中国、小都市・農村部における生活排水処理の最新動向とその分析

本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学 環境学院 環境管理・政策研究所常杪所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「小都市・農村部における生活排水処理の最新動向とその分析」というテーマで、その最近の動向を概説する。

 

1. 中国における農村部生活排水の処理状況

都市化が進む中国では、2014年に都市化率が約55%に達し、都市部の人口は年々増えつつである。一方で、農村部に関しては、人口が減少傾向といえるものの、行政村の数は54.6万あまりで、いまでも6億人以上が暮らしている。

近年、中国は環境対策を集中的に行い、都市部の環境インフラ整備をハイスピードで進め、「第十二次五ヵ年計画」後半の2014年までに都市部の生活排水処理率は90%を超えた。その結果、ほとんどの大都市部において生活排水システムは概ね構築され、中西部、中小都市への普及や、排水基準の向上に伴う更新・改修がこれからの主な課題となっている。

一方で農村部では、環境インフラの整備が都市部に比べ大幅に遅れているのが現状である。都市部に比べ、いまだに農村地域の生活排水処理は全体的に低水準で、適切な処理が行われているのは東南沿海の経済が比較的発達している一部の地域に過ぎない。このため、大部分の地域が生活排水を未処理のまま排出しているのが一般的である。「十二五」期間中(2011-2015年)、中国政府は農村生活排水処理を重要な課題として取り組み、2010年まで生活排水処理能力を有する(処理率ではない)行政村の数は全体の6%未満であったが、2014年末時点では10%に改善した。

 

2. 中国における農村部生活排水処理事業の展開と問題点

中国の農村部排水処理関連インフラ整備事業は政府主導で行われてきた。中央政府は統括・指導の役割を果たし、事業の主体は各地方政府である。

2.1 主な進捗状況

これまでに、中国政府は農村生活排水処理分野に数多くの政策を打ち出しているが、目に見える成果を上げている主な取組みとしては、2008年の中央政府主導の「以奖促治」策であり、中央財政資金を奨励資金の形で農村環境総合対策に充てた。この「以奖促治」策のもと、最も重要な取組みとしては「連片整治」事業が挙げられる。「連片整治」とは、地方で目立つ環境問題の解決を目的としたもので、地理上相対的に集中している複数の村(原則、対象人口が2万人を下回らないこと)を対象に、総合環境整備事業を実施し、環境問題を解決するための取り組みである。同取組は2008年から実施され、全国の23の省・市のモデル地域を主な対象とし、中央政府からの「農村環境改善」専用資金315億人民元および地方政府の関連資金を財源とし2014年までに、5.9万の建制村における整備事業を完成させ、2015年までに7万の建制村の整備事業が完了する見込みである(2015年10月中国環境保護部の統計データより)。

2.2 主な問題点

農村部生活排水処理事業は、都市部生活処理に比べ独特な特徴を有しており、近年、各地で関連事業が積極的に展開しているものの、数多くの課題を抱えている。以下に問題点とその詳細をまとめる。

表 中国における農村生活排水処理の問題点

問題点 詳細
施設建設における資金投入の不足 これまで、都市部生活排水処理が主要な環境インフラ整備として進んできた。2012年に策定された「全国都市部排水処理および再生水利用建設計画」では、2011-2015年の5年間の都市部生活排水設備整備における投資試算は3967億元にも達していた。しかしながら、農村部生活排水分野は、現状、同分野における資金投入がまた不足している。
地域による進捗状況の差が大きい 全国的に農村部排水処理施設の普及改善状況が遅れるなか、浙江省、上海市、江蘇省をはじめとする一部の沿海地域では地方政府の推進のもと、その整備事業が比較的ハイスピードで進んでいる。トップクラスの浙江省の場合、2014年の1年間だけでも30億人民元以上の資金を農村排水処理普及分野に投入している。一方で、中西部地域では明らかに遅れている(下図)。
地域ベースでの計画作りの不足 今までのモデル事業は鎮・村ベースで行ってきたものが多く、ひとつの市、県を対象に既存の集中排水施設を含めた総合的な計画をもつ地域がまだ少ない。
標準体系の構築の遅れ 農村部排水処理は分散型で、水質と水量が時間または地域により変化が大きいという特徴がある。導入される技術はその特徴に合わせるために、各地域の自然状況・経済発展状況にも考慮する必要がある。現段階で農村排水処理における技術は数多く存在しており、2013年末に国レベルの技術指南が発表されているが、各地域の事業展開を指導できる技術ガイドラインおよび設備、施行、点検、維持・管理にける基準体系構築が遅れている。
運営管理の資金調達が困難 政府の主導で進んできた農村部環境インフラ事業では、施設の建設を重視し、中央財政・省財政からの専用資金のほとんどが施設の建設に充てられ、施設の運営においては鎮・郷・村政府が賄うことが一般的である。一方、農村部における排水処理費の徴収制度の構築は初期段階であるため、県・鎮レベルに関しては一部普及しているが、郷・村レベルまではごく一部の地域以外に全体としてはまだ有効に機能していない。かつ、郷・村レベル政府の財政能力も限定的である。したがって、長期安定的な運営資金の財源確保ができないために、上級政府の主導のもと処理施設が完成しても、有効に稼働せずに放置されてしまうケースが少なくない。
運営管理能力の不足 大型処理施設と異なり、農村部の生活排水処理施設の規模は比較的小さく、分散型排水処理施設なら一日当たり数十トン~数百トンの処理能力しかない。そのため、施設の運営管理は専門業者ではなく、鎮・村レベルの政府が行っている。しかしながら、鎮・村レベル政府ではそれなりの人材を確保できず、EPC企業のアフターサービスに頼ることになり、結果的にも施設の稼働に支障が出ている。
民間資本の参加が少ない 農村排水処理事業について、収益性が比較的小さい政府主導事業のイメージが強い。このため、(民間企業によるBOT方式を活用した県・鎮レベルの事業投資ケースが多少は出てきてはいるものの)、EPC方式がいまだ一般的である。

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図 各地方における生活排水処理能力を有する(処理率ではない)行政村の割合(%)

 

3. 「十三次五ヵ年計画」における新たな政策動向

2014年以来、中国政府、環境改善を国家戦略に引き上げ、新環境保護法の実施や集中環境汚染対策の実施など一連の政策を打ち出している。農村環境改善もその重要な一環として新たな局面に迎えている。

市場の更なる拡大

「水十条」をはじめとする一連の政策の実施に伴い、「十三五」期間中において農村排水処理市場が本格的に動き始めると業界内で広く認識されている。将来の市場規模の試算に関しては、2017年までの排出量予測値140~150億立方メートル、および、現行の「農村生活排水処理プロジェクト建設と投資指南」(2013年12月実施)で示した平均5000元/トンの建設コストを前提として、処理率が20%まで改善された場合、2017年までの潜在市場規模(施設建設のみ)は400億元を超えると中華全国工商聯環境商会等専門機関の専門家らが予測している。また農村排水処理事業に積極的に事業を展開し、排水処理専門最大手のひとつである桑徳社の文一波社長は2015年12月に北京・清華大学で開かれたシンポジウムにて、今後の農村部排水処理市場規模に関して、2016年に400億元、2020年までに840億元、2025年までに1300億元の大市場になると予測している。

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図 桑徳社による農村排水処理市場の予測(単位:億元)

「農村住民居住環境改善に関する指導意見」と各地方の対応

2014年5月に国務院は「2020年までに全国の農村住民の住宅・飲用水・道路インフラなどの基本的条件に顕著な改善が見られるようにし、清潔で便利な居住環境をほぼ実現させると共に、それぞれの特色ある美しい村々を建設する」という中長期発展目標を掲げている。その中で、農村部生活排水処理事業の促進も重要な要素として強調され、「排水処理の県域ベースの統一計画、統一建設、統一管理を推進する」と要求している。中央政府の同指導意見の公表に伴い、各省レベルの地方政府も積極的に動き出し、2015年末までに少なくとも20の省レベル政府が関連行動計画を策定・公表した。

「水汚染防止行動計画」(水十条)による農村排水処理改善における新たな目標

2015年2月に公表された「水汚染防止行動計画」は、今後5年間の中国排水処理分野における発展目標・方向を示す重要政策である。同「計画」では農村排水処理事業に対し「農村住民居住環境改善に関する指導意見」と同様に、「県レベルの行政地域を単位に、農村排水処理の統一計画、統一建設、統一管理を行う」と強調し、農村部における「連片整治」事業を強化し、2020年までに新たに13万の建設村における「連片整治」事業を完成させるという具体的な目標を挙げている。

「農村排水処理モデル県(市)事業」の実施

中国建設部は2015年7月に「農村排水処理モデル県(市)事業」の実施を決定し、各地にモデル県候補の推薦に関する通達を公表した。同モデル事業は全国で100の「農村排水全国治理モデル県(市)」の構築を目的としている。モデル候補地域は、「県レベルの行政地域を単位として、農村排水処理の統一計画、統一建設、統一管理を行う」という指針のもと、PPP方式の導入や、受益村民の一部の排水処理コストの分担などの新たな試みの実施も要求されている。

「統一計画、統一建設、統一管理」と常熟事例

「水十条」をはじめ、国からの一連の農村排水処理新政策では県域ベースの「統一計画、統一建設、統一管理」という要求が含まれている。これは従来の推進事業の進み方を大きく変化させるものとみられている。具体的には、鎮、村ベース個別で行うはなく、ひとつの県という行政単位のもと、集中処理施設・分散型処理施設、配管などをまとめて計画、建設、管理というものである。

江蘇省・蘇州市に属す常熟市(県レベル市である)の農村排水処理事業は、「統一計画、統一建設、統一管理」という方針で政府の推進のもと急速に進み、国内の農村部排水処理事業分野においてトップレベルの地域である。

常熟市の事例

常熟市は江蘇省・蘇州市に属し、農村部を含め経済が比較的発展している地域で、近年は農村排水処理事業において目に見える成果を挙げており、「常熟モデル」とも呼ばれている。

統一計画:
2008年から常熟市は、「都市部・農村部一体して統括推進」という方針のもと、「農村生活排水対策専項計画」を打ち出し、市域内の城(県庁所在小都市)、鎮、村の排水処理整備事業を統一計画し、事業を展開してきた。

統一建設:
各小都市所有の処理施設を再編し、計画的に新施設の建設を進め、現在では県域内全ての排水処理施設建設を統括し、11箇所の集中型生活排水処理施設を持ち、そのうち8箇所が農村部の排水処理に当たっている。排水の集中処理と分散型処理を有効に活用し、集中処理施設を中心とする配管の敷設事業と、1016箇所の分散型排水処理施設の新規建設に伴い、すでに20.6万戸の農家に生活排水処理事業を普及させ、そのうち69%が配管による集中排水処理施設で処理されている。地域全体の都市部生活排水処理率は97.5%に達し、農村部生活排水処理率は65%に引き上げられた。建設費用と運営に関しては、従来の市政府と各鎮・村政府の共同負担から市政府の全負担に変更され、市政府による統一的な推進形式をとっている。

統一運営:
施設の運営管理に関して常熟市は、各下級政府担当が専門企業を導入し、一括管理委託(O&M)という新しい管理方法を導入している。具体的には、市内の集中処理施設を中法水務社傘下の常熟中法水務有限公司に、分散型処理施設を蘇州弘宇水処理工程服務有限公司および江苏邨鎮水務技術服務有限公司に運営管理業務委託している。

PPP方式導入:
常熟市では、処理施設の整備普及により料金徴収制度が機能し始め、市財政の負担もある程度軽減されてきた。一方、整備事業を継続的に実施するためには更なる膨大な資金投入が必要で、2015年に常熟市はPPP方式を導入し、農村排水処理大手の中車股フン社と組んで6億元規模の資金を調達し(中車股フン社65%、市政府35%)、合弁の新会社を発足させ、25年BOT方式で地域内新規排水処理事業を展開している。

 

4. 民間企業の事業参入

農村部生活排水事業の加速により、国内の水処理関連企業は積極的に同分野で事業を展開している。

事業方式の変化

農村部生活排水処理事業は環境インフラ整備の一環であり、政府が出資し、民間または政府系企業がEPC方式などで建設事業を完成させ、政府が運営管理を行うのが一般的な方法で、参画企業には中小企業が多い。

一方で、政府の新たな指針のもと県レベルという比較的広い地域における整備事業全体をまとめるというニーズが出てきたため、大企業がより強い競争力を発揮することができるものと見込まれている。例えば桑徳国際社、首創水務社、碧水源社、北控水務社、中車股フン社など水処理大手は積極的に同分野に事業を展開している。2015年以降、PPP方式が農村部生活排水処理分野でも多く活用されている。例として、2015年1月に桑徳国際社は、貴州省桐梓県と契約し、両者の投資によるプロジェクト会社を立ち上げ、同県内13箇所の農村排水処理施設における30年BOT方式での建設・運営事業を行う。また、2015年6月首創水務社は余姚市と契約し、両者の投資により余姚首创污水処理有限公司を立ち上げ、同市内の排水処理施設をBOT方式、配管をBTO方式で建設する。

一方で、施設完成後の運営管理について、その実施が政府には難しいという懸念があるにも関わらず、民間企業よりも政府系企業の同分野での更なる活躍が見込まれている。2015年に建設部が主導した「農村排水処理モデル県(市)事業」では、同年末に「農村部生活排水モデル県事業における取組みに関する通達」を公表し、事業担当企業に関して3社の政府系企業を指名した。しかし、その決定に対して桑徳社、安徽国祯社、金達莱社をはじめとする大手民間各社が反発した。建設部はそれを受け、企業と対話し、「民間資本の事業参加も歓迎である」と説明をするという異例の事態に至った。

外資企業の動向

外資系企業も、中国の農村部排水処理事業に大きな関心を持っている。その中で日本のクボタや帝人も実際に一部の事業に参加し成功を納めている。いっぽうで、現体制のもとでは、工事施工、運営管理の面において、当面は外資企業の参入は簡単ではない。このため、外資系企業の技術・設備面の優位性を発揮し、有力な中国現地企業と連携する形での市場開拓が有効な手段であると考える。

まとめ

「十二五」計画期間以来、中国は環境改善を国策の一環として、重要視している。都市部排水処理事業は順調に進み、その普及状況はすでに一定のレベルに達している。発展が明らかに遅れている農村部生活排水処理事業は、「十三五」計画(2016-2020年)における重要な発展分野であると考えられる。政府はすでに同分野における中長期発展目標を掲げており、推進方針も明確にしつつある。第三者サービス、PPPなど新たな方式の同分野での活用も十分期待でき、膨大な市場需要と共に大きなビジネスチャンスも生まれつつあり、有望な市場になると見込まれる。

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