中国の智慧水務の発展状況と展望

本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学環境学院環境管理・政策研究所常杪所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「智慧水務の発展状況と展望」というテーマで、その最近の動向を概説する。

 

はじめに

近年、中国の水分野関連事業の急速成長に伴い、新たなIT技術の導入が管理能力向上の重要な手段のひとつとなり、「智慧水務」という事業分野が重視され、中国各地で「智慧水務」の積極的の導入が始まっている。需要の拡大にともない、関連サプライチェーンにおいても大きな市場の発展に繋がっている。本稿では、中国における近年の「智慧水務」における政府の動向、ビジネスの実態、発展方向を解説する。

なお、本稿での「智慧水務」の定義は以下の通りである。

「智慧水務」(スマート水セクター)とは、管理情報化の進展として、モノのインターネット(IoT)、クラウド・コンピューティング、ビッグデータなど新しいIT技術を水セクターにおいて有効活用することで、監視・管理・予報能力のグレードアップ、政策計画作りの正確性・有効性の向上などに繋がり、水資源の有効利用を目的とするスマートな水管理システムのことである。「智慧水務」の適用は水資源管理、給水、排水、洪水対策など広範囲に及び、スマートシティ事業の重要な一部である。

 

1. 発展の背景

2012年から、中国政府は「智慧都市」(スマートシティ)事業を実施し、各地でモデル事業を展開していた。2015年までに中央政府が指定した「智慧都市」事業モデル都市の数は290都市に達した。そのうち「智慧水務」は「智慧都市」事業の一環として、一部のモデル都市で推進され、2014年に実施された関連指導意見によって「智慧水務」の「智慧都市」での位置づけが更に明確化された。

一方、「智慧都市」という大きな概念以外で、中国での「智慧水務」の積極的導入に関していくつかの要因が考えられる。まず1つ目は、中国の環境管理戦略の変化である。中国の「第12次五カ年計画」以来、環境管理の目標は汚染物排出削減から環境質の改善に向かい、2015年に公表・実施された「水汚染防止行動計画」(水十条)でもこの方針を反映している。また水環境管理に関して「水十条」では、排水、節水、水資源保護などの分野に対して、より高い要求を明確にした。環境監視に関して、国務院は2015年7月に「生態環境監測ネット建設法案」を公表し、新たな環境監視体制の構築を明確にした。それによって、環境管理手段、環境における監視能力のグレードアップが要求されている。

コラム1 「生態環境監測ネット建設方案」
中国国務院は2015年7月に「生態環境監測ネット建設法案」を公表した。
目標:
2020年までに、全国生態環境監視網を構築し、基本的な環境質、重点汚染源、生態状況における全面監視を実現する。また、陸海統括、天地一体、上下共同、情報共有の生態監視ネットワークを構築する。
重要任務(一部):
統一の環境質監視ネットワークの構築
重点汚染源における監視制度の健全化
生態監視システム構築の強化
生態環境データ集計共有メカニズムの構築
生態環境監視ビッグデータ・プラットフォームの構築

2つ目は、水セクター管理体系の変化である。水セクターというのは業務範囲が広く、都市部だけでも水の安全、水資源、水環境など複数の領域にわたり、給水事業、排水事業、洪水対策、浸水対策などの事業内容が含まれている。近年では、その管理を従来の多部門での領域別・業務内容別の管理方法から、地域・流域ベースの一元化管理に転換する動きが始まっている。

3つ目は、IT技術の進歩による管理手段の革新である。新しいIT技術の応用及び監視技術の進歩により、水質など重要データの収集・分析、活用方法の全面レベルアップが可能になっている。また中国政府は新IT技術の応用を全面的に推進し、2015年に「インターネット+」と呼ばれるIT技術の各分野での有効活用を推進するという発展方針を明確にし、IT技術による水管理ビジネスの発展はその方向に一致している。また政府は、IT技術の環境分野での応用に関して、「ビッグデータ発展促進における行動綱要」(国務院2015年8月)、「インターネット+クリーン生態三年行動実施方案」(国家発展委員会2016年1月)、「生態環境ビッグデータ建設総体方案」(環境保護部2016年3月)など一連の政策を打ち出し、IT技術の環境分野での活用により環境管理能力の向上を強調、推進してきた。

 

2. 地方政府の取組み

中国では、各地の水環境インフラ整備事業の進展の差が大きい。例えば中西部地域においては処理施設建設、管理の情報化が中心である一方で、インフラ整備の進展が比較的早い沿海部地域では、「智慧水務」関連取組みが比較的に積極的に進められている。また「智慧水務」の構築は大きな投資が伴うもので、現段階、地方では全域、全分野のような包括的な推進よりも、重点地域・重点分野を絞って、モデル事業ベースで推進するケースが多い。中国の第12次五か年計画(⒉011-2015年)期間以来は関連動向が活発化になっている。大連市の場合、都市部における給水配分調達管理、水資源オンライン監視、水利プロジェクトのスマート管理を重点分野としている。大連市は、水セクターの情報のデータ化、制御の自動化、意思決定のスマート化といった目標を挙げ、五大監視網、クラウドコンピューティング・データベース、クラウドコンピューティングによる政策決定プラットフォーム、六大応用システム(給排水管理、水生態環境管理、洪水防止など)を主要任務としている。また浙江省の場合は、水セクターにおいて、インフラ整備分野において全国でも先進的な地域で、2014年から「五水同治」(排水、洪水、浸水、給水、節水を総合的かつ包括的に対応する)という理念を導入した。同省の台州市は、「智慧水務」のモデル都市として本格的に動き出し、第1期プロジェクトとして2億元を投入し、智恵給水、智恵水利、智恵水環境、都市部智恵排水の四分野を選定し、関連事業を展開した。2015年までに給水分野において、ポンプステーションおよび給水場における自動化監視システム、SCADAシステム、送水配管の遠距離監視、GISシステム、統一情報管理システム、統一指揮システムの構築を完成している。そのほか北京市、上海市、江蘇省(太湖流域を中心に)、などの地域でも関連取組が進んでいる。

 

3. 大手水施設運転管理企業の取組み

政府だけでなく、都市部給水・供水施設の運営管理を主要業務とする大企業も「智慧水務」の推進に力を入れ始めている。全国で28か所の給水場を有し、本社は広東省深セン市に位置する深セン水務集団の場合、IT技術を本社所在地域の7か所の給水場、5か所の給水場を中心に水セクターIoTシステム、顧客サービスシステム、業務運営システム、情報安全保障システムといった4大情報化システムを構築している。また2016年6月に深セン水務集団は、IT大手の華為技術有限公司および政府系通信情報大手の中国電信集団公司と三者による都市部供水・排水における保障能力の向上を目的とする智慧水務分野で智慧水務情報化システムの構築協力事業に合意し、「智慧水務戦略合作枠協議」に署名した。そのほか、北京都市排水集団、桑徳集団、重慶水務集団、中山公用事業集団をはじめとする複数の大手水運営管理企業も「智慧水務」関連業務を推進している。

 

4. 市場状況とサプライチェーン

「知恵水務」関連事業は主に環境データの計測、データの転送、データの標準化・分析、データベースの構築、応用システムの開発、政策決定へのサポートなどから成る。同分野で事業を展開する企業は主に環境測定装置メーカー、IT企業、総合ソリューション案を構成する研究機関などとなっている。

表 知恵水務におけるサプライチェーンの構成

項目 業務内容
戦略研究 データの活用による計画作り、対策作りなどの意思決定のサポート
応用 汚染源管理、監視、予報など業務内容ベースの管理システムの構築
プラットフォーム 業務内容をベースに、IT技術の応用により、データの標準化、基礎データベースの構築、データ分析モデルの開発などによる情報共有フォームの構築
データ転送 通信技術の革新による、収集したデータの転送、保管の実現
環境データの測定 環境測定装置、汚染源オンライン監視措置などによる環境データの収集。

 

環境測定機器メーカー

環境データの測定に関して、中国では環境監視関連機材の製造業は、市場ニーズの拡大により発展しつつあり、A株に上場している大手企業も複数存在している。成長が早く、市場シェアも大きい一部の測定機器メーカーは、単なる測定機器の提供からサプライチェーンの下流に事業を拡大させ、積極的に知恵水務分野に進出し始めている。浙江省杭州市に本社を置く聚光科技(杭州)股份有限公司の場合、測定機器の製造といった主要事業のほかに、情報通信中堅企業のシンセン東深電子股份電子有限会社の買収(2015年)などにより、ビッグデータの活用、管理業務システムの開発、予測予報システム、緊急時対応システムの開発などの分野にも力を入れ、地域・流域における知恵水務の総合ソリューション業者を目指している。また、北京にある測定機器メーカー大手の雪迪竜科技股份有限公司の場合、環境情報化専門企業の北京思路創新科技有限公司への資本参加を実現し(2014年)、知恵環境分野への進出の大きな一方前進となっている。

 

IT企業

IT系企業に関して、今まではあまり見られなかった環境分野を重点とするソフト開発系有力専門企業が複数成長している。北京思路創新科技有限公司、中科宇図科技股份有限公司などがその典型例である。また上海威派格智慧水務股份有限公司のような知恵水務分野に特化した企業も現れている。

さらには近年、上記のような中堅企業だけではなく、IT大手企業各社もIT分野での強みを発揮し、本格的に知恵環境、知恵水務分野に進出し始めている。阿里巴巴網絡技術社の場合、同社が開発運営する「阿里雲」というクラウドコンピューティング・プラットフォームを生かし、計量機材大手の新天科技股份有限公司、上記の上海威派格智慧水務股份有限公司などの企業と組んで、クラウドコンピューティングの知恵水務分野での新たな応用に向けて戦略提携を実現している。華為技術有限公司はシンセン水務集団との連携以外にも、水道メーター大手の三川知恵科技股份有限公司とも知恵水務事業におけるソフトウェアの共同開発に調印した。そのほか政府系IT大手の太极計算机股份有限公司の場合、政府主導の知恵水務事業に直接参入し、2016年西安知恵水務建設プロジェクトの情報化部分を落札した。

 

研究機関・大学

専門の研究機関・大学も一部重要な役割を果たしている。特に流域・地域における一定規模の総合的「知恵水務」事業の場合、政府プロジェクトの構築・あり方の提言、全体ソリューション案の設計、シミュレーション用コア計算モデルの研究開発などにおいて、現状として清華大学環境学院のような専門研究機関が担当するケースが多くみられる。

 

5. これからの発展方向

中国ではいま、都市部を中心に環境インフラの整備がハイスピードで進んでいる。中西部の中小都市及び広範囲の農村部では施設建設ニーズが依然として大きいものの、北京、上海、深センのような大都市では、給水・排水施設が概ね整備され、大規模施設の建設需要は縮小していく方向である。一方で、既存施設の運営管理、環境監視、汚染事故リスク防止、水資源の有効利用などが新たな課題となっている。また、国民経済におけるIT技術進歩の役割を更に果たすためにも中央政府は「インターネット+」という理念を提唱し、IT技術の環境分野での応用を全面的に推進している。このなかで「智慧水務」事業は、政府の流域・地域水環境、水資源の有効管理・リスク防止、特定施設の運営効率の向上などでの役割が大きく期待されているため、これからの有望分野であると見られる。

現段階で「智慧水務」事業はまだ発展の初期段階であり、部分的なモデル事業が多く、効果面での評価可能な成功例はまだ少ないものの、実施が始まっている。同分野において、外資系企業の進出も見られるようになっている。中国のスマート環境事業に高い関心を持つフランスのSchneider Electric社がその例である。日系企業の進出はまだ少ないが、スマートシティ分野に強みを持つ日立製作所や富士電機だけでなく、環境監視分野に強い堀場製作所、島津製作所などは市場ニーズの更なる拡大により、中国現地の企業・研究機関と協力し合いながら、これから進出のチャンスが出てくる可能性が十分あると見られる。

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