米国の水不足に伴う今後の成長が期待される水ビジネス (2)再生水の利用

米国では近年、特にカリフォルニア州やテキサス州などの地域を中心として、記録的な干ばつの影響と水需要の拡大に伴い、深刻な水不足に直面している。同問題を解決する一つの手段として、下水や雨水などの排水を処理し、農業用水や工業利用、修景、地下水涵養など、様々な用途へ再利用する再生水市場が注目されつつある。全米研究協議会(National Research Council)*1によると、処理排水の再利用量は世界全体で1日当たり2,100万立方メートルに達し、このうち米国が全体36%を占めるなど、最も処理排水の利用が多い(2008年時点)。

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図 処理排水の再利用量の国別割合
(出典:National Research Council, Water Reuse: Potential for Expanding the Nation’s Water Supply Through Reuse of Municipal Wastewaterよりエンヴィックス作成)

しかし、米国における処理排水は1日当たり320億ガロンに達し、このうち再利用されている割合はわずか約7~8%に留まるなど、処理排水の再利用は未だ限定的である。また、処理排水全体の約3分の1(1日当たり120億ガロン)は現在、河川や海域へ放流されていることから、水不足の解決に向けて、同処理排水を今後更に再利用することが期待されている*2

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図 米国における処理排水のうち再利用されている割合(2012年時点)
(出典:米環境保護庁、2012 Guidelines for Water Reuse)

米国で現在使用されている再生水の用途は多岐に渡る。米環境保護庁によると、2011年時点における再生水の用途は、農業用水が全体の29%を占めるなど最も多く、次いで、庭園・ゴルフコース散水用水(全体の18%)、海水侵入防止(8%)と続いている。

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図:米国再生水の用途別割合(2011年時点)
(出典:米環境保護庁、2012 Guidelines for Water Reuse)

既述のとおり、米国における処理排水のうち再利用される割合は限定的であるものの、再生水の利用状況は地域によって大きく異なる。米地質調査所(USGS:United States Geological Survey)によると、カリフォルニア州、フロリダ州、アリゾナ州、テキサス州といった4州が、全米における再生水の利用全体の95%を占めている(2005年時点)。しかし、最近では、水不足の懸念や節水に対する意識の高まりが全米で見られつつあることから、コロラド州、ニューメキシコ州、ネバダ州、オレゴン州、ワシントン州などの西部地域に加えて、ニュージャージ州、ペンシルバニア州、ニューヨーク州、マサチューセッツ州などの東海岸地域でも、再生水の利用が拡大しつつある。

 

州政府・地方自治体主導で進められる再生水の利用促進~カリフォルニア州の事例~

米国では、気候区分や人口・産業分布などが地域によって異なることから、州政府や地方自治体が主導となり、独自の法規制や政策等の制定を通じて、再生水の利用促進が進められている。2012年時点で再生水の利用促進を規定した独自の法規制を制定する州政府は全米で22州に達するほか、法的拘束力を伴わないガイドライン等を整備する州政府は更に11州に及ぶ。これらの法規制やガイドラインは主に、農業用水や工業用水、散水用水、地下水涵養水などへ、処理排水を再利用することを目的としている。一方、連邦レベルでは、全米を対象とした再生水の利用促進を規定した包括的な法規制は現時点で見受けられないものの、ガイドラインの発行や再生水利用プロジェクトへ補助金付与などが挙げられる。米環境保護庁は2012年、州政府に対して再生水の利用を促進するガイドライン「水再利用ガイドライン(Guidelines for Water Reuse)」を発行したほか、内務省(Department of Interior)は水再利用プログラム「Water Reclamation and Reuse」を通じて、研究開発・実証プロジェクトへの補助金提供などを実施している。

再生水の利用が全米で最も多いカリフォルニア州では、長年に渡り再生水を利用して経緯を有するものの、将来における水不足へ対応すべく、一連の法規制や政策などが整備されてきた。1991年にはカリフォルニア州再生水法(Water Recycling Act of 1991)が成立、同法に基づき制定された州規則(Water Code)では、再生水の利用促進と再生水の水質確保などが規定された。更に、カリフォルニア州政府(州水資源管理委員会:Water Resources Control Board)は2005年、総合的な水資源計画である「2005年版カリフォルニア水計画(California Water Plan Update 2005)」において、同州の水資源確保の一つの手段として再生水を位置付けたほか、2009年には再生水政策「Recycled Water Policy」を採択し、2020年までに再生水の利用を2002年比で最低年間100万エーカー・フィート*3、2030年までに200万エーカー・フィート増加する目標が設定された。

米環境保護庁によると、カリフォルニア州にて利用されている再生水は2009年時点で年間66万9000エーカー・フィートに及び、このうちの29%は農業用水、23%が野生生物の生育環境、庭園・ゴルフコース散水用水が19%、海水侵入防止や地下水涵養が13%を占める。同州では既に、処理水の利用促進に向けて、様々な再生水プロジェクトが展開されている。例えば、同州サンノゼでは、同地域を対象とした工場用水や庭園・ゴルフコース散水用水などを主目的として、再生水を利用するサウスベイ再生水プログラムが実施されている。また、ベイエリア地域の南部へ位置するモントレー郡では、地下水の汲み上げを通じて従来確保してきた農業用水を再生水で賄う再生水プロジェクトが展開、カリフォルニア州南部のアーバインでは、商業用ビルに設置されたトイレの洗浄水に再生水を利用している。

カリフォルニア州では、特に近年の深刻な水不足への対応に向けて、年間350万エーカー・フィートに及ぶ大量の処理排水が河川や海域へ放流されており、これらの処理排水を再利用する様々な再生水プロジェクトも計画されている。例えば、州水資源管理委員会は2016年2月、農業用水、庭園やゴルフコースの散水用水、工業用水等へ再生水を活用するために、合計36件に及ぶ再生水プロジェクトに対して合計約9億6,000万ドルの補助金を提供することを決定した。

 

深刻な水不足を受けて飲料水への再利用が注目

更に、カリフォルニア州では、過去数年間における深刻化する干ばつの影響を受けて、処理排水の水質を向上させ、飲料水として活用する議論も深まりつつある。既述の「2005年版カリフォルニア水計画」では、2030年までに飲料用途として再生水を可能な限り利用することが目標として掲げられ、2010年には飲料水用途としての再生水の利用を促進する州法「SB 918」が成立した。同州法では、地下水涵養を目的とした間接飲用再生水(Indirect Potable Reuse、以下、IPR)の利用に向けた全州統一の水質基準を2013年末までに策定すること、また、直接飲用再生水(Direct Portable Reuse、以下、DPR)として再生水の利用に向けた実現可能性の調査を2016年末までに実施することも州健康局(California Department of Public Health)へ義務付けた。

これに基づき、同州では、IPRやDPRを対象とした飲用再生水プロジェクトが実施、または計画、提案されている。例えば、オレンジ郡水道局(Orange County Water District)は、地下水涵養を目的としたIPRプロジェクト「Groundwater Replenishment System」を2008年に運用開始したほか、ロサンゼルス水道電力局(Los Angeles Department of Water and Power)は現在、IPRプロジェクト「Los Angeles Groundwater Replenishment Project」を計画、サンディエゴ市でも、再生水を貯水池へ貯留するIPRプロジェクト「Pure Water San Diego」を実施予定している。また、シリコンバレー地域では「シリコンバレー先端水浄化センター(Silicon Valley Advanced Water Purification Center)」が2014年に運用開始し、将来的に再生水を飲料水として活用することも検討されている。また、カリフォルニア州水資源委員会は現在、諮問委員会(Advisory Group)や外部専門家パネル(Expert Panel)の立ち上げを通じて、DPRの実現化に向けた提言などを行っている。また、業界支援団体であるカリフォルニア水再利用協会(WaterReuse California)は2012年、DPRの利用促進に向けたイニシアティブ「直接飲用水再利用イニシアティブ(Direct Potable Reuse Initiative)」を立ち上げ、DPRを対象とした研究プロジェクトに対して補助金を提供するなど、積極的に支援している。

米国ではこれまで、処理排水を高度処理し飲用水として再利用することに対して、多くの地域住民が安全性や健康面で懸念を示してきた。しかし、カリフォルニア州では、干ばつに対する長期的対策として、飲用水としての再生水の利用に対する理解が広がりつつある。2016年3月に米水処理大手ザイレム社(Xylem)が州全域を対象として実施した調査によると、カリフォルニア州水資源管理のための長期的なソリューションの一環として、再生水を飲用に使用すべきであると回答した住民は回答者の76%に達した。また、地域住民が処理排水を再生する高度な処理プロセスを把握することで、再生水が安全且つ清浄であることが理解される傾向にあることも判明している。

 

まとめ

米国では、処理排水を再利用する再生水市場の拡大が今後予想されている。その背景として、近年における異常気象による深刻化する干ばつの影響や人口増加や経済活動の拡大に伴う水需要の増加による水不足の懸念増加を始め、エネルギー省(DOE:Department of Energy)を主導とした「水エネルギー・ネクサス(Water-Energy Nexus)」*4の支援拡大、処理排水の河川や海域への放流に伴う環境生態系への影響に対する懸念の高まり*5、州政府や地方自治体による再生水の利用促進*6などが挙げられる。民間調査会社ブルーフィールド・リサーチ社(Bluefield Research)は、米国における再生水の使用量は2015年から2025年までに61%増加、投資コストは110億ドルに達すると予想している*7

特に、深刻な水不足であるカリフォルニア州では、再生水の利用促進に向けて積極的に取り組んでおり、再生水の利用において全米の先駆的な存在である。同州では、処理排水を利用促進する法規制を始め、再生水に関する水質基準の整備が全米で最も進んでおり、他州が基準を策定する際に見本とされている。更に、カリフォルニア州では、飲用目的とした再生水の利用に対する地域住民のコンセンサスが得られつつあることから、法規制の整備のみならず、飲用目的としての再生水の利用可能性や受容度においても、米国をリードする位置にある。飲用目的としての再生水を利用するには、河川や海域へ放流するために活性汚泥処理などの二次処理のみならず、精密ろ過や逆膜浸透、紫外線消毒等のプロセスなどの高度処理を行う必要がある。そのため、カリフォルニア州が全米の先駆的な存在となり、他州もこれに追随することが予想されるため、飲用目的を含めた再生水の利用促進が全米で拡大し、膜技術やろ過技術、高度処理プロセスなどの導入ニーズが高まるなど、今後の市場動向が注目される。

 

 

*1 全米研究評議会(National Research Council)は、米国議会への政策提言や研究調査などを目的として、1916年に設立された米国の学術機関

*2 米国議会への政策提言や研究調査などを目的として、1916年に設立された米国の学術機関である全米研究評議会(National Research Council)が2012年に発行した「水再利用:公共下水処理施設における下水の再利用を通じた米国の水資源拡大の潜在性(Water Reuse: Potential for Expanding the Nation’s Water Supply Through Reuse of Municipal Wastewater)」の提言に基づく
National Research Council, “Water Reuse: Potential for Expanding the Nation’s Water Supply Through Reuse of Municipal Wastewater” 2012

*3 1エーカー・フィート(acre-feet)は、4万3560立方フィート(1233 m3)、約32万5,851ガロンに匹敵する。

*4 化石燃料の採掘やバイオ燃料の生産、発電(火力発電施設の冷却用途)などエネルギー分野における水消費量が多いほか、下水処理施設では水処理に大量の電力が使用されているなど、水とエネルギーは連鎖している。そのため、「水エネルギー・ネクサス(Water-Energy Nexus)」は、双方の分野におけるエネルギー・水消費量を削減するとともに効率利用を目的として、エネルギー省が2012年に設立したイニシアティブである。

*5 例えば、フロリダ州セント・ピーターバーグでは、下水処理施設における処理排水をタンパベイへ放流していたが、州法ウィスソン・グリズル法(Wilson-Grizzle Act)が可決され、栄養分の高い再生水のタンパベイへの放流が制限されたことで、再生水の利用が加速した。

*6 例えば、オクラホマ州やワシントン州などの州政府は最近、再生水の利用を促進する州法規制を制定した。

*7 Bluefield Research, “U.S. Municipal Wastewater & Reuse: Market Trends, Opportunities and Forecasts, 2015-2025” July 1, 2015

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