特集(2014年2月号) – イスラエルの水ビジネス戦略

本稿は第49号(2014年2月号発行)に掲載された特集記事「イスラエルの水ビジネス戦略」です。

はじめに

中東地域でも有数の都市であるイスラエルのテルアビブにて、2013年10月22日~24日、水技術と環境技術の国際的な展示会であるWATEC Israel 2013が開催された。世界100か国以上から参加者が集まり、イスラエルの水企業を中心とした企業ごとの多数のブースを訪れた。淡水化、廃水処理、灌漑システム、漏水検知、節水などの分野の最新技術がここでは展示された。
イスラエル輸出・国際協力機構(IEICI:Israel Export and International Cooperation Institute)によると、水ビジネスにおけるイスラエル企業の輸出総額は、過去6年間で2.7倍になり、2012年には20億ドル(約2040億円)に達したという。さらにこの額は2013年には22億ドル(約2244億円)になったと推定されている。現状の最大の輸出相手は米国であるが、メキシコ、トルコ、中国、インドなどのミドルクラスの新興国の市場も開拓しつつあるという。イスラエルの水産業界には約280の国内企業があるが、そのうちの150が海外に進出している。さらに、2012年の輸出総額の半分にあたる約10億ドルは、20の主要企業によって占められているという。
同国の水ビジネスの未来についてIEICIのCEOであるOfer Sachs氏は次のように述べている。「水産業は、イスラエルからの輸出にとって将来の成長の原動力のひとつとして認識されている」

イスラエルは中東の小国というイメージであるが、どのようにしてここまで水ビジネスが発展してきたのか?今回の特集ではこのテーマについて概説していく。

小さな国内市場と産業振興

イスラエルの基礎データは以下の通りである。日本と比較した場合、面積は四国程度であり、一方で人口は愛知県(日本で4番目)よりやや多く、年率1.8%で増加している。国民の多くを占めるのがユダヤ人である。産業分野では、最近では特にITを中心としたハイテク産業やライフサイエンスが有名である。このような産業分野が盛んになった理由のひとつが、国内市場の限定性にある。経済成長を維持するためには輸出促進が必要不可欠であるため、競争力のあるハイテク政策がとられてきたのである。1970 年~1980 年代中頃は幅広く企業への助成を行い、その後は1992 年までは研究開発助成を急増した。そして、1993 年以降には各クラスターの形成およびベンチャーキャピタルによるターゲット企業を絞った戦略的投資を実施してきた。こういったプロセスを経て、国内ベンチャー企業の勃興が生じた。

面積 2.2万km2
人口 約798万人(2012年)
民族 ユダヤ人(約75.4%)、アラブ人その他(約24.6%)
宗教 ユダヤ教(75.4%)、イスラム教(17.3%)、キリスト教(2.0%)、ドルーズ(1.7%)
主要産業 工業(情報通信、医療・光学機器、ダイヤモンド加工、化学製品,繊維等)、金融・サービス業

国内の先進的な産業技術を海外に展開するためにも、イスラエルは研究開発に特に力を注いでいる。2011年の研究開発投資の対GDP比率は、経済協力開発機構(OECD)の加盟国のなかで最も高く4.38%であった。OECD加盟国の平均値が2.37%であることを考えると、イスラエルがいかに研究開発投資に注力しているかが分かる。

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図 研究開発投資の対GDP比率
(出典:Main Science and Technology Indicators, Volume 2013 Issue 1、OECD)

水不足

イスラエルは常に水不足に悩む国である。同国の北部は湿潤な地中海性気候であるものの、南部は乾燥帯気候に属しその大部分は砂漠地帯であるため、水の確保は同国にとって死活問題である。下図は、北部のテルアビブと南部のエイラートにおける各月の平均降雨量を示している。テルアビブの年間降雨量は529mm、エイラートは31mmである(なお、東京の平均的な年間降雨量は1528mmである)。このため、長年にわたり水分野での取り組みが非常に積極的に進められてきた。

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図 テルアビブとエイラートの各月の降雨量

特に農業用水は水技術のなかでも最も早くから取り組まれてきた分野のひとつであり、「点滴灌漑法」の開発が有名である。これは、パイプを通して要所に水を送ることで、水や肥料の消費量を最小限にする技術である。イスラエルの60%以上の農地でこの手法が採用されているという。同国のNetafimは、この点滴灌漑技術分野の世界的リーダーでもあり、同分野での功績が認められて2013年には「ストックホルム産業水大賞」を受賞した。
また、農業向けとして廃水の75%が再利用されており、これは世界で最も高い水準である(第2位のスペインは12%であり、イスラエルが世界的にみても進んでいることがわかる)。限られた水資源を如何に効率良く使用するかが、同国にとって重要な課題なのである。

スマート・ウォーター関連企業

これまで述べたように、イスラエルは国内市場の限定性および水不足といった問題に直面しながらも、それらの解決を図ろうとしている。このような状況のなか水分野においては、最近特に注目を集めているのが、水道インフラ分野におけるスマート・ウォーター関連の企業である。新興国での水道インフラの新設および先進国での水道インフラの改修といったニーズが高まるなか、スマート・ウォーター関連市場もそれに合せて成長し、2018年には120億ドル(1兆2240億円)を超えると言われている 。
ここでは、イスラエルのスマート・ウォーター企業2社の最近の海外戦略について紹介する。

TaKaDu

本社はイスラエルのYehudにあり、その他にイギリスとオーストラリアに支社を置く。TaKaDuは、水道ユーティリティがネットワーク効率を改善したりすぐれた中長期計画を策定したりするのに役立つ水道ネットワーク管理の分野で、世界のトップを行く企業のひとつである。高度な数理統計アルゴリズムを用いて、TaKaDuはユーティリティで発生するさまざまなデータを繋ぎ合わせ、それをもとに実行可能な方策を見つけていく。TaKaDuのソリューションは、水道ネットワークの運営管理方法を、ネットワークをモニターして漏洩、流量、圧力などを検知する分析的なものから、課題の明確化、資源の最大化、運用コスト(OPEX)と設備投資(CAPEX)に関する意思決定といった経営的なものへ転換する。これはクラウド・ベースのソリューションで、迅速な実施が可能であり、ネットワークに物理的な変更を加える必要がない。
TaKaDuのソリューションを採用することで以下の利点が得られる。

  • 水の損失や水道ネットワークの保守費用の削減
  • リアルタイムでの修理状況の提供
  • 水道ネットワークにおける問題箇所のおおよその特定
  • 破水率の知恵源とその結果としての損傷の削減
  • 保守計画と計器配置に関する支援
  • 運用上の不良検出(計器故障、過度のポンプ作動)

TaKaDuのこのソリューションは、欧州、オーストラリア、ラテンアメリカ、および中東の水道ユーティリティにひろく採用されている。また、同社はそのリーダー的地位と革新的なアプローチにより、世界経済フォーラムの「テクノロジー・パイオニア2011賞」や「2013年SUSTAINIA賞」など、多くの賞に輝いている。

この2年間のTaKaDuの主な動向をまとめたものが下表である。注目すべきは、海外のエンジニアリング会社または水道事業会社と多く提携を結んでいる点である。このことから、海外市場に進出する際には自社だけでなく現地企業と組んで自社製品の販売に繋げるという、TaKaDuの海外戦略が推測される。

年月日 トピック
2012年4月4日 スイスの電力大手ABBより、600万ドルの投資を受けることを発表[1]。
4月27日 ラテンアメリカ地域での以下の会社との提携を発表。
(1) ブラジル:Gerentec Engineeringとの提携
(2) チリ:AWTとの提携
上記2社はいずれも、水関連のエンジニアリングなどを手掛けている。
9月4日 オーストラリアに支社を開設
2013年2月25日 オーストラリアのエンジニアリング会社Sinclair Knight Merz(SKM)との提携を発表[2]
⇒SKMとTaKaDuは協働して2013年9月に、現地の水供給事業体である豪クイーンズランド・アーバン・ユーティリティから、水道管網における漏水検知システムの契約を受注
3月11日 イギリスに支社を開設
6月17日 米国のエンジニアリング会社Psomasと提携
2014年1月8日 ブラジルの上下水道運営事業会社であるAegea Saneamento e Participações S.Aと提携[3]

最近ではスペインの水道ユーティリティと契約を延長し、ますますこの分野での地歩を固めつつある。

Whitewater Technologies

イスラエルのテルアビブに本社を置く。Whitewater Technologiesは水道事業体に対して水道の安全保障管理を支援するソリューションを提供している。その主な製品は以下の2つである。

WaterWallTM
水道ネットワーク管理システム。複数の情報源(SCADA、GISなど)から情報を収集し、統合して、使いやすいインタフェースで提供する。さらにそれらの相関関係と解析についても支援する。

BlueBoxTM
異常検出システム。複数の情報を収集、評価して、水質異常を検出する。また、意思決定プロセスの補助的システムとして貢献することで、汚染が発生した際に迅速で正確な対応を可能とする。

Whitewater Technologiesの最近の動向をまとめた下表からも分かる通り、同社は米国への進出を積極的に進めている。またTaKaDuと同様に、現地のエンジニアリング企業と提携を結ぶ事例も見られる。米国は水道インフラの老朽化が進んでおり、今後は関連する改修工事などが進むと予測されているため、Whitewater Technologiesのもつソリューションに対する需要が増えると見込んでのことと推測される。

年月日 トピック
n/a 米国の上下水道インフラおよび環境インフラ部門の大手エンジニアリング会社、Tetra Tech と提携契約を結ぶ。
n/a インド市場進出に向けて、廃棄物管理や給水・排水管理などの総合環境ソリューションを手掛けるTatva Global Waterと協力関係に関する合意を締結。
2013年2月10日 米国オハイオ州アクロンに、子会社のWhitewater Technologies US を設立すると、CEOが述べる。すでに、マイアミにマーケティングと販売の拠点を構えているが、それに加えてこのたび、本格的な実行部隊を擁する現地法人をアクロンに設立することになった。
⇒これについてWhitewater Technologiesの広報担当Amit Berkvich 氏は、「米国市場を現在のわれわれにとって最大のものと見ている」と語っている。
4月4日 米国南東部市場への進出のために、米国のITコンサルティング企業Morris, Allen & Associatesと覚書を締結。
5月6日 水・環境関連の米国エンジニアリング会社Brown & Caldwelと協力関係を結ぶ覚書を締結。

政府の支援

水分野において早くから存在感を示してきたイスラエルは、さらなる躍進を目指すべく産業貿易労働省が中心となって2006年に「イスラエル・ニューテック(Israel NEWTech)」と呼ばれるプログラムを開始した。これは、水問題とエネルギー問題に取り組んできた同国の経験や技術を海外市場に展開することを狙ったものである。水分野についての目標としては、「水技術の最先端国という立場を確立する」「水技術分野での国際投資を活性化する」などが挙げられており、積極的な海外市場へのアピールがうかがえる。

このイスラエル・ニューテックは具体的に他国との協力関係も締結している。最近では2012年に、インドの都市計画省と都市の水問題解決を目的とした協力関係協定が結ばれた[1]。インドでは淡水化や廃水処理をはじめ様々な水問題が生じており、そのようなニーズにイスラエルの水技術をもって応えていくというものである。

またイスラエル・ニューテックの活動以外では、英国と密な関係を築こうとしている。イスラエルの政府組織のひとつである「イスラエル産業技術開発センター(MATIMOP)」は2011年12月に、英国の水ビジネス業界団体British Waterと覚書を交わした[2]。ここでは、両者が水ビジネスにおいて広範に提携していくことが謳われている。これにより、両国の企業と研究機関が国内入札、国際入札、および研究プロジェクトで密接に協力するための枠組が整ったことになり、これが互いの経済発展に寄与するさまざまなプロジェクトに結びつくものと期待されている。

上記に加え、さらにイスラエルと英国の関係強化は進められている。2011年10月には、イスラエルのテルアビブにある英国の在イスラエル大使館内に“UK-Israel Tech Hub”なるものが開設された。これは、イスラエルの革新的技術をもってして英国企業の国際展開を促進すること、そして、英国企業の支援によりイスラエル企業の技術をさらに革新的なものにすることを目指したものである。

このUK-Israel Tech Hub は、2013年には、水の技術革新へ向けての両国間の協力を強化するため、ロンドンでひらかれた水サミット――World Water-Tech Investment Summit(世界水技術投資サミット)――にイスラエルの水技術企業14社を招待した[3]。招待された企業は、淡水化、廃水処理、スマート・ウォーター・マネジメント、および点滴灌漑を専門とする大小織り交ぜた企業である(具体的には、Mekorot、Booky Oren Global Water Technologies、Kinrot Ventures、Whitewater Technologies、Applied Clean Tech、Aqwise-Wise Water Technologies、RWL Nirosoft、Mapal Green Energy Ltd.、IOSight、AGM Communication & Control Ltd.、Top-It-Up、Netafim、TaKaDuなど)。

このような取り組みが成功した事例として、最近では以下のものがある。

Mapal Green Energy

2013年6月初旬、イスラエルの水企業Mapal Green Energyは、英国ロンドンの北方に位置するスタンブリッジフォード(Stanbridgeford)の廃水処理プラントにおいて、同社の都市廃水処理用の浮体式エアレーション・システムの受注契約を結んだ[1]。これはMapalにとって英国では初となる契約である。この英国での初契約の裏には、UK-Israel Tech Hubの長きにわたる支援があった。さらに同社は、英国外務省が実施している、外資系企業の英国進出を支援するための取り組みである「TouchDownプログラム」にも参加していた。

おわりに

イスラエルは自国の市場が非常に小さいため、先進技術に対する投資が盛んに行われてきた。加えて、イスラエルは長年にわたり水不足という問題を抱えてきたため、それに対するソリューションが早くから発展してきた。そして、気候変動や都市化などによって水不足をはじめとした水資源に関する問題が世界中で起こりつつあるいま、イスラエル企業の有する先進的な水技術が世界から注目を集めるようになった。特に近年ではスマート・ウォーター関連企業の躍進が著しく、積極的な海外展開の姿勢が見られる。また、政府による国内水技術産業の支援もあり、なお一層海外市場への進出は強まるものと思われる。

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