー未決定)
トータルコスト 1.6兆VND(約76億円) 2億3000万USD(約226億円)
形態 BOO PPP

また最近では、フィリピンのManila Waterが、ベトナムでの事業展開を強化している企業のひとつである。同社は、1997年のマニラ首都圏の水道民営化に伴い、Ayalaグループと三菱商事の出資により設立した企業である。上下水道の運営・管理の事業をおこなっている。フィリピン・マニラでは、620万人にサービスを届け、無収水率は11%に下がり、99%の地域で24時間給水に成功している。このような特筆すべき実績もあり、2012年5月のADB第45回年次総会にて、成功を収めたPPPモデルとして挙げられた。

フィリピン以外ではすでにベトナム、インドネシア、インド、オーストラリアに進出している。近年の業績を見ると、順調に成長していることがわかる。2011年の売上は約12億ペソ(約26.4億円)、純利益は約4.2億ペソ(約9.24億円)であった。

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図:Manila Waterの業績推移
(各種資料をもとにEnviX作成)

Manila Waterのベトナムでの最近の動向は以下の通りである。自らだけで進出するのではなく、関連会社の株式を取得し、経営に参画することで、まずはベトナムでの実績作りを狙っている姿勢が見られる。
また、最近では、2013年4月15日の同社の株主総会の場でも、Gerardo Ablaza CEOは、ベトナム、インドネシア、フィリピンの3か国への事業展開を強化していくことを発表している。今後もベトナム市場での同社の動向は、注目に値するであろう。

表:Manila Waterのベトナムでの動向

2008年5月 ベトナム・ホーチミン市での無収水改善事業(2008-2012)において、技術協力を実施した。これがManila Waterのベトナムでの初の事業となる。
2011年12月 Thu Duc BOO社(ホーチミン市で最大のバルク水供給会社)の株式を49%取得した。
2012年4月 Kenh Dong社(ホーチミン市で水インフラのBOO事業を展開)の株式を49%取得した。
2012年8月 ホーチミン市・マニラ市のビジネスマッチングセミナーにおいてGerardo Ablaza CEOは、今後もベトナムでの事業を拡大していくと述べた。

5. ベトナム進出に向けて

現在、複数の日本企業がベトナムの水ビジネスに進出している。日本企業が参画する大きな案件のほとんどは円借款ODA案件であるが、過去には日本のODA案件であっても、韓国企業が落札する案件も少なくはなかった。この理由としては、日本企業の提示したコストが韓国企業より高いことが挙げられる。また、世界銀行やADBなどの案件においても、韓国企業や中国企業などに対してコスト面で劣ってしまうことがある。

また、ベトナムで事業を拡大するためには、実績を積むことも重要である。そのためにも、最初の案件から多くの利益を得るのではなく、可能な範囲の利益を見越して、手頃なコストで入札することが求められる。コストを削減するためには、設計、建設、設備などに関して現地のサブコンやサプライヤを使うことも検討する必要があるだろう。このようにして、小さい案件で経験を積みながら実績を積み、さらに人脈を広げることが重要となるだろう。その他にも、すでに実績のある企業と手を組み、入札するという手段もある。

ますます上下水道への投資が高まると予想されるベトナムにおいて、関連規制の策定や、競合他社の進出状況を把握することは、ビジネスを成功させるためにも必要なことである。その上で、上記のような点に留意しながら着実に実績を重ね、ベトナム市場に根付くことが重要となるだろう。

(参考)
以下は、日系企業のベトナム支社に勤める、EnviXのパートナー(ベトナム人)からのコメントである。ベトナム進出を検討する上での、現地スタッフの考え方のひとつとして参考にしていただきたく、ここに掲載する。

ベトナムで事業を拡大する上で、現地の人材を十分に重視すべきである。しかしながら、現状、日本人スタッフと現地スタッフの待遇に格差を付けている日本企業が少なくない。このため現地スタッフのなかには不満を持っている者もおり、いつかチャンスがあれば会社を辞めるようと考えているスタッフが多い。
また、進出するにあたっては充分に現地の事業を重視する気持ちを持たなければならない。さらに、事業案件の情報などを早期に入手したり、手続きを円滑に進めるためにも、政府機関(計画投資省、建設省、農業農村開発省、各地方の人民委員会およびその付属各局)との人脈関係を築くことも重要である。

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