中国の政策・発展方向の解説および水分野への影響

本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学環境学院環境管理与政策研究所 常杪所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「中国の新政策・発展方向の解説および水処理分野への影響」というテーマで、その最近の動向を概説する。

はじめに

近年、中国政府は、ますます深刻になっている環境問題を重視し、2012年末に開かれた中国共産党第十八回全国代表大会では、「生態文明(エコ文明)」という概念を「五位一体」(経済、政治、文化、社会、生態文明)と呼ばれる中国の特徴的な社会主義事業全体図に組み入れ、国家戦略として位置付けている。

一方、ここ数年にわたって高度成長を遂げてきた中国経済はややそのスピードが落ち、経済発展の転換期を迎えている。この現象に対して中国国内では「新常態」という表現が良く使われ、高速成長から中高速成長への転換、経済構造のレベルアップ、経済牽引力を投資駆動からイノベーション駆動へ転換する、などといったことが近年の中国の特徴であると論じられている。

 

1. 2013年以来の環境関連政策動向

こういう背景の下、急成長してきた中国環境産業は、新たな局面・新たな発展段階に向かっている。特に2013年以降は環境関連の政策面において積極的な動きが見られる。

1.1 環境管理戦略の変革:環境質改善を目標に

中国新指導部の発足以降、「青山緑水*1こそが金山・銀山だ」という理念が提唱され、GDP成長率を主要指標とする政府の実績審査システムが打破され、また、環境管理目標が環境汚染物の排出総量抑制から環境質改善に転換し、環境質改善を目的とした環境管理システムが構築されつつである。

1.2 環境違法取締りの強化:新環境保護法の実施

2015年1月、中国は新環境保護法を施行した。環境違反行為に対する取締りの強化、公益訴訟主体の明確化、環境保全主管部門の権限拡大、市民参加の強化などが新環境保護法の特徴である。重要な点としては、上限無しの日数罰金制、施設の差押さえ、生産制限・停止措置など環境違反行為に対する関連処罰細則の実施および関連監督管理体制の強化により、企業の環境違反コストが上昇したことで、企業の環境対策実施を促進するものとなっている。

1.3 新たなメカニズムの構築

政府が社会からサービスを購買及びPPP方式の促進
2013年9月、中国国務院は、「政府による公共サービス契約に関する指導意見」を公布した。同意見では、「2020年までに健全な政府の公共サービス契約制度を構築する」という目標を挙げており、公共サービス色が大きい環境インフラ分野に大きな影響を及ぼしている。

また、2014年12月、国家発展改革委員会は、「政府と社会資本の協働“PPP”に関する指導意見」を公表した。同意見は、民間資本の公共サービス、天然資源、生態建設、インフラ整備など重要領域における投融資メカニズムの革新、および民間資本の促進を明確にし、重要領域におけるPPPメカニズムの構築を強調した。2014年末に財政部が指定した30件のPPPモデル事業の中で、環境関連事業は15件にのぼり全体の半分を占めている。

第三者サービスの促進
中国・国務院は、2014年12月27日付けで「環境汚染第三者対策の推進に関する意見」を公表した。同意見は、環境公用施設・工業園区などを重点分野にし、環境施設建設と運営の専門化・産業化を推進し、環境サービス業発展の促進に向けた重要な措置でもある。

汚染物排出権有償使用と取引制度構築の加速
2014年8月国務院は「汚染物排出権有償使用と取引モデル取り組みの更なる推進に関する指導意見」を公表した。同意見は、2015年末までに重点モデル地域(11省、自治区)における既存汚染物排出部門における排出量の査定を完了し、2017年までにモデル地域での汚染物排出権有償使用と取引制度を構築し、全国的な普及に土台を築くことを定めた。

1.4 環境産業発展の促進

2013年8月、中国政府は「国務院環境省エネ産業の発展加速に関する意見」を公表した。同意見は2012年に公表された「“十二五”省エネ環境産業発展計画」に基づき、産業発展の加速を更に促すものである。また、省エネ環境産業における年平均15%以上の成長率の維持、2015年までに省エネ環境産業の生産高4兆5000億元を達成し、省エネ環境産業を国民経済の新たな中心産業に発展させるという目標を打ち出した。

1.5 環境質が地方政府の業績評価・人事考課の重要指標に

近年では環境質、省エネ、汚染物排出目標の達成状況などが、地方政府の業績評価において重要項目の一部になりつつある。特に2013年以降はこの動きが更に加速され、管轄地域の環境状況が主管幹部の進退に関わるまで重要性が高まっている。

2013年11月、中国・組織部(国家人事部に当たる)が「地方党政指導グループと指導幹部の業績考課取組みの改進に関する通知」を公表した。GDP以外にも、資源消費、環境保全などが考課の重要指標として強調され、開発制限区域ではGDPを考課項目にしないこととなっている。

 

2. 国家レベルでの汚染防止対策の策定と「水十条」の公表

近年、中央政府は「大気」、「水」、「土壌」の三大分野における国レベルの汚染防止対策の策定に向けて動いている。2013年の“大気汚染防止行動計画”に続いて、2015年には“水汚染防止行動計画”が発表され、また“土壌汚染防止行動計画”も現在審議段階に入っている。この三大行動計画は、中国における今後の汚染防止事業のガイドラインとなる重要な政策であると見られ、目標を達成するためには6兆元の投資が必要であると予測され(中国環境保護部推計)、環境産業市場は更なる発展を遂げるものと見込まれている。

さて、中国国務院が2015年4月2日付けで発表した“水汚染防止行動計画”、通称「水十条」は、工業廃水対策、都市部水汚染対策、農業汚染対策、港湾内の水環境汚染防止、飲用水、都市部の汚染水域(湖、池)対策、節水などの分野に分かれており、今後15年間、特に2020年までの目標と主な任務を明確にし、水分野における最重要政策指針である。

「水十条」での主な目標:

  1. 2020年までに以下を目標とする。
    • 全国水環境質を段階的に改善
    • 深刻に汚染された水系を大幅に削減
    • 飲用水安全保障レベルの引き上げ
    • 地下水の過剰取水の歯止め
    • 地下水汚染の深刻化の抑止
    • 沿岸海域の環境質の維持、改善
    • 京津翼、長江デルタ、珠江デルタ等の地域水生態環境の改善
  1. 2030年、全国水環境質を全体的に改善し、水生態系機能を回復させる
  2. 21世紀半ばには、生態環境質を全面的に改善し、生態系の好循環を実現させる

水十条では、環境質の改善という近年の環境管理方針の転換を反映し、水質の確実な改善を目標としている。加えて、工業廃水処理、都市部排水処理、農村部排水処理などの分野においても具体的な目標を挙げている。水処理分野全体の発展は更に加速すると見られる。

 

3. 政策動向による水処理市場への影響

上記の一連の政策動向は、水処理関連市場の発展に大きな影響を及ぼしている。

3.1 都市部排水処理:大都市から中小都市へ 集中建設期から運営・管理へ

近年、中国では都市部、特に大都市における環境インフラ整備に力が入れられており、2013年までに全国658の設市都市の排水処理率は90%近くに達している(中国都市建設統計年鑑より)。水十条では更に、「2020年までに全国すべての県城(県庁所在地域)重点鎮(小都市)にて排水の収集・処理能力を整備し、県城、都市の排水処理率をそれぞれ85%、95%まで達成させる」という目標を提示されている。よって、新規建設プロジェクトの中心は大都市から中小都市へ、東南沿海部から中西部地域へという展開も予測される。

一方、2014年末まで、中国都市部全体において稼働している生活排水処理施設はすでに3717箇所に達し、合計で1日当たり1.57万立方メートルの処理能力を有している。しかし、いかにしてその施設の運営・管理能力を向上させるかが新たな課題となっている。第三者サービスによるTOT*2、O&M方式導入の試みが一部地域で導入されている。

そのほかには配管敷設事業、汚泥処理市場ニーズも拡大している。

3.2 農村部排水処理:発展期を迎える

都市部環境事業の発展は進んでいるが、農村部の環境インフラは全体として遅れている。2013年までに全国55万か所の行政村のうち、排水が適切に処理されているのは全体の9%に留まっている。水十条では、2020年までに新たに13万の行政村に対して環境総合対策事業を完了させることを明確にしているため、今後は有望市場になるものと見られる。

3.3 工業排水処理:市場ニーズが多様化し、要求が高まる

中国は、製紙、捺染、コークス、窒素肥料、非鉄金属、農副*3食品加工、原料薬生産、製革、農薬、メッキの10の重点汚染産業における産業構造再編およびクリーン生産化改造を行っており、工業排水汚染防止に力を入れている。また工業団地に対して、前処理を要求し、集中処理施設に入れるための基準を順守することを求めている。さらに、新環境保護法など一連の関連政策の実施および排出基準の向上に伴い、企業の汚染物排出違反に対する取り締りが強化され、企業の環境汚染対策の確実な実施の促進力にもなっている。

一方、経済発展の減速により新規プロジェクトの増加も鈍化すると見られ、また企業の業績伸び悩みも企業側の環境対策における資金投入意欲、能力に影響を与えるものと予測される。そもそも供給不足とは言いがたい工業排水処理分野にとっては、更に複雑な局面を迎えることになるともいえる。いかにして低コスト・高品質を両立させ、競争力を高めるかが工業排水処理をビジネスとする企業にとっては課題になっている。

 

4. 業界における影響

新しい局面の下、水ビジネス産業全体の構造にも大きな影響を及ぼしている。

4.1 民間資本参入の加速

水十条で挙げられている目標を達成するためには、数兆元規模の投資需要があると予測されている。一方、中央政府ベースの水汚染防止分野における直接資金投入が130億元程度で、地方政府の投資とあわせても投資需要に遥かに及ばない状況である。

そこで政府は、企業ベースの汚染対策投資の強化を推進すると共に、前述した「政府と社会資本の協働“PPP”に関する指導意見」などの政策指針のもと、民間資本の水処理分野、特に公共環境インフラ関連事業分野への参入を全面的に推進している。現在、中国国内の都市部排水処理施設のうち4割前後がライセンス契約方式により運営され、残りの大半が政府により投資・建設・運営・管理が行われている。また2015年4月には、中国環境保護部と財政部が「水汚染防止分野における政府と社会資本の協働の推進に関する意見」を公表した。同意見は、民間資本の水汚染防止分野への参入に関する細則をより明確にしたものである。

現状の政府方針としては、民間資本の既存施設への参加を優先的に推進し、「水汚染防止分野における政府と社会資本の協働の推進に関する意見」でもこの方向を明確にしている。TOTなど方式の活用により、政府既存資産の活用、運営・管理能力の向上にも繋がると見られている。

4.2 企業ベースへの影響

中国の水処理関連事業の拡大につれ、中国全土において、専門企業数が数千社までに拡大している。一方、膨大な数の専門企業があるものの、その数は中小企業が圧倒的に多く、資本力、技術力を持つ有力企業はその極一部に限られている*4

水関連企業に関して、大きくは以下のような4つのタイプに分けられる。

  1. 資金が豊富で全国市場を視野に入れている総合大手企業
  2. 所在地域市場を中心とする総合大手企業
  3. エンジニアリングを中心事業分野とするEPC系専門企業
  4. 設備製造を中心事業とする専門メーカー

まず、全国市場を視野とする総合大手企業および所在地域市場を中心とする総合大手企業にとっては、新たな発展チャンスとなっている。国のPPP方式事業の全面推進のもと、BOT、TOT方式の経験、運営・管理ノウハウを持ち、総合競争力の高い桑徳社、北控水務社などが、積極的に事業を展開し、事業規模の更なる拡大に繋げている。また伸びつつある農村部市場に関しても、有力専門企業の買収を踏まえ、同じ地域内での複数の中小規模の建設プロジェクトにおける一括BOT方式の活用により、市場を獲得している。

次に、工業排水基準の強化や第三者サービス制度の推進は、巴安水務、国禎環保をはじめとする大手エンジニア系企業、また、メッキ、製紙、ごみ浸出液など特殊廃水処理分野での特有技術を持つ競争力のある中堅エンジニアリング企業にとっては有利に働いており、運営・管理事業分野への拡大も予測されている。

最後に、水処理設備製造、水処理膜関連企業は、都市部生活排水処理分野での利用拡大、再生水事業の促進により更なる伸びが予測されている。また、碧水源、津膜科技をはじめとする膜関連大手は膜部品の製造のみならず、M&Aによりエンジニアリング、運営・管理分野への事業拡大も積極的に行っている。また環能徳美社の磁力分離水処理装置のような特有技術、装置を持つ有力企業も市場ニーズの拡大に伴い、事業を拡大している。

一方で、PPP方式の促進により環境インフラ事業における大手企業の市場占有率が拡大しつつ、また工業分野における第三者サービスの展開により、処理企業側に高い専門性が要求されることになる。専有技術を持たずに、汎用設備の生産を中心とする中小企業の場合、業界の再編の浪に厳しい局面に迎えることも予測される。

 

おわりに

2013年以降、経済情勢の変動および一連の政策動向が中国の水処理分野に大きな影響を及ぼしている。水十条の公表は、中央政府が水環境改善に対する決意を表明し、水環境改善における目標を掲げたことで、水関連環境インフラ整備の更なる促進、排水基準の強化、法規制による環境汚染対策実施の企業への圧力、水汚染対策対象分野の拡大などにより大きな市場ニーズを創出するものと期待できる。またPPP方式の推進による民間資本参入促進、第三者サービス制度、汚染物排出取引といった関連制度の構築などの手段により、水処理事業全体の発展を促進している。これを受け、水処理産業構造も変化が出始め、優良企業にとっては発展チャンスがあるが、競争力の弱い企業には大きな挑戦でもあり、業界の再編も予測される。

*1 直訳すると「青い山と緑の水」という意味で、つまり良好な自然環境の状態を指す。過去に習 近平 国家主席は、経済発展と環境問題の関係に対して、「金山銀山を求め、さらに、青山緑水を求めるのではない。青山緑水こそが金山銀山だ」と語り、環境保全の重要性を強調した。このため中国国内では、特に政府がそれを重要理念として取り上げている。

*2 Transfer-Operate-Transferの略

*3 農業、林業、牧畜業、漁業産品を原料とする加工活動。穀物加工、肉類加工、水産品加工、飼料加工などが含まれる。

*4 EWBJ53号に関連記事有り「中国水処理分野における上場企業の発展状況とトレンド

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