MITなどの研究チーム、グラフェンに任意の大きさの孔を穿つ技術を開発

MITで開発されたこの新技術は、選択性能にきわめてすぐれたフィルター材料をつくることができ、淡水化の効率改善につながる可能性がある。

グラフェンのシートに思いのままの大きさの微細孔を穿つ方法が開発された。これにより、淡水化や純水製造のプロセスを改善する超薄フィルターが現実のものとなる可能性がある。
マサチューセッツ工科大学(MIT)、オークリッジ国立研究所、およびサウジアラビアの研究者らのチームが、これまで知られている最も強い材料のひとつである1原子の厚さの炭素原子のシート――グラフェン――に、サブナノスケールの孔を穿つことに成功した。この成果は、Nano Letters誌に掲載されている(*1)
ナノスケールの穴を穿ったグラフェンを淡水化用のフィルターとして使うというアイディアは、MITの他の研究者らによって提案され、研究が進められてきた。今回、MITで機械工学を専攻するSean O’Hern大学院生とRohit Karnik准教授を中心とするチームが開発した新しい技術は、そのようなグラフェン・フィルターの実用化に向けた第一歩といえる。
グラフェンは、炭素原子が鶏小屋の金網のような六角格子状に並んだ構造をもつ。これにきわめて微小な穴を穿つには2段階から成るプロセスを用いる。まず、グラフェンにガリウム・イオンを撃ち当て、炭素どうしの結合を分断する。つぎに、そのグラフェンを酸化溶液でエッチングすると、結合が分断された部分に溶液がつよく反応し、ガリウム・イオンが衝突したそれぞれの箇所に孔が穿たれる。グラフェン・シートを酸化溶液に浸す時間を調節することで、孔の平均径を変えることができる。

*1 “Sean C. O’Hern et. al., 2014: Selective Ionic Transport through Tunable Subnanometer Pores in Single-Layer Graphene Membranes, Nano Letters, doi: 10.1021/nl404118f
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/nl404118f

淡水化用の膜として最適

フィルターを使って海水から塩分を分離する既存のナノ濾過および逆浸透(RO)淡水化プラントの大きな難点は、透水性が低いことである。つまり、膜を透過する水の流速がきわめて遅い。これにくらべてグラフェン・フィルターは、ずっと薄いがきわめて強度があるので、はるかに高い流速に耐えることができる。O’Hernはこう述べている。「われわれは、原子1個分の厚さしかない1枚のグラフェン・シートにサブナノスケールの孔を高密度で穿った膜の開発に、初めて成功した」
O’Hernはさらに、効率のよい淡水化のためには、「塩の阻止率が高く、しかも水の流量が大きい」という性質が膜に要求されると言う。そのためのひとつの方法は膜を薄くすることだが、そうすると、従来のポリマー・ベースの膜の場合は急激に強度が落ちて水圧に耐えられなくなってしまうか、あるいは塩の阻止率がひどく落ちてしまうとO’Hernは言う。
ところがグラフェン膜の場合は、単に孔の大きさを調節して、水分子よりも大きいがそれ以外のあらゆるもの――さまざまな塩、不純物、あるいは特定の種類の生体分子――より小さくするだけでこれが解決するとO’Hernは言う。

実際の作製方法を提示

グラフェン・フィルターの透水性は、コンピュータ・シミュレーションによると従来の膜の50倍にもすることが可能で、このことはすでにMITの材料科学・工学科の大学院生、David Cohen-Tanugiが率いる研究チームによって実証されている(*2)。しかし、思いどおりの径をもつ孔を穿ったフィルターを作製することは、依然ひとつの課題として残されていた。O’Hernによると、今回の成果は、ナノスケールの孔を広い面積にわたって高密度に穿ったグラフェン・フィルター材料の実際の作製方法を示せたことにある。
このようなフィルター材料の作製方法について、O’Hernはこう述べている。「まず、グラフェンに高エネルギーのガリウム・イオンを撃ち当てる。これによってグラフェンの構造に欠陥ができ、その欠陥部分が、ほかの部分よりも化学的に反応しやすくなる」つぎに、そのグラフェンを反応性の酸化剤溶液に浸すと、酸化剤が「欠陥部分を優先的に侵食し」、多数のほぼ同じサイズの孔を穿ってくれる。O’Hernとその共著者らは、1平方センチあたり5兆個の細孔をもつ膜をつくるのに成功した。これは、濾過にじゅうぶん使うことができる。H’Hernはさらにこう言う。「グラフェンに穿った孔がどれほど小さく、その密度がどれほど高いかを理解するには、およそ100万倍に拡大して考えていただくとよい。孔の大きさは1ミリ未満、その間隔は4ミリで、それが、ボストンの面積のほぼ半分にあたる38平方マイルにわたってひろがっている」
この技術を使って研究チームは、1枚の大きさが1センチほどのグラフェン・シートの濾過に関する性質を制御することに成功した。酸化剤による侵食をおこなわない場合は、ガリウム・イオンによってできた欠陥部分を塩が通過することはなかった。ほんのすこし侵食すると、塩の陽イオンが膜を透過しはじめた。酸化剤でさらに侵食した膜は、陽イオンも陰イオンも通したが、それよりも大きな有機分子は阻止した。侵食をさらに進めると、孔が大きくなってあらゆるものが膜を透過した。
このプロセスを大規模におこなって孔の大きさを細かく制御し、透過性のグラフェン・シートとして実用に耐えるものをつくるには、さらなる研究が必要だとO’Hernは言う。

*2 EWBJ43号に関連記事有り「米国MITの研究者、RO膜をはるかにしのぐ水透過性を持つ脱塩膜の可能性を確認

淡水化以外にもさまざまな用途

Karnik準教授によれば、孔の大きさによって性質を変えることができるこのような膜には、さまざまな用途が考えられるという。まず淡水化とナノ濾過だが、これは用途としては要求条件が最も厳しいものになるだろう。淡水化プラントなどには、きわめて大きな膜が必要になるからだ。だが、たとえばDNAから未反応の試薬を取り除くなど、分子を選択的に濾過する用途には、すでに作製できたきわめて小さなフィルターでもじゅうぶん使える可能性がある。
Karnik准教授はこう述べている。「生体物質の濾過の場合は、フィルターの大きさやコストはあまり大きな問題にはならない。こうした用途には、すでに実現できている大きさのものが適している」
また、この開発には参加していない専門家のひとり、ケンタッキー大学で材料工学を教えるBruce Hinds教授はこう述べている。「これまで、いくつかのグループが、単にイオンの衝突のみ、またはプラズマ・ラジカルのみによる穿孔を試みたことがあった」ふたつの方法を組み合わせるというアイディアは「みごとであり、さらに精度を上げる可能性を秘めている」といえる。この技術に磨きをかけるにはさらなる努力が必要ではあるが、こうしたアプローチには「将来性があり」、最終的には「純水製造、エネルギー貯蔵、エネルギー生産、および医薬品製造」といった分野への応用に役立つ可能性があるとHinds教授は言う。

なお、この研究チームにはMITの研究者らのほか、ITT技術大学、オークリッジ国立研究所、およびサウジアラビアのキング・ファハド石油・鉱物大学(KFUPM)のスタッフらも加わっている。この研究プロジェクトは、MITとKFUPMの共同研究施設であるCenter for Clean Water and Clean Energy、およびアメリカのエネルギー省から補助金をうけている。

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