ナノ多孔グラフェン膜の淡水化性能を実証――オークリッジ国立研究所

米エネルギー省オークリッジ研究所(ORNL)を中心とする研究チームが、多数のナノ細孔を穿ったグラフェンを窒化ケイ素で安定化させた膜が海水の淡水化に使えることを実証した*1。研究チームは、強くて極薄のグラフェン――炭素原子がハニカム状に並んだ1原子の厚さのシート――を材料にした多孔膜を使って、エネルギー効率のよい淡水化技術の実証試験を実施した。

この実証試験について、ORNLエネルギー・輸送科学部のIvan Vlassioukとともに研究チームをリードしたORNL化学部のShannon Mark Mahurinはこう述べている。「われわれの研究成果は、支持層なしの多孔グラフェンを使ってどのように塩水を淡水化できるのかを示す原理を証明したことにある」また、Vlassioukは、多孔グラフェン膜を多量の水が透過することを指摘し、つぎのように述べている。「これは大きな前進だ。現在のグラフェン膜を透過する流量は、最新の逆浸透ポリマー膜とくらべて、すくなくとも1桁大きい

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図 グラフェン膜の電子顕微鏡写真
(出典:ORNL)

逆浸透法をベースにした技術

現在、純粋な水を得る方法としては蒸留や逆浸透などがある。蒸留、すなわち混合物を加熱して蒸発成分を抽出し、凝縮させる方法は、大量のエネルギーを必要とする。いっぽう、それよりもエネルギー効率がよいものの、やはりかなりのエネルギーを必要とする逆浸透法が、ORNLの多孔グラフェン膜技術のベースとなっている。

この技術では、グラフェンに細孔を穿つのがポイントである。これがないと、水はグラフェンを透過することができない。グラフェンのメッシュを通り抜けるには、水の分子が大きすぎるからである。だが、このメッシュ状のグラフェンにちょうどよい大きさの細孔を穿つと、水分子はそこを通り抜けることができる。いっぽう、塩のイオンは水分子より大きいため、多孔グラフェンを透過することができない。このため、この多孔グラフェン膜では浸透――半透膜を通して濃度の低い側から高い側に溶媒が移動する現象――が起きる。前出のMahurinは、多孔膜による逆浸透の原理をつぎのように説明している。「多孔膜の片側に塩水、反対側に淡水があると、浸透圧で水が塩水の側に移動しようとする。しかし、その浸透圧に打ち勝つ圧力を加えてやると、水を逆に塩水の側から淡水の側へ圧しこむことができる。これが逆浸透だ」

膜の製作と最適化

膜に使うグラフェンをつくるのに、研究チームはまず、メタンを1000℃の管状炉に通し、銅箔を触媒にして炭素と水素に分解した。この炭素と水素から成る蒸気から炭素原子が降着し、6角格子が連なった1原子の厚さのシート、すなわちグラフェンができた。
つぎに、研究チームはグラフェンを、1マイクロメートルほどの穴を穿った窒化ケイ素の支持板の上に転写し、酸素プラズマを照射して、鶏小屋の金網のような形状のナノスケールの格子から炭素原子を叩き出すことでグラフェンに細孔を穿った。グラフェンにプラズマを照射する時間が長いほど、穿たれる孔が大きくなり、その数も増した。

こうしてつくられたグラフェン膜の両側に、ふたつの水溶液――膜の片側は塩水、反対側は淡水――を入れた。水がひとつの側から他の側に流れても、窒化ケイ素の支持板がグラフェン膜をしっかりと保持した。このグラフェン膜は、水をすばやく透過させるいっぽう、ナトリウムの正イオンや塩素の負イオンなどの塩分はほぼ100パーセント阻止した。

淡水化に最適な細孔のサイズを求めるため、研究チームは、ORNL内にあるエネルギー省科学局の共同利用施設であるナノフェーズ材料科学センターに実験を依頼した。そこでは、Raymond Unocicをリーダーとして収差補正走査透過型電子顕微鏡(STEM)によるイメージングがおこなわれ、グラフェンを原子単位の解像度で撮影することができた。Mahurinによると、研究チームはこのSTEMのイメージを使ってグラフェン膜の孔隙率と透過性の相関を求め、効果的な淡水化に最適な細孔のサイズは0.5~1.0ナノメートルであることをつきとめた。研究チームはまた、淡水化に最適な細孔密度は100平方ナノメートルあたり1個であることも明らかにした。「細孔は多ければ多いほうがよいが、細孔が多くなると機械的な安定性が低下するので、おのずから限度がある」とMahurinは言う。

Vlassioukは、実験に用いた多孔グラフェンの製法は工業スケールでも実施が可能であり、また、細孔を穿つにはほかの製法も考えられると言う。さらにVlassioukはこう述べている。「電子やイオンの照射など、さまざまなアプローチを試みてきたが、どれもうまくいかなかった。いまのところは、酸素プラズマによるアプローチが最もうまくいっている」Vlassioukが頭を悩ませているのはむしろ、今日の逆浸透膜を苦しめているいわゆるグレムリン――膜の表面で成長してバイオファウリングと呼ばれる目詰まりを起こす生物――の問題や、圧力のかかった状態で膜の機械的安定性をいかに確保するかという問題だという。

 

*1 Sumedh P. Surwade, et al., 2015: Water desalination using nanoporous single-layer graphene, Nature Nanotechnology, doi:10.1038/nnano.2015.37
http://www.nature.com/nnano/journal/vaop/ncurrent/full/nnano.2015.37.html

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