中国「海綿都市」関連事業展開の状況と今後の発展方向

近年中国では「海綿都市 」という概念が広がり、2013年以降、中央政府の直接な推進のもと、海綿都市建設関連事業も拡大しつつある。本稿はこの日本では、聞き慣れない「海綿都市」事業における中国での最新の政策動向・市場ニーズ及び日本企業における新たな事業チャンスを解読・分析したものである。

 

1. 海綿都市事業展開の背景

「海綿都市*1」事業展開の裏には、豪雨に見舞われた際に浸水が発生するという中国各都市の抱えている悩みがある。北京市では、2012年7月21日、最近60年間で最大の豪雨に襲われ、37人が死亡し、交通システムがほぼ麻痺してしまった事件をはじめ、湖南省長沙市、浙江省、杭州市、深圳市など多数の省都都市において豪雨による浸水被害の発生が報道された。気候変動による稀にみる集中豪雨が被害の一因とされているが、各都市の雨水排水施設の不備なども浸水被害多発の原因だと指摘されている。2015年6月以降も、中国各地で水害報告が続出している。例えば、江蘇省・南京市、湖北省・武漢市を含む数都市が集中豪雨に見舞われ、市内の大部分に浸水・冠水被害が発生したなど、都市排水システムの脆弱性が問われ、現状の厳しさが浮き彫りになっている。

また、水不足、水汚染問題、水生態系の破壊など水に関わる諸問題の深刻化につれて、総合的な対策が望まれている現状の中、海綿都市構築という解決策が提唱されるようになった。特に、北京市を代表とする一部の北方都市は、浸水被害に悩まされる一方で深刻な水不足の問題も抱えている。北京市水務部門によれば、北京の水資源が毎年15億m3不足しているという。南部の水を北部に運ぶという「南水北調」プロジェクトなどが緩和策とされているが、水に関わる諸問題への根本的な解決策が求められる現状である。

こうした状況を踏まえ、2013年12月に開かれた中央城鎮化工作会議で習近平 国家主席は、生態環境の破壊が都市部における水不足問題の一因だと指摘し、自然の水循環システムを再構築し、海綿都市建設を推進する指示を出した。その後2014年下半期から海綿都市構築の全国推進計画が明らかになったのである。

 

2. 海綿都市に関する主な政策動向

2013年に公布された「城鎮排水と汚水処理条例*2」、「国務院弁公庁の都市排水・水害防止施設建設に関する通知」、「国務院の都市インフラ整備強化に関する意見」などでは、雨水管理、水害防止の強化や低影響開発モデルの推進が提示された。ほかに、全国200以上の都市でも「排水(雨水)水害防止総合計画」が制定された。

以下では、関連する政策などの概要を紹介する。

「海綿都市建設技術ガイドライン――低影響開発雨水資源管理システム構築(試行)」

2014年10月に中国住宅城郷建設部は、「海綿都市建設技術ガイドライン――低影響開発(LOW IMPACT DEVELOPMENT,L.I.D.)雨水資源管理システム構築(試行)」を発表し、「低影響開発」を重点に「海綿都市」構築バイロット事業を推進する方針を示した。同ガイドラインは低影響開発雨水資源管理システムの技術路線、設計・計画、工程建設、維持・管理および北京市、上海市などの地域における開発プロジェクト事例について解説した。

「中央財政による海綿都市建設パイロット事業展開支援に関する通知」

2014年末中国財政部は、「中央財政による海綿都市建設パイロット事業展開支援に関する通知」を発表した。同通知によれば、財政部は、住宅城郷建設部、水利部と共同で、パイロット事業を実施する都市に対し3年を期間として、都市規模に基づき、直轄市に毎年6億元、省都都市に毎年5億元、その他の都市に毎年4億元という基準で特別補助資金を提供する。また、パイロット事業におけるPPP方式の採用が一定の割合に達する場合、さらに前述金額の10%に当たる奨励資金を与えるなどの支援策を打ち出した。一方、パイロット事業実施都市も3年以内に要求通りに予算を編成しなければならない。

「水汚染防止行動計画*3

2015年4月に公布された「水汚染防止行動計画 」において、節水方法のひとつとして低影響開発モデルの推進、雨水収集利用施設の建設が強調され、新開発地域の地面に対し、浸透可能*4な面積が40%以上に達しなければならないなどの目標が掲げられた。

「海綿都市建設実績評価と審査に関する弁法(試行)」

2015年7月10日、中国住宅城郷建設部は「海綿都市建設実績評価と審査に関する弁法(試行)*5」を発表した。同弁法によれば、評価および審査の指標は「水生態、水環境、水資源、水安全、制度の構築と実行、周知度」という6項目から成り、自己審査、省レベル評価、部レベル抽出審査という3段階に分けて行われるという。うち水系生態、水質、都市面源汚染、汚水再生利用、雨水利用、飲用水安全などに関する義務的(定量)目標が設定されている。うち、黒臭水系を根絶させ、海綿都市建設域内の河川および湖の水質を「地表水環境質標準」のIV類以上に、そして、現在1人当たり水資源量が500 m3以下または都市部水環境質がIV類以下の都市では、汚水の再生利用率を20%以上に引き上げることなどの指標が明確になっている。

 

3. 海綿都市関連事業計画及びパイロット事業

2015年、中国財政部、住房城郷建設部、水利部は共同で「海綿都市づくり」対象都市選考を行った結果、16都市がパイロット事業に選定された(下表)。選定された16都市のほとんどがすでに海綿都市構築関連政策を発表し、中央財政からの補助金をバックアップとして、関連プロジェクトを迅速に推進している。それ以外に、山東省・青島市、四川省・成都市などをはじめとする各地の都市は相次いで海綿都市建設の計画を打ち出し、次期パイロット事業指定を狙う都市も少なくない。また、海南省・三亜市は2015年6月に都市修補と生態修復(双修)、海綿都市と総合管廊建設のパイロット事業の実施都市(双城)に指定された。

表 海綿都市パイロット事業実施都市及び主な政策

都市 主な政策 補助金額
(億人民元/年)
河北 遷安 4
吉林 白城 「2015年白城市海綿都市建設実施方案」 4
江蘇 鎮江 「鎮江市海綿都市建設技術指南(試行)」、「鎮江市海綿都市計画設計導則(試行)」 4
浙江 嘉興 「嘉興市都市低影響開発計画設計導則」、「嘉興市分散型雨水管理利用システム技術導則」 4
安徽 池州 「池州市海綿都市建設プロジェクト計画建設管理暫定弁法」
http://www.ahfzb.gov.cn/content/govfile_view.php?id=2166&ty=2
4
福建 廈門 「廈門市海綿都市構築パイロット都市実施方案」 4
江西 萍郷 「萍郷市海綿都市パイロット事業三年行動計画(2015-2017)」 4
山東 済南 「済南市人民政府の海綿都市建設事業の推進に関する実施意見」
http://www.jinan.gov.cn/art/2015/3/4/art_14828_21884.html
5
河南 鶴壁 「鶴壁市海綿都市建設パイロット事業実施計画」 4
湖北 武漢 「武漢市海綿都市計画設計導則」
http://www.whwater.gov.cn/water/u/cms/www/201507/08110535klk6.pdf
5
湖南 常徳 「海綿都市建設の推進に関する指導意見」 4
広西 南寧 「南寧市海綿都市パイロット事業方案」 5
重慶 重慶 「重慶市海綿都市建設LID設計、建設と管理導則(意見公募稿)」 6
四川 遂寧 海綿都市建設パイロット事業実施計画(2015-2017) 4
貴州 貴安新区 「貴安新区海綿都市建設実施方案」 4
陝西 西咸新区 4

 

4. 今後の重点分野と需要分析

2015年3月の記者会見で環境保護部部長の陳吉寧 氏は水系富栄養化、地下水汚染問題、都市部黒臭水系(汚染水系)問題などが深刻であると指摘した。4月に公表された「水汚染防止行動計画」と一貫して、7月に発表された「海綿都市建設実績の評価と審査に関する弁法(試行)」において「水系生態、水質、都市面源汚染、汚水再生利用、雨水利用、飲用水安全」なども審査指標となり、今後関連分野の対策、推進が大いに展開されると考えられる。

以下では、各分野での今後の需要について紹介する。

都市浸水対策

低影響開発雨水管理システム構築が主な浸水対策のひとつとして打ち出され、今後重点的な推進分野になると考えられる。実践の手法に関して、主に植物の保全、土壌改善、透水性舗装、緑化屋根、降雨集水などが挙げられる。雨水流出による水質汚染がひどい地域ではさらに前処理を加えるなどの手法が勧められる。

一方、国務院総理 李克強 氏は2015年7月28日に開かれた国務院常務会議で、都市浸水の対策として地下総合管廊(地下配管網)の整備、推進を強調した。その後、7月31日に開かれた国務院記者会見で住宅城郷建設部の陸克華 副部長は、「地下総合管廊パイロット事業」の実施状況を紹介した。陸部長によれば、地下総合管廊パイロット事業とは、中央財政の支援のもと、内モンゴルの包頭市をはじめとする10都市がパイロット事業実施地となり、2015年から3年間に渡って中央財政から102億元、地方政府から56億元、および民間資金193億元が投入され、計389キロメートルの地下総合管廊が建設される計画である。現時点では全国69の都市で総延長約1000キロメートル以上の地下総合管廊の建設が進められており、総投資額は約880億元におよぶ。そして、全国地下総合管廊の投資規模に関して、毎年8000キロメートルの管廊を建設すれば約1兆元規模の投資のけん引が予想されている。急務になっている地下総合管廊の建設事業は排水管網の敷設がその重要な一部分であり、環境企業にとって大きなビジネスチャンスにもなると考えられる。

貯留水の再利用

中国の都市は浸水・冠水問題を抱えている一方、108の都市が厳重な水不足問題に直面していて、1.6億人以上の住民が影響を受けている。水不足問題の解決策のひとつとして、水再生利用が推進されるようになった。海綿都市建設の推進につれ、貯留された雨水の再生利用が水不足問題の対策として重要性を増している。

2014年8月に発表された「住宅城郷建設部、国家発展改革委員会の都市節水取組の更なる強化に関する通知」、および2015年に発表された「水汚染防止行動計画」などの政策では、都市部において水再生利用の促進が強調され、前述の「海綿都市建設実績の評価と審査に関する弁法(試行)」でも各地域が一定の雨水再生利用率を達成することが規定されている。このため今後は雨水収集、循環利用関連分野がより一層重視されると考えられ、関連企業の活躍がさらに期待される。例えば、北京市は緑地、透水性舗装、蓄水池などの手法を導入して、2014年度に4100万m3の雨水を収集、浄化し、道路清掃、緑地灌漑、洗車、景観水道補充水などに再利用したという。今後、透水性舗装や蓄水池建設などの推進につれ、収集された雨水の量が増加すれば、それに相応する浄化と再利用の設備や管理の手法が必要になり、汚水処理場などの既存施設にも十分な対応が求められるだろう。

水環境改善と生態修復

2014年「国家環境質状況公報」で明らかになった「全国主要河川支流の劣V類水系が23%を超えている」という厳しい現状に、中国政府は「水汚染防止行動計画」のなかで「直轄市、省都都市などで2017年末までに黒臭水系問題を解決し、2020年までにすべでの都市で黒臭水系を10%以内に抑える」という目標を打ち出した。これを受けて、江蘇省、浙江省、河北省および北京市、上海市、成都市をはじめとする主要地域は相次いで黒臭水系対策関連政策や計画を打ち出した。これを背景に、上記の「海綿都市建設実績の評価と審査に関する弁法(試行)」では、海綿都市パイロット事業実施地では、黒臭水系の根絶が義務的目標と設置され、今後さらに重視される分野になるといえよう。

一方、習近平国家主席が中央都市化工作会議で指摘した通り、海綿都市の構築がめざすもの――自然の水循環システムを再構築することには生態修復の作業が重要になってくる。同「評価弁法」でも河川・湖の沿岸などにおける生態修復作業の義務的目標が設置されている。上述した通り、海南省三亜市などはすでに生態修復のパイロット事業に着手した。海綿都市建設の推進につれ、水生態修復の市場が更に成長を迎えるだろう。

注目される需要

海綿都市建設事業の推進につれて、下記の例の通り、多種類の技術・設備への需要が高まるだろうと分析されている。

表 海綿都市における重要技術・設備分野

分野 需要
浸水対策
  • Ÿ都市部緑地、湖・池、施設の雨水における貯留、浸透関連技術
  • 管渠敷設技術(「都市総合配管工程技術規範」)
  • 雨水幹線布設技術
  • 雨水貯留・浸透施設布設技術
  • ボンプ
  • 透水性レンガなど特殊建築材の活用
水環境改善/水生態修復
  • Ÿ黒臭水系対策関連技術
  • 富栄養化対策関連技術
  • 地下水汚染対策関連技術
  • 配管流量・水質監視システム
貯留水の再利用
  • Ÿ集水設備・技術
  • 貯留設備・技術
  • 処理設備・技術
  • 給水設備・技術

 

5. 日系企業のビジネスチャンス

「水汚染防止行動計画」をはじめ、海綿都市構築に関係する一連の政策が打ち出され、中央財政から財政支援資金の投入にけん引され、巨額の資金投入が見込まれ、パイロット事業をはじめ各地で関連計画やプロジェクトが迅速的に展開されて、都市部での雨水の収集と利用、再生水の回収と利用、水環境の修復など関連技術、設備への需要が高まっている。

一方中国では、海綿都市とは比較的斬新なコンセプトで、これまで実践経験のない事業と言える。低影響開発雨水資源管理システムの構築、地下総合管廊の建設や黒臭水系の根絶、生態修復などの面において、先進国の豊富な経験と優れた技術を学ぶ必要がある。特に、現在の国内では管網整備の遅れなどが原因で都市管網の現状把握が難しい、海綿都市設計・計画能力を持つ機関が少ない、海綿都市建設における企業の収益モデルが明確になっていないなど、数々の問題を抱えていると指摘されたが、今後、海綿都市の計画設計、コンサルティング、第三者評価、設備材料の提供、工程管理など、日系企業を含めた外資系企業にとって大きなビジネスチャンスにつながる可能性がある。

 

まとめ

「海綿都市」事業は簡単に言えば、都市部における浸水対策事業、貯留水の再利用事業、水環境改善/水生態修復事業などといった豪雨対策・雨水再利用・節水対策・都市部水環境改善を一体化にした総合対策である。中国の都市化、既存都市インフラ整備の加速を背景に、中国中央政府の政策面・資金面における直接な推進のもと関連建設ニーズがモデル事業をベースに更に全国範囲に拡大しつつ、近い将来には、新たな成長分野に成長すると予測される。関連サブ分野で技術力・総合競争力をもつ日本企業にとっては、有望な進出分野として見込まれる。

 

*1 「海綿都市」とは、関連インフラ事業の整備により都市がスポンジ(海綿)のように、環境変化と自然災害に「弾力性」を備え、降水時に吸水性を発揮し水資源を保存できると同時に、必要の時に保存された水を放出し再利用できるという意味合いから、中国で提出された独特なコンセプトである。

*2 EWBJ49号に関連記事有り「中国、『都市・鎮の排水・汚水処理条例』がようやく2014年1月に施行――多くの課題の解決を目指す

*3 EWBJ54号に関連記事有り「中国国務院、水汚染防止行動計画(水十条)を発表――水質汚染改善の中長期的目標やそのための措置について盛り込む

*4 透水性舗装などを指していると考えられる。

*5 http://www.mohurd.gov.cn/wjfb/201507/t20150715_222947.html