Global Water Intelligence(GWI)は、国際的な水ビジネス市場に関する分析情報や戦略的に重要なデータを提供しているイギリスの月刊誌である。水ビジネス業界や金融業界の専門家のネットワークを通して、GWIは世界中のプロジェクトや市場の最新情報や分析情報を集め、紹介している。その扱う範囲は、水処理装置やサービスの市場全般から、淡水化をはじめとする個々の分野、投資家や、装置・サービスの提供企業の動きなど、多岐にわたっている。このたびEnvironmental Business Journal誌(EBJ)は、世界の水市場をテーマに、GWIの発行者Christopher Gassonにインタビューをおこなった。
EBJ:いったいひとつの「水市場」といえるものが存在するのかどうかについて、いくつかの疑問があることを踏まえたうえで、GWIとしては世界の水市場の現在の規模や成長の可能性をどう捉えているのでしょうか。
Christopher Gasson:まず、用語についてひとこと申し上げたいと思います。いろいろな意味合いからして、「世界の水市場」というようなものはありません。第1に、水を処理し、きれいな水を送り届けるのは、つねにローカルな問題であって、インフラもローカル、規制もローカルという意味では、水市場はグローバルではありません。もちろん、地球規模の水不足のために新技術の開発や現場における最良の実施手段の工夫がつよく求められ、それらを世界中に普及させなければならないという現状を考えますと、この点はすこし変わってきているといえましょう。
第2に、水が本来ただではないという意味で水市場というのなら、その水市場ということばも不適切です。水は天から降ってきて、これを使うのは人間の基本的権利です。ある程度まで、水利権を取引することはできますが、市場を通してほんとうに取引されるのは、水処理システムやそれに関連する装置類であり、また、サービスなのです。
第3に、おそらくこれがいちばん重要なことでしょうが、これはそもそも市場ではありません。家庭や企業や農家に水の供給を割り当てたり、莫大な公的補助によって水の価格を低くおさえたりと、国が大幅な介入をおこなっているからです。大ざっぱにいうならば、水の供給は公的機関の責任であり、水の管理は政治権力の道具なのです。
とはいえ、水関連の装置やサービスにはグローバルな市場があります。しかし、それは顧客ベースでもまたサプライ・チェーンという面でもきわめて細分化されていて、ローカルな水道ユーティリティ、エンジニアリング会社、装置サプライヤーなどが何千とあります。しかもそのそれぞれが――装置やサービスの提供を世界規模で展開しているいくつかの巨大企業を除けば――地元の市場以外にはほとんど影響をあたえていないのです。わたしたちは、この市場が向こう10年間、年率4.2%というゆるやかな成長をつづけると見ています。成長がゆるやかなのは、自治体の予算が慢性的に足りないのと、競争がますます激しくなっているからです。
予算不足のため、水道ユーティリティはいきおい、ネットワークの日常の運営、効率改善、より長期の水資源計画などを民間に頼ることになります。こうして、2桁成長が見込めるのは民間企業ということになり、そのなかでもおもに恩恵をうけるのは、Veolia Water(パリ)、GE Water & Process Technologies(ペンシルヴェニア州Trevose)、SUEZ Degrémont、Black & Veatch(カンザス州Overland Park)、CH2M HILL(コロラド州Englewood)などの、プロジェクトの構想段階から建設、運営までを請け負える企業ということになります。こうした企業は、これまで水ビジネスのサプライ・チェーンを支配してきた複雑な地域的つながりをカットし、調達面で新たな国際的展望をもたらすでしょう。また、より専門性が要求されることになり、これがさらなる業界再編の要因になるでしょう。
GWIは、2007年の水関連装置とサービスの市場規模が全体で4630億ドル(約45兆1000億円)だったと見積っています。分野ごとの内訳は、水道ユーティリティが3250億ドル(約31兆7000億円)、容器入り水が910億ドル(約8兆9000億円)、工業用水が240億ドル(約2兆3000億円)、家庭用水処理機器が140億ドル(約1兆4000億円)、灌漑用装置類が90億ドル(約8800億円)です。
EBJ:アメリカの経済危機が水ビジネスにあたえた影響は?
C.G.:最大の影響は、税収が落ち込んだことと、地方債市場が厳しいこととがあいまって、自治体の水プロジェクトに対する資金能力が落ちたことです。とはいっても、投資を動機づけているふたつの大きな要因として、水不足と環境基準遵守の要求があります。水不足は深刻さを増しつづけており、アメリカの環境保護庁(EPA)は、税収や公債市場にかかわりなく、規制を遵守しない自治体にいまでも罰金を科しています。
EBJ:淡水の供給不足がおそらく世界の水市場の最大の活性化要因でしょうが、しかし、当然のことながら、需要があるからといってそれが必ずしも市場に直結するとはかぎりませんね。水の需要を満たすという点でいちばんうまくいっている国、または地域はどこですか、また、そうすることができるのは、どういう要因によるのですか?
C.G.:水不足で皮肉なのは、水が不足しているところほど水の値段が安い傾向が見られることです。つまり、利用者には節水しようという気がまったく起きず、公的機関にしても、漏水を減らしたり新たな水資源を開発したりといった水不足対策のインフラ投資への意欲がほとんど生まれないのです。たとえばイエメンのような最も水事情がわるい国は、最も水の管理が遅れた国でもあるのです。
水不足という課題に直面している国のなかで、おそらくイスラエルとシンガポールがいちばんよい取組みをしていると思います。イスラエルは、農業部門における水の利用効率を高めるのに世界のどの国よりも成功しています。イスラエルはまた、全国規模の水道ネットワーク、大規模淡水化プログラム、それに最先端の水再利用技術に投資してきました。都市の水不足への革新的取組みという点では、シンガポールがおそらく世界のトップでしょう。シンガポールには、NEWaterという水再利用プログラム、Tuas淡水化プラント、それに雨水捕捉システムがあります。
EBJ:淡水化と水リサイクルに関して、どのような傾向が目につきますか。また、使える水資源の範囲をひろげていくこれらのオプションの障害となっているものは何でしょうか。
C.G.:淡水化の障害になっているのは、経済よりもむしろ政治的な問題です。水不足はますます深刻になり、淡水化以外には水の供給量を増す選択肢がしだいにすくなくなってきた自治体がふえているのです。淡水化のコストがほんとうの問題なのではありません。問題は、淡水化を社会がどう受け容れるかです。
たとえばカリフォルニアでは、淡水化が海岸沿いの都市開発の加速につながるのではないかという懸念がひとびとのあいだにかなり以前からあります。現状では、家を建てたいと思ったら、将来にわたって水の供給が保証されていることをたしかめなければなりません。水の不足が、Monterreyなどの地域を野放しの土地開発から守っているのです。こうした懸念をいだくひとたちは、淡水化プラントの建設をストップさせるために、エネルギー消費やブライン排出といったそのほかの環境問題をとりあげてきました。
オーストラリアのPerth淡水化プラントは、淡水化が環境におよぼす影響を本格的に調査した世界で唯一のプラントですが、ここでの経験によれば、淡水化プラントはかならずしも温室効果ガスを増やすものではなく、また、ブラインの排出口が海洋生物の重大な脅威になることはないのです。それどころか、排出口がつくられてから、タツノオトシゴや海綿動物が移動してきて配管のまわりに住みついたのです。
わたしの感じからすれば、淡水化は環境面での論争に勝利をおさめつつあると思います。なぜなら、ひとびとはこの代替手段の影響について真剣に考えはじめているからです。仮にサンフランシスコの住民に、サンディエゴに淡水化プラントをつくるのとサンホアキン・デルタからの取水量を増やすのとどちらがよいかと尋ねたとしたら、99%が、サンディエゴは淡水化でなんとかやっていってほしいと答えるでしょう。しかし、海岸沿いの土地開発の問題はまだ解決されておらず、ほんとうにひどい水不足が起きるまでは地元の反対はつづくのではないかと思います。
アメリカとオーストラリア以外では、淡水化はずいぶん以前から政治的論争に勝利をおさめています。よく知られているように淡水化の事業がきわめて急速に伸びているのが、その証拠です。
水の再利用も政治的な反対に直面しています。いまのところ、世界中で先進的な方法で再利用されている水の量は、ぜんぶ合わせても、全淡水化プラントの処理能力のおよそ半分にすぎません。ところがコスト面では、水再利用は平均して1ガロン当たり半分で済むのです。水の再利用に反対が多い理由は、飲料水としての再利用について一般のひとびとが懸念を抱いているからです。これは、わたしにとってそれほど理解しやすいことではありません。「トイレット・トゥ・タップ」を非難するひとは、水がどこからくるのかをまったくわかっていないのです。水の再利用が環境によいことはきわめて明白なので、こうした態度はかならず変わると思います。さらにいえば、水の再利用は、いちばん必要な場所で手にはいる唯一の水資源なのです。
EBJ:浄水や廃水処理の技術としては、何がいちばん注目を集めていますか。
C.G.:まちがいなく、膜がいちばんです。浄水の側からいえば、わたしたちはますます質の低い原水に頼らなければならないようになってきています。また、逆の側からいえば、環境上の懸念から、廃水基準をより厳しく設定したいという要求があります。この両方に対する答が膜なのです。精密濾過、限外濾過、それに逆浸透は、2桁の成長率で伸びていくでしょう。
EBJ:世界の水ビジネスのトレンドとして、ほかに重要なのは?
C.G.:水道事業について2000年代の前半に大きな論争になったのは、民営か公営かということです。民営の水道事業は、アルゼンチンやインドネシアなどをはじめとするさまざまな新興市場で、平価切下げによって足もとをすくわれ、撤退を開始しました。もっと最近では、世界で最も成長の速い市場である中国と中東で、民営の水道事業が着実に前進しています。
公営ユーティリティが期待に沿わなかった歴史があるだけに、ひとびとは民間企業の効率性を歓迎しているのです。公営ユーティリティと公的な資金が、深刻さを増した水不足とさらなる環境保護の必要性という課題を克服できないとすれば、この傾向は世界の他の地域に――アメリカも含めて――ひろがっていくでしょう。
EBJ:1990年代後半と2000年代前半には、世界の水ビジネス業界に大きな整理統合の動きがありました。また、General ElectricやSiemensなどの巨大企業の新規参入もありました。こうした動きは最近になってスピードが落ちましたが、整理統合や新規参入がまた活発化する可能性はあると思いますか。もしあるとすれば、それを引き起こす要因は何でしょうか。
C.G.:水ビジネスに参入した企業グループのいくつかは遠からず市場から撤退するのではないかと、わたしは考えています。自治体相手の仕事のマージンは、大きな企業グループの経営陣にとっては法外なほど低く、きわめて狭いニッチ以外では長期的な意味での技術面の優位性を築き上げるのが困難なのです。水処理のプロセスについて忘れてならないのは、そこにはいろいろこまごまとした専門領域がたくさんあり、そのどれもがバリュー・チェーンのなかでたいしたシェアを占めていないということです。これが、きわめて大きな企業にとって市場を困難なものとしていると同時に、投資家にとっては、潜在的可能性を秘めたものとして関心を抱かせる市場にしているのです。
EBJ:地球温暖化に関連して、環境の変化がすでに避けられないものとして進行していますが、それに適応するためのさまざまな対策が盛んになろうとしています。だれに聞いても、水資源は大きな影響をうけるといいます。水資源を管理しているひとたちはこうした変化に対応して何をしているのでしょうか。じゅうぶんなことをしているのでしょうか。
C.G.:地球温暖化は、地球上の水の総量を変えるものではありません。もし変化があるとしても、水が増える方向の変化かもしれません。この21世紀の終わりごろに、大気中の水分がいまより7%増すと考えられているのです。そうなると、洪水が増えるかもしれませんが、雨の分布もいまよりもっと偏ったものになるかもしれません。
その結果、水資源を管理しているひとたちは洪水と水不足の両方の場合に備えなければならなくなり、費用も膨大になります。こうした備えをじゅうぶんにしているひとがいるとは思いませんが、世界銀行ではこの問題についての議論が盛んにおこなわれていて、その議論に水道ユーティリティを巻き込もうという動きがあります。