中国海水淡水化事業の発展の現状

本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学 環境学院 環境管理・政策研究所 常杪 所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「中国海水淡水化事業の発展の現状」というテーマで、その最近の動向を概説する。

 

はじめに

近年、中国の海水淡水化事業の規模は拡大を続けており、すでに沿海地域および海島における水不足解消のための重要な施策となっている。本稿は2016年に公開された中国「十二五計画」(2011-2015年)までの最新統計データ及び政策動向を踏まえ、中国の海水淡水化事業の発展状況を分析し、「十三五計画」(2016-2020年)に向けた今後の発展方向を展望するものである。

中国「第十二次五ヵ年計画」期間中(2011-2015年)において、中国政府は海水淡水化事業を全面的に推進し、2012年には「国務院弁公庁:海水淡水化産業の加速に関する意見」、「国家発展改革委員会:海水淡水化産業発展『十二五』計画」、「科学技術部:国家発展改革委員会:『十二五』海水淡水化科学技術計画」など一連の政策を打ち出した。このような国家政策を背景として、中国の海水淡水化の事業規模は拡大を続けてきた。

 

1 中国の海水淡水化事業の発展

1.1 淡水生産能力:100万/日を突破

2015年までに、中国全土で完成済の海水淡水化事業は121か所あり、それらをすべて合計した1日当たりの淡水生産能力は100万トンを突破し(正確には100万8825トン/日)、最近10年間でほぼ10倍に成長した(図1)。そのうち、2015年の新規プロジェクトは7か所で、淡水生産能力6万6620トン/日である。

  図 2006年~2015年中国海水淡水化事業規模の推移(トン/年)
(出典:中国海洋局)

地域別に見ると、2015年までの中国の海水淡水化事業は天津市、浙江省、河北省、山東省、遼寧省、広東省、福建省、江蘇省、海南省など9つの沿海地域に集中し、主に深刻な水不足問題を抱える沿海都市および海島に分布していることがわかる(下図)。特に天津市、浙江省、河北省、山東省の4地域での利用規模が大きく、全体の84%を占め、2015年までの各地域での淡水生産能力はそれぞれ31万7245トン/日、20万7795トン/日、 16万7500トン/日, 16万5205トン/日となっている。

天津市や河北省を代表とする北部地域では、海水水化事業の利用先として発電業や鉄鋼業などの水消費量が多い業界に集中しているが、いっぽうで浙江省や福建省などの南部地域では、海島の民生用水源として利用されるケースが多く、100トン/日、1000トン/日規模のプラントが主要な割合を占めている。

図 中国海水淡水化における地域別の処理規模の割合(%)
(出典:中国海洋局)

1.2 技術の応用:逆浸透技術(RO)が主流

次に、淡水化技術の観点については、既存プラントでは逆浸透技術(RO)の利用が最も多く、そのプラント数は106箇所にも及び、淡水生産能力は65万4536トン/日に達し、全体の64.88%も占めている。2番目に多いのは低温多重効用蒸発技術(LT – MED)で、全国には13か所のプラントがあり、淡水生産能力は34万8090トン/日で、全体の34.50%を占めている。そのほか多段フラッシュ蒸発技術(MSF)や電気透析(ED)技術を利用しているプラントもあるが、ごく一部に限られているのが現状である。


図 中国海水淡水化における主要技術の応用状況(トン/日)
(出典:中国海洋局)

1.3 今まで海水淡水化の産業発展における問題点

中国の海水淡水化事業は国の推進のもとで全体としてプロジェクトの件数が増え、淡水生産量は拡大を続けているが、2015年までの発展状況は、「十二五」関連計画を作成した当初に政府が想定した通りの成長速度を実現しておらず、計画で挙げられた2015年までの発展目標を事実上達成することができなかった。

目標を達成できなかった理由については、依然として存在するいくつかの問題点が考えられる。

まずは、淡水の供給価格である。中国の既存海水淡水化プラントの海水淡水化による淡水1トン当たりの生産コストは一般的には5~8元と推計されており、国際水準と比較した場合にまだ大きな差がある。近年、天津市をはじめとする一部の水不足問題に直面する大都市の水道水の価格が値上がりしているものの、都市部水道水の価格の全体水準は依然として海水淡水化事業による生産コストよりも大幅に安価である。それによって一部既存施設がフル稼働せず、企業側が経営困難に陥るケースもあり、新規大型プロジェクトの実施にも影響を及ぼしている。

2つ目の問題として、現状は中国の海水利用管理メカニズムや関連政策がまだ健全ではない点が挙げられる。特に、脱塩された水を水資源システムへ導入するための政策作りはいまだ作成途中である。また海水淡水化事業に対する政府による支援制度構築に向けた動きが見られるものの、未だに有効に運用されているとはいえない。

最後に、国内の技術力、イノベーション能力が不足していることが3つ目の問題である。現在の国内海水淡水化事業において、そのコア技術および設備は海外からの輸入に頼るケースが多く、国内の独自技術、設備の導入において、実績の少なさによる安全性および安定性が問われ、その導入はまだ容易ではないと言える。

 

2 政策動向:2020年まで水生産能力を倍増

中国国家発展委員会及び国家海洋局は、2016年12月に「全国海水利用『十三五』計画」(以下、「利用計画」)を共同で公表し、第十三次五カ年計画期間中(2016年-2020年)における海水淡水化事業の発展計画を明確にし、淡水生産能力を2015年から倍増させ、220万トン以上を達成するという目標が打ち上げられた。

2.1発展目標

「利用計画」で挙げられている主な目標は以下の通りである。

  • 「十三五」末までに全国海水淡水化総規模は220万トン/日以上に達せさせる。
  • 沿海都市部と海島地域ではそれぞれ新たに105万トン/日以上、14万トン/日生産規模を増加させる。
  • 海水の年間直接利用規模を1400億トン以上、海水循環冷却利用規模200万トン/h以上に達せさせ、鹹水淡水化事業規模を100万トン/日以上新たに増加させる。
  • 海水淡水化装備の自主技術の市場シェアを70%以上に達成させ、国際市場のシェアを10%アップさせる。

2.2 主要分野

同「利用計画」では、淡水化の利用先として主に以下の4つの主要分野が挙げられている。

(1) 沿海部の水不足都市における海水淡水化事業の民生保障分野での利用拡大

天津、大連、青島などの沿海都市で改修・新規建設といった形で、5万トン/日またたはそれ以上の規模の民生用海水淡水化プラントを建設し、関連配管敷設事業を加速させ、脱塩水の市政給水システムの導入における技術、政策面のモデル事業を実施する。

(2) 海および船舶用水分野での応用

  • 舟山諸島、平潭島、万山市諸島など人口が比較的多く、一定の経済力を有する海島での大型・中型海水淡水化事業の実施。
  • 一部の海島での既存老朽海水淡水化施設の更新・改修事業。
  • 地理的に比較的離れた場所に位置し、人口が少ないものの、戦略的意義を持つまたは観光開発価値のある海島、および12メートル以上の淡水化設備のない海洋漁船における小型海水淡水装置の普及事業。

(3) 沿海部産業区における海水淡水化能力の拡大

  • 天津臨港経済区、福建ショウ(漳)州古雷経済開発区、青島西海岸経済区など沿海部産業区における大型海水淡水化事業の実施。
  • 電力、化学工業、石油工業、鉄鋼など高水消費業界における海水循環冷却事業の拡大。

(4)西部地域における「かん水」淡水化利用の拡大

新疆、チベット、内モンゴル、青海、寧夏、甘粛など西部の「かん水」地域における淡水化技術の利用を加速し、モデル事業の規模を拡大させる。

2.3 インセンティブ施策の強化

同「利用計画」では、水不足地域において脱塩水が水供給システムのなかで占める割合の拡大、政府の公益性海水淡水化事業、関連配管敷設事業における資金投資の拡大を要求し、沿海部における各地方政府による海水淡水化事業の運営企業に対する財政補助、取得税優遇策など支援制度の実施を奨励すると明記した。

このほかにも、政府と民間資本の協力方式つまりPPP方式の実施を模索すること、また研究成果の実用化促進のため、一定条件を満たした重要な海水淡水化技術・設備を初めて導入する際に、関連保険費における政府資金の補助制度を推進する。

 

3 市場競争主体の状況

現在は中国の大型海水淡水化分野において、民間企業、政府系企業、外資系企業、合弁企業など多様なプレーヤーが存在している。

3.1 民間企業

民間企業の場合、主に膜メーカー、関連機器メーカー、エンジニアリング企業などに分けられる。

  • 中国国内の大手水処理膜メーカー企業:天津膜天膜科技股フン有限公司、南方汇通股フン有限会社、北京碧水源科技股フン有限公司など
  • 高圧ポンプ、防食鋼管など関連機器の大手メーカー企業:南方泵業股フン有限公司、海亮股フン有限公司、久立特材科技股フン有限公司など
  • 設備製造+大手エンジニアリング企業:上海巴安水務股フン有限公司、北京首航艾启威節能技術有限公司、双良節能系統股フン有限公司、北京賽諾水務科技有限公司など
  • 水処理総合大手企業:北控水務集団有限公司など

近年の中国でのPPP方式の普及により、一部の大手企業が自社の技術力と資本を結び付け、サプライチェーンを拡大し、「設計」-「部品・設備の提供・調達」-「建設」-「運営・管理」を含めた大型プロジェクトの獲得する動きが複数見られている。

コラム1 PPP事業試みの展開
碧水源:山東省青島市董家口経済区10
万トン/日海水淡水化PPPプロジェクト
2015年8月北京碧水源科技股フン有限公司子会社の青島水務碧水源科技発展有限公司は、山東省青島市董家口経済区10万トン/日海水淡水化PPPプロジェクトを落札した。2016年9月に完成し、現在は仮稼働段階に移行している。同プロジェクトは、UF+ROいわゆる「双膜法」を採用し、設計処理能力は10万トン/日で、総投資額は9億人民元である。仮稼働段階では、実際に4万トン/日の処理能力となり、造られた脱塩水は主に同経済区に立地する工業企業向けの生産用水として提供される。

巴安水務:滄州渤海新区10万トン/日海水淡水化プロジェクト
営口仙人島配套海水淡化場建設プロジェクト

2014年10月に上海巴安水務股フン有限公司は滄州渤海新区10万トン/日海水淡水化プロジェクトを落札した。2015年9月に着工し、現在建設段階である。同プロジェクトは、RO技術を採用し、2期に分けて実施し、総投資額は8億人民元である。

また上海巴安水務股フン有限公司は、2016年8月、営口市仙人島エネルギー・化工区管理委員会と合意し、営口仙人島配套海水淡化場建設プロジェクトの実施における協力合意書に調印した。同プロジェクトはRO技術を採用し、2期に分けて実施し、完成後、10万トン/日の生産能力になる計画である。

3.2 政府系企業

中国冶金科工集団有限公司、中国藍星(集団)股フン有限公司(中国化工集団公司に所属)、天津国投津能発電有限公司など国有大手企業は、中国の海水淡水化事業においても重要な影響力と市場シェアを占めている。

そのうち、中国藍星(集団)股フン有限公司傘下の藍星杭州水处理技术研究開発センターは、かつて政府直轄のトップレベルの海水淡水化専門機関であり、企業という形態になった後も海水淡水化プラントにおける設計、建設、運営・管理能力を持ち、2010年以降も国内では十数か所の海水淡水化事業の実績を挙げている。

中国冶金科工集団有限公司の場合、海水淡水化事業を特化した専門子会社の中冶海水淡化投资有限公司を立ち上げ、上海电气海水淡化工程技术公司等企業と共同で、宝钢广东湛江钢铁基地海水淡化プロジェクト(2016年に完成・MED・3万トン/日)などの複数の海水淡水化事業を行ってきた。

3.3 外資系企業

中国の海水淡水化事業において、一部の外資系企業の進出例も見られている。中国現地のエンジニアリング会社または政府系投資会社と共同で海水淡水化プラントを建設し、運営管理まで行っている。ノルウェーのAqualyng社、スペインのBefesa社、シンガポールのHyflux社などがその例である。

表 外資系企業の進出・事業例

企業名 現地プロジェクト企業 事業名 稼働時
ノルウェーのAqualyng社 唐山北控阿科凌曹妃甸海水淡化有限公司 河北曹妃甸北控阿科凌海水淡水化プロジェクト(10万トン/日) 2011年
スペインのBefesa社 山東青島百発海水淡化有限公司(合弁) 山东青岛百发海水淡化プロジェクト

(10万トン/日)

2013年
シンガポールのHyflux社 天津大港新泉海水淡化有限公司 天津大港新泉海水淡水化プロジェクト (10万トン/日) 2009年
マレーシア先達集団社 水处理公司先達(天津)海水资源开发有限公司 天津南港工業区海水淡化及び工業製塩一体化プロジェクト 建設中

またアメリカのDOW Chemical、日本の東レ、日東電工など大手水処理膜メーカーも膜モジュールなどコア部品提供を通じ、中国の海水淡水化分野に積極的に事業を展開してきた。

3.4 M&Aの活発化

中国の海水淡水化市場の拡大につれ、2015年以降、中国国内大手企業による海外の優れた部品メーカーやエンジニアリング企業のM&A(合併・買収)案件が見れるようになっている。例えば上海巴安水務股フン有限公司の場合は、2015年から2016年にかけて、オーストリア水処理大手のKWI社(Corporate VerwaltungsGmbH)の株式100%、ドイツセラミック平膜製造大手のItN社(ItNNanovationAG)の株式67.65%、スイス大手水処理LW社(Larive Water Holding AG)の株式21.6%を購入した。それにより、巴安水務社の海水淡水化における前処理技術、膜技術、MED技術が全体的に強化され、国内及び海外市場における市場開拓に繋がると期待されている。そのほか、国有大手の中国交通建设股份有限公司は、イスラエル海水淡水化大手のIDE Technologies社に対するM&Aの意思を表明していると広く報道されている。

 

今後の展望

「全国海水利用“十三五”計画」をはじめとする政府政策の推進のもと、第十三次五ヵ年計画期間中(2016-2020年)において、中国の海水淡水化事業は、更に加速すると見られる。すでに述べたように、一部の大手企業はすでに動き出している。

一方、政府のインセンティブ施策に関して、具体的な実施細則はまだられていないため、政府方針がどこまで徹底されるかを注視する必要がある。また、民間企業の活発な動き、政府系企業の参入、PPP方式の活用などの要因に加えて、市場透明性が比較的欠如していることもあり、外資系企業にとっては一気に大型プロジェクトを獲得することはそれほど容易ではない。

市場ニーズの拡大に伴い、現地企業と協力し合い、設計・運営・管理などノウハウの活用やコア部品・設備の販売拡大が、現段階の最良の選択肢ではないかと考えられる。

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