タイにおける最近の環境違反事例――発覚のきっかけは、地元住民の通報やメディア報道

タイでは、2011年の洪水以降、ラヨーンやチョンブリとった東部沿岸地域の工業団地の発展が著しい。しかし同時にこれらの地域では、環境負荷の増加や水不足とった問題が顕在化し、住民や団体からの苦情や問い合わせるが増加するとともに、マスメディアの注目もひきつけている。企業の環境管理がますます重要な課題となる中、企業には当局が環境違反事案にどう対応しているのかを知っておくことが求められる。そこで、以下3件の最近の環境事件を取り上げ、その背景と当局の対応について紹介する。

ケース1:PTT Global Chemicalの石油流出事故

この事件は、タイで起きた過去5年における環境事案のうちで最も有名な違反事例の一つである。2013年7月27日午前7時頃、ラヨーン県マプタプット工業団地の南東約20kmのタンカー係留地点において、タンカーに接続されていたパイプから5万リットルの原油が流出した。このパイプの持ち主は、マプタプット工業団地に入居するPTT Global Chemical社の石油精製所であった。流出後まもなく、パイプは自動で閉鎖され、管理者に警告が発せられた。これを受け、同社はすぐに海上にブイを設置して原油を取り囲むとともに、回収装置や分散剤を使用して対策を施し、また軍隊に対して空から状況を確認するよう要請した。

2日後の7月29日午前には、満潮とともに、タイ有数のビーチリゾートであるサメット島のプラオ湾に原油が到達し、600mに渡るビーチ全体が20~30cmの原油に覆われた。これを受け、首相は、すべての関連当局に対して、浄化を行うよう命令した。また同日、NGOと漁業者たちが、PTT Global Chemicalに対して4億バーツ(約15億円)の補償を求めて訴えることが報じられた。7月31日、海事局はボランティアとともに原油の回収作業を行い、その結果、ほぼすべての原油が1週間ほどでビーチから除去された。

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図:サメット島プラオ湾での原油除去作業

事故を受け、PTT Global Chemicalに過失がなかったかどうかを調査するために、運輸省は、事故調査委員会を設置した。調査は、細部にわたって慎重に実施され、特に以下の3点が慎重に調べられた。

(a)  パイプラインの管理
(b)  事故後に使用された分散剤の使用が適切であるかどうか、また環境への影響はどうか
(c)   緊急時対応設備は適切であったか

その結果、事故調査委員会は「本件は事故であった」と結論付けた。

同国において、事故による原油流出は、“1992年国家環境保全推進法”に違反する行為である。また、“1913年タイ国水域航行法”は、石油や汚染物質の水系への排出を禁じており、本法にも違反している。この規制の重複に対応するため、タイでは1982年に“オイル流出事故の予防および撲滅に関する首相命令”が出されており、本事案では、この首相命令に基づき、特別委員会が設立された。同委員会は、損害額の算定基準を定めると共に、補償を求める1万5599人から事情聴取を行い、その結果、補償額は約10億バーツ(約36億5000万円)と算出された。加えて、PTT Global Chemical社は、政府が事故対応に費やした経費を負担することになり、また現在に至っても環境モニタリングおよびサンプリングのための経費を負担している。“1992年国家環境保全推進法”の第96条および97条では、「汚染源より、汚染物を遺漏または拡散させ、他人の生命、身体または健康に危害を及ぼす原因、あるいは他人または国家の財産を損傷させる原因となった場合、その汚染源の所有者または管理者は、その汚染物の遺漏または拡散が汚染源の所有者または管理者の意図によるのか怠慢によるのかにかかわらず、その事に対し賠償金または損害額を支払う義務を有する(第96条)。違法な行為または不行為により、官有または国家の公共財産である天然資源に危害、破壊、損害を与えた者は、その危害、破壊、損害を受けた天然資源の全価値に応じて、政府に対し損害額を支払う義務を有する(第97条)」と規定しており、今回の事案では、PTT Global Chemical社は、すべての関係者に賠償を支払うことに同意し、その結果、関連する訴訟は取り下げられた。

ケース2:サムットプラカーン県の染色工場排水

2012年2月17日、テレビ局のニュースクルーが、サムットプラカーン県にある皮革工場からの排水とする映像をFacebookに投稿した。この映像はインターネット上で話題となり、工業省および天然資源環境省の取り締まり体制や頻度が十分であるのかどうか、ウェブ上での議論を呼び起こした。またメディアは工業省工業事業局(DIW:Department of Industrial Works)および天然資源環境省公害管理局(PCD:Pollution Control Department)のコメントを得ようと、トップにインタビューを申し込んだ。

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図:Facebookに投稿された写真

これを受け、DIWおよびPCDは合同の検査チームを組織して、この場所付近の工場排水をいっせいに検査した。その結果、報じられていた黒い排水の排出源は皮革工場ではなく、染色工場であることが判明し、これを受けて、テレビ局はFacebookの投稿を削除した。検査の結果、染色工場からの排水は、基準を満たすものであることが分かったが、問題となったのは“色”であった。“1992年国家環境保全推進法”に基づく排水基準は、“色”について明確な測定単位を示しておらず、また、このケースでは、染色の色が砂に付着して、その見た目が強調されていた。結果として、排水が基準を満たしていたため、工場にはなんら罰則が科されなかったが、PCDは工業排水基準を修正することを決定し、2016にも制定されるとみられる新たな排水基準では、300ADMIという色に対する明確な基準値が盛り込まれる予定である。

ケース3:廃棄物処理工場

2011年、チョンブリにある廃棄物処理工場“JCC B Business”の周辺住民が、同工場はオイルに汚染された廃水を違法に垂れ流し、周辺のプランテーションに損害を与えているとして当局に通報した。これを受け、工業省地方事務所の担当者が工場を検査、排水のサンプリングを行った。排水は基準を満たしておらず、期限付きで改善命令を出したものの改善が見られたかったため、2013年、当局は“1992年工場法”に基づき、工場の操業停止命令を下した。しかしながら2015年6月、地元住民から再度、工場が違法廃水を行っているとの通報があったため、DIWは検査官を送り、その結果、工場が操業停止命令を無視して操業を続けていたことが判明した。これを受け、工業事業局長が同工場に赴き、工場の閉鎖とライセンスの取り消しを決定した。現在、工業省は特に廃棄物処理処分施設を重点として、取締りを強化している。

最後に

これらの3つのケースからわかるように、環境違反事案が明るみにでるきっかけは、周辺住民からの通報またはメディアの報道であることがもっぱらである。現在、タイには約15万の工場が存在するが、工業省の検査官は約200人(主に、定常的な検査を担当)、天然資源環境省の検査官は約100人(主に、情報提供に応える形での検査を担当)しかおらず、すべての工場を検査できる十分な体制にはなっていない。したがって、検査が入る主な要因は、周辺住民からの通報や報道、提出される書類等であり、企業はこういった要因を考慮して対策を行うことが、リスク管理の観点から重要である。