淡水化の廃液を資源として有効利用へ――ブラインを有用な化学物質に変えて淡水化の効率を上げる技術をMITが開発

急速に拡大しつつある海水淡水化事業は、世界中の乾燥した海岸地帯で飲み水や農業用水をつくり出している。しかし、淡水化の結果、廃液としてきわめて濃度の高いブラインが大量に生じる。この濃縮ブラインは通常、海に捨てられるが、それには高価なポンプ・システムが必要だし、また、海洋生態系への悪影響を避けるための配慮もしなくてはならない。だが、こうした課題を克服するよい方法をマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らがみつけた。


図 様々な水処理プラントから生じるブライン
(出典:Direct electrosynthesis of sodium hydroxide and hydrochloric acid from brine streams)

廃液から水酸化ナトリウムをはじめとする化学物質を

研究者らは新たに発表した論文で、淡水化の廃液をきわめて単純なプロセスによって有用な化学物質に変換できることを示している。しかも、そうして得られる化学物質には、淡水化プロセスそのものの効率化に役立つ物質も含まれている。この方法で得られる物質のなかでも重要なのが、水酸化ナトリウムである。この物質は苛性ソーダとも呼ばれ、淡水化プラントに取り込む海水の前処理に使われる。水酸化ナトリウムによって海水の酸性度が変わり、淡水化に使う膜のファウリング防止に役立てることができる。ファウリングは、淡水化プラントの代表例である逆浸透膜使用プラントの運転停止や故障の大きな原因である。

淡水化の廃液から化学物質を得てそれをプラントの効率向上に役立てるというこの方法は、MITの科学者Amit Kumar、機械工学科教授John, H. Lienhard V、その他の著者らによる論文としてNature Catalysis誌などで発表された[1]。Lienhard教授は水・食糧分野の「Abdul Latif Jameel教授」の称号をもち、Abdul Latif Jameel水・食糧研究所の所長を務めている。水酸化ナトリウムについてKumarはこう述べている。「淡水化プラントそのものがこれをじつに大量に使う。淡水化事業者は、カネを出してこれを買っている。だから、これをプラントの現場でつくることができれば、大きなメリットになるはずだ」淡水化プラント自体が必要とする量はブラインから得られる総量よりもはるかに少ないので、これを商品化する可能性もひらけてくる。

廃液から得ることができるのは水酸化ナトリウムばかりではない。淡水化プラントや多くの工業プロセスで使われる他の重要な化学物質として塩酸があるが、これもプラントの現場で、すでに確立された化学的方法によって廃液ブラインから容易に取り出すことができる。塩酸は淡水化プラントの各部の洗浄に使うことができるし、また、さまざまな化学品の生産や、水素の発生源としてもひろく使われている。

経済と環境面で多大なメリット

現在、世界中で毎日1000億リットル以上の水が淡水化によってつくられ、それにともなってほぼ同量の濃縮ブラインが発生している。濃縮ブラインは多くが海に戻されるが、現行の規制では、放流前に塩分をじゅうぶんに希釈するための高価な設備の設置が義務づけられている。こうしたことから、ブラインを有用な化学物質に変換すれば、経済と生態系保護の両面でのメリットが生じることになる。世界中で淡水化による造水量が急速に増えつづけている現状を考えると、このメリットは大きい。「ブラインの放出を環境面で安全なように管理することは現在の技術で可能だが、ブラインから資源を回収して放出量を減らすほうがずっとよい」とLienhard教授は言う。

ブラインから有用な化学物質を取り出す方法は、まず不要な化合物を限外濾過で取り除いたのちに1段または多段の電気透析によって望みの化学物質を抽出するなど、よく知られた標準的な処理プロセスから成っている。こうしたプロセスそのものは新しいものではないが、MITの研究者らは、ブラインから有用な化学物質をどれだけ得ることができるかの可能性を分析し、商業化が可能で淡水化の経済性を高めつつ環境への影響を低減することのできる抽出物質と処理プロセスの組み合わせを提案している。「この濃縮度のきわめて高いブラインは海洋生物保護のために慎重に扱わなければならず、しかもこれは資源を含む廃液で、またこれを海に戻すにはポンプを動かすエネルギーが必要だ」となると、これを有用な商品に変えればウィンウィンの関係が成り立つことになるとKumarは言う。その上、水酸化ナトリウムは「MITのどの実験室にもある」ほどよく使われている物質だから、その市場をみつけるのは難しいことではないとKumarは言う。

実用化に向けて

MITの研究者らは次のステップとして、このプロセスの経済性を確認するためのプロトタイプ・プラントをつくることを考えており、これに関心がありそうな複数の企業とすでに話し合いを進めてきた。当面の「大きな課題はコスト――電力と設備のコスト――だ」とKumarは言う。研究チームはまた、ブラインからさまざまな金属その他の低濃度の化学物質を抽出することの可能性についてもひきつづき検討しているとKumarは言う。これができれば、ブライン処理の経済性がさらに高まるはずだ。

今後の展望について、この研究チームには加わっていないオーストラリアのクイーンズランド大学水管理学科のJurg Keller教授はこう述べている。「研究チームが触れているひとつの側面……わたしもそれに強く共鳴するのだが、それは、それら化学物質を、使用の現場でより『局所的に』、つまり『分散されたかたちで』生産するのに役立つ技術を提案していることだ。こうした技術は、エネルギーとコストの両面で大きなメリットをもたらす可能性がある。それら化学物質の濃縮と輸送には、通常使用される濃度で生産するよりもコストとエネルギーがずっとかかるケースが多いからだ」

[1] Amit Kumar, et al., Direct electrosynthesis of sodium hydroxide and hydrochloric acid from brine streams, Nature Catalysis
https://www.nature.com/articles/s41929-018-0218-y

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