SMF、英国水道事業の国有化に対するコスト分析を発表

英国ロンドンを拠点とする超党派シンクタンクSocial Market Foundation(以下、SMF)は2018年2月5日、英国における民間所有の既存水道事業を国有化した場合に発生するコスト分析に関する報告書“The cost of nationalising the water industry in England”を発表した[1]。その結果、水道事業の国有化に必要となるコストは、国内年間政府支出額の10分の1以上に匹敵する900億ユーロ(約119220億円)に上るとした。同コストは、英国全体の教育支出額とほぼ同水準であるほか、国民健康保険サービスにおける年間人件費の約2倍に匹敵する。

SMFは、United Utilities、Anglian Water、Severn Trent、South West Waterといった英国水道事業者の要請に基づき、水道事業を国有化した際に生ずるコストを試算した。株主や年金基金などの投資家が現在所有する水道事業を政府が適正な市場価格で買収した場合、870億(約11兆5246億円)から900億ユーロ(約11兆9220億円)のコストが発生するとした。

SMFが試算した900億ユーロを、以下のとおり他省庁の予算等と比較する。

  • 863億ユーロ(約11兆4319億円):2017/18年度英国教育省(Department of Education)の全予算額
  • 487億ユーロ(約6兆4511円):2015/16年度保険省(Department of Health)における健康保険サービス(NHS:National Health Service)予算のうちの人件費
  • 1750億ユーロ(約23兆1816億円):2017/18年度における英国所得税合計(見込み額)
  • 8090億ユーロ(約107兆1653億円):2018/19年度政府支出額(見込み額)

SMFはまた、水道事業を国有化する際に適正な市場価格ではなく、政府が強制的に低価格で買収した場合に発生するコストも試算した。その結果、国民が負担する初期投資コストは削減するものの、他セクターの投資家が英国からの投資を引き上げたり、投資を継続するためにリスクプレミアムを要求したりすることから、長期的には英国経済へ多大なコストをもたらせると分析した。また仮に水道事業を適正買収価格よりも低い水準で買収した場合は、水道セクターにとり大規模な投資家であり、尚且つ多大な労働力を提供する年金基金などの既存投資家に大損失を与えるとした。

水道事業を国有化した場合、政府に買収される水道事業者の中には高い収益性を誇る企業も含まれているものの、将来見込まれる収益性の方が買収時の価格よりも重視される。将来収益性がどの程度確保できるかは、水道管や他のインフラへの投資状況に左右されるものの、インフラ更新にかかるコストは全て政府が負担することになる。現行の投資計画を全て実施した場合、2040年までに1000億ユーロ(約約132466億円)以上の支出(下図)が発生し、上水道インフラへの投資額は政府全体投資額の13%を占めると、SMFは試算している。政府は、国民医療保険(ヘルスケア)、教育、輸送インフラなど様々な分野へ投資を行う必要があるものの、このような公的支出に対する政治的プレッシャーが英国で見られる。そのため、水道事業が国有化されても、収益を生み出すために必要となる予算が十分に確保されないというリスクもある。


図 英国上下水道インフラへの累積投資額(2016年~2040年)
(出典:SMF、The cost of nationalising the water industry in England)

SMFはまた、水道事業を中央政府ではなく、地方自治体が買収し新規公営会社を設立した場合でも同様のコストが生じするとしている。地方自治体が水道事業を公営化した場合でも買収価格は最大900億ユーロに達するほか、適正評価額を下回る価格で買収した場合は同様に、投資家の投資意欲が妨げられるというリスクをもたらす。中央政府による国有化との主な相違点は、地方自治体が水道事業の買収を財政負担するため、中央政府の負債額が増加しないことである。

[1] http://www.smf.co.uk/wp-content/uploads/2018/02/The-cost-of-nationalising-the-water-industry-in-England.pdf

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