米国における下水中のリン規制動向

米国におけるリン規制整備の現状

動植物の活動や生育に必要となるリンや窒素は、土壌や岩石などの自然環境中に含まれているものの、下水処理場や農薬(肥料)を散布した農場・芝生等から水域へ流出するなど、人為的に過剰に生成されている。これらの栄養物が少量でも水域中に増えた場合、藻類の増殖や酸素濃度の低下により富栄養化を引き起こし、水質悪化につながるとされている[1]。そのため米国ではこれまで、湖沼や貯水池、河川や小川などの水域におけるリンや窒素等を除去する取り組みが実施されている。水質浄化法(Clean Water Act)に基づき、地域の水質浄化を目的として、州政府がリンや窒素といった栄養物の水域における含有制限値を策定している。特に1970年代以降、農薬や肥料、洗濯用洗剤などに含有されたリンの、河川などの環境中への放出が問題視されており、多くの州政府は、リンを原料とした家庭用洗濯洗剤の製造を禁止した[2]。近年では、下水中のリン除去を目的としたリン規制が進みつつあり、一部の州政府では、下水中のリン濃度の引き下げ等が既に実施されている。

米国では水質浄化法に則り州政府が、湖沼/貯水池、河川/小川、入江(河口)といった州内の3種類における主要水域を対象とした、リン及び窒素の含有量「TMDL:Total Maximum Daily Load」(基準値)を制定する動きが広がりつつある。2017年末時点で、これらの3種類の主要水域全てにリン及び窒素の双方を対象とした基準値が制定されている州は、ハワイ州のみに留まる。また2種類の主要水域を対象としてリン及び窒素の基準値が制定されている州はフロリダ州、リン基準値が制定されている州は、ウィスコンシン州、ミネソタ州、ニュージャージ州が挙げられる。またこれらの州政府以外でも、ニューヨーク州、コネチカット州、ジョージア州などで、主要水域を対象としたリン基準値の制定の検討が進められており、2021年までに基準値が制定されることが見込まれている[3]。特に、五大湖周辺や米北東部地域では河川や湖沼が多く存在しており、地域の環境意識の高まり等を受けて、リン基準値の制定が他地域と比較して進みつつある。

  • 3種類全ての主要水域(湖沼/貯水池、河川/小川、入江)を対象としたリン及び窒素基準値が制定
  • 3種類のうち2種類の主要水域において少なくともリン基準値が制定
  • 3種類のうち1種類の主要水域において少なくともリン基準値が制定
  • 主要水域において少なくともリン基準値が部分的に制定

図 州政府による主要水域を対象としたリン・窒素基準値の制定状況2017年末時点)
出典:EPA[4]

 

主要州におけるリン基準値の制定概要

上記における州政府のうち、ウィスコンシン州やミネソタ州は、主要水域のリン除去を積極的に取り組んでいる。ウィスコンシン州では、2014年10月に湖沼/貯水池、河川/小川を対象としたリン基準値が2014年10月に改正、現在施行されている。一方、ミネソタ州では、リン基準値が2013年7月に改正された。各州政府とも、全州統一の基準値ではなく、地域特性や生態系等を考慮し、河川や湖沼の区分毎にリン基準値(リン含有量に係る総量基準)をそれぞれ制定している。ウィスコンシン州及びミネソタ州におけるリン基準値は以下のとおりである。

表 ウィスコンシン州及びミネソタ州におけるリン基準値
(リン含有量に係る総量基準)

対象州 主要水域の区分 細区分/立地場所 リン含有量に係る総量基準
ウィスコンシン州 湖沼/貯水池 湖沼 冷水に生息する魚類の生態系となる成層湖 15 µg/L
流出河川を持たない(地下へ浸透)成層湖 20 µg/L
流出河川を持つ成層湖 30 µg/L
流出河川を持つ開放湖(非成層湖) 40 µg/L
流出河川を持たない閉鎖湖(非成層湖) 40 µg/L
貯水池 成層型貯水池 30 µg/L
非成層型貯水池 40 µg/L
五大湖 ミシガン湖沿岸部(流出河川を有する)水域 7 µg/L
スペリオル湖沿岸部(流出河川を有する)水域 5 µg/L
河川/小川 河川 100 µg/L
小川 75 µg/L
ミネソタ州 湖沼/貯水池 Class 2A[5]に区分された湖沼/貯水池、レイクトラウトが生息する湖沼(レイクトラウト湖沼)  

12 µg/L[6]

湖沼/貯水池 Class 2Bdに区分された湖沼、Northern Lake and Forests生態地域に位置する水深が浅い湖沼や貯水池 30 µg/L
湖沼/貯水池 レイクトラウト湖沼以外のトラウトレイクとして指定された湖沼 20 µg/L
湖沼/貯水池 Northern Central Hardwood Forest生態地域に位置する湖沼や貯水池 40 µg/L
湖沼/貯水池 Western Corn Belt Plains生態地域及びNorther Glaciated Plains生態地域に位置する湖沼や貯水池 65 µg/L
湖沼/貯水池 North Central Hardwood Forest生態地域に位置する水深が浅い湖沼 60 µg/L
湖沼/貯水池 Western Corn Belt Plains生態地域及びNorthern Glaciated Plains生態地域に位置する水深が浅い湖沼 90 µg/L
河川/小川 北部 50 µg/L
中央部 100 µg/L
南部 150 µg/L

出典:EPA等を含めた各種情報[7]

各州におけるリン除去に向けた取り組み

このように米国では、水域中のリンや窒素の含有量の規制化が進むに伴い、地方自治体を中心として、下水中のリンなどの栄養物を除去する取り組みが進みつつある。ウィスコンシン州やミネソタ州では、一部の下水処理場のリン除去を対象とした除去技術の導入が見られる。

ウィスコンシン州では、2025年の水質基準の発効に向けて、地方自治体ではリン除去に向けて下水道処理場を改修する必要があるとしている。同州ラクロス市の下水道当局は2019年1月、同基準の遵守に向けてリン除去を行う場合、同市が稼働する下水処理場を改修するために2000万ドル(約22億円)[8]が必要になると試算した。下水道処理場の改修を通じて、同施設からの排出水に含まれるリンの含有量を90%削減することを目指している。ラクロス市下水処理場では現在、ミシシッピ川への排出水のリン含有量が1リットルあたり1ミリグラム(1000マイクログラム)以下になるよう下水を処理している。そのために、可溶性のリンに有効な生物学的方法と化学的方法を併用して、リンを固形物にした上でリンを除去している。ラクロス市は2000万ドルに上る資金を支出し、現行の処理プロセスを改善するとともに、可溶性でないリンに有効となる濾過システムを追加する。濾過システムを追加しない場合は、1リットルあたり0.1ミリグラム(100マイクログラム)という基準が達成できないとしている。また同州ロバーツ村役場(Village of Roberts)は2019年1月、セント・クロイックス郡に稼働する下水処理場の栄養物(リン・窒素)の除去を目的として、水処理ベンダCLEARAS Water Recovery(以下、CLEARAS)と締結したと発表した。同社は、生物学的手法を活用したAdvanced Biological Nutrient Recovery(ABNR)システムの導入を通じて、リン及び窒素の基準値を達成する。特にリン含有値に関しては1リットルあたり0.04ミリグラム(40マイクログラム)の水準へ低減する[9]

更にウィスコンシン州では、地域の水質改善に向けて、コスト効率性が高い手法にて下水処理場のリン除去を達成する技術開発も進められている。ウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin at Madison)は、マディソン市下水当局(Madison Metropolitan Sewerage District:MMSD)が所有、稼働する下水処理場のリンを除去するため、同大学が開発を進めるNutrient Recovery and Upcycling(NRU)システムを試験的に導入している。同システムを通じて下水からリンを回収、1日当たり200ポンドに上る固形肥料を製造している。ウィスコンシン大学では、NRUシステムの商用化を今後進める予定であり、リンの回収から生成された肥料の、農業従事者への販売を計画している[10]

一方ミネソタ州では、セントクラウド市政府が2018年10月、市内に稼働する下水処理場にリンを除去、再利用するシステムを導入するため、技術ベンダOstara Nutrient Recovery Technologiesを選定した。セントクラウド市は、下水処理場からリンなどの栄養物を除去、バイオソリッド(下水汚泥)として再利用する「Nutrient Recovery and Reuse:NR2」プロジェクト(総額2200万ドル(約24億2500万円))を進めており、今回の技術ベンダの選定は同プロジェクトの一環として実施される。Ostara Nutrient Recovery Technologiesは、過剰な栄養物によりパイプ内の腐食(スケール)を防止することで運用効率化を図るとともに、リンを回収する。回収されたリンは、「Crystal Green」と呼ばれる肥料に生成され、周辺地域の農場へ販売される。同肥料は、農作物の生産量を拡大するとともに、周辺水域への農場雨水の流出を大幅に防止する。セントクラウド市を流れるミネソタ川の河口は、世界でも富栄養化が高い地域の一つとされており、ミネソタ州水質保護法(Minnesota Clean Water Legacy Act:CWLA)に基づき、水質基準の遵守に向けて水資源の再生と水質悪化の防止が進められている[11]

 

まとめ

米国では、飲料水源の水質悪化に対する懸念が広がりつつあることを踏まえて、州政府は下水中のリンや窒素といった栄養素の含有量(基準値)を厳格化しつつある。特に、これらの州政府による規制強化を踏まえて、地方自治体が該当地域における下水処理場でのリン除去を目的とした技術の導入が進みつつある。特に最近では、下水中のリンを回収、回収したリンをバイオ肥料として再利用する新技術の開発や実証も見受けられる。米国では今後も、リン基準値の厳格化が見込まれており、下水中のリン除去技術や回収したリン資源の活用技術の導入が進むものと見られ、今後の市場ポテンシャルが注目される。

[1] EPA, “Total Phosphorus,” September 2015
https://www.epa.gov/sites/production/files/2015-09/documents/totalphosphorus.pdf

[2] USGS, “Review of Phosphorus Control Measures in the United States and Their Effects on Water Quality,” 1999
https://pubs.usgs.gov/wri/wri994007/pdf/wri99-4007.pdf

[3] EPA, “State Progress Toward Developing Numeric Nutrient Water Quality Criteria for Nitrogen and Phosphorus”
https://www.epa.gov/nutrient-policy-data/state-progress-toward-developing-numeric-nutrient-water-quality-criteria

[4] EPA, “State Progress Toward Developing Numeric Nutrient Water Quality Criteria for Nitrogen and Phosphorus”
https://www.epa.gov/nutrient-policy-data/state-progress-toward-developing-numeric-nutrient-water-quality-criteria

[5] ミネソタ州では、州内の湖沼/貯水池を、Class 2A、Class 2Bd、Class 2B、Class 2C、Class 2Dとして細区分している。このうちClass 2Aは、トラウト(マス)や鮭などが生息する冷水の湖沼/貯水、Class 2Bdは、温水の湖沼/貯水池を指す。
Minnesota Pollution Control Agency, “Statement of Need and Reasonableness,” May 2006
https://www.leg.state.mn.us/archive/sonar/SONAR-03649.pdf

[6] µg(マイクログラム)は、1ミリグラム(mg)の1000分の1。(例)12 µg/L=0.012mg/L

[7] EPA, “State Progress Toward Developing Numeric Nutrient Water Quality Criteria for Nitrogen and Phosphorus”
https://www.epa.gov/nutrient-policy-data/state-progress-toward-developing-numeric-nutrient-water-quality-criteria
Wisconsin Department of Natural Resources, “Guidance for Implementing Wisconsin’s Phosphorus Water Quality Standards for Point Source Discharges,” February 8, 2017
Minnesota Pollution Control Agency, “Procedures for implementing river eutrophication standards in NPDES wastewater permits in Minnesota,” November 2015
https://www.pca.state.mn.us/sites/default/files/wq-wwprm2-15.pdf
https://dnr.wi.gov/topic/SurfaceWater/documents/phosphorus/PhosphorusGuidance.pdf

[8] 1米ドル、約110円で換算(2019年5月7日時点)

[9] PR Newswire, “CLEARAS Award First Contract in EPA Region 5 To Address Local Water Quality Based Effluent Limit,” January 3, 2019
https://www.prnewswire.com/news-releases/clearas-awarded-first-contract-in-epa-region-5-to-address-local-water-quality-based-effluent-limit-300772599.html

[10] University of Wisconsin-Madison, “UW Helps Communities Create Cleaner, Greener Wastewater”
https://obe.wisc.edu/news/uw-helps-communities-create-cleaner-greener-wastewater

[11] Concrete Construction, “Minnesota Wastewater Facility’s $22 Million Nutrient Recovery Project,” October 1, 2018
https://www.concreteconstruction.net/projects/infrastructure/minnesota-wastewater-facilitys-22-million-nutrient-recovery-project_o

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