フランスのCNRS、水濾過のためのバイオインスパイアード膜を開発

きれいな飲み水へのアクセスの確保は、21世紀の大きな課題のひとつとされている。この課題への取組を進めるべく、科学者たちが新たな濾過プロセスへの扉をひらいた。彼らは細胞蛋白質にヒントを得て、内部に非対称な人工チャネルをもつ膜を開発し、そのチャネル内で「キラルな」[1]水を観測することに成功した。キラルな性質、すなわちキラリティーがあると、チャネル内の物質に流れやすい方向と流れにくい方向ができる。これは濾過のために不可欠のことである。この研究は、ヨーロッパ膜研究所(IEM)(フランス国立科学研究センター(CNRS)、モンペリエ国立高等化学大学院(ENSCM)、およびモンペリエ大学の管理下にある研究機関)、およびCNRS傘下の生化学技術研究所(LBT)の研究者らがアメリカの科学者らと共同でおこなったもので、その成果は2018年3月23日付のScience Advances誌上で発表された[2]

チャネル内で水が「キラル」に

水の濾過と浄水処理のためのまったく新しい技術をめざして、研究者らは生体膜中の細孔を形成する蛋白質――アクアポリン――をヒントに、人工のチャネルをもった膜を開発した。研究者らは革新的な分光技法を使って、それらチャネルのなかのきわめて限られた空間で水分子がきわめて規則正しく、方向性をもった線状構造に組織化するようすを観測することができた。水が「キラル」になったのである。

脂質膜に人工的につくったチャネル内において自然の細孔と同様の生理学的条件のもとでキラルな水ができたのは、まさに離れわざと言ってよいほどのことだった。分子が規則正しく並ぶのは、すでに自然の化合物や人工化合物の固体構造のなかで見られてきたところだが、水の分子にきわめて可動性のある溶液のなかでこれを見ようとしてもなかなか見られるものではない。

キラリティーがチャネル内の運動を促進

水の分子がこのように線状につながるのは、チャネルの非対称性と共役な水分子の極性で説明することができる。水は、水素結合を通して人工チャネルの壁と相互作用する。その結果生じる超構造のなかで、チャネルを構成する分子がそのキラルな性質を水分子の列に伝達し、水分子が一方向にのみ流れやすいようにする。このことから、研究者らはひとつの仮説を立てた。水分子列の全体としての方向性が、膜を通り抜ける運動の発生、すなわちその運動の選択におそらく重要な役割をはたしているのではないかという仮説である。

そして実際に、分子動力学的計算にもとづく実験により、同じ水分子の列でも、分子がランダムに並んでいるキラルでない配列よりも、キラルな配列のほうが移動性にすぐれていることが確かめられた。つまり、水のキラリティーがナノチャネル内での可動性を増す原因となり、通り抜けをより容易にし、その分だけ外部から注入するエネルギーが少なくてすむ。

きわめて大きな応用範囲

この発見は、水の濾過と浄水処理のきわめて幅広い分野に応用することができる。現在、このプロジェクトに携わる研究者らは、海水淡水化によく使われる逆浸透膜の開発に取り組んでいるところで、すでに、膜の透水性と選択性の向上という点で有望な結果を得ている。このふたつはどちらも、濾過には欠かすことのできないファクターである。

図 チャネルの中心部(透明な部分)で一方向を向いた線状構造をもつ水分子列の模式図
ヒスタミン誘導体でつくられるこのキラルなチャネルは、水性媒体(薄青い部分)中で安定化されたリン脂質二重層(白っぽい部分)内に自然に形成される。
(出典:フランス国立科学研究センター)

[1] ある化合物がその鏡像と重ね合わせることができないとき、すなわち、その化合物に鏡像対称性がないとき、その化合物はキラルであるという。また、そうした性質をキラリティーという。

[2] Istvan Kocsis, et al., Oriented chiral water wires in artificial transmembrane channels, Science Advances, doi: 10.1126/sciadv.aao5603
http://advances.sciencemag.org/content/4/3/eaao5603.full

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