1. 米西部、南西部で深刻化する水不足の現状と対策
米国では近年、カリフォルニア州やテキサス州などの西部や南西部を中心として大規模干ばつが発生しており、水不足の課題に直面している。これらの州では水不足が州産業や経済に大打撃を及ぼすことが懸念されており、州政府による主導の下、水不足解消に向けた節水・水保全などの対策が進んでいる。例えば、過去数年間における記録的な少雨(少雪)により(下図)干ばつが深刻化しているカリフォルニア州では、水不足の影響により州産業である農業が打撃を受けており、カリフォルニア大学デービス校(University of California, Davis)による研究では、水不足による同州の経済的損害は2015年単年で27億ドルに上ると予測されている。このような事態を受けてジェリー・ブラウン州知事(Jerry Brown)は2015年4月1日、州内の水消費量の25%削減を課すことを州水資源管理委員会(State Water Resources Control Board)へ命じる知事指令「B-29-15」を発表した。これを受けて、同委員会は同年5月5日、これを義務付けた州規則を採択し、同規則は6月1日に発効している。一方、数年前に深刻な干ばつに悩まされてきたテキサス州では、2013年6月に節水・水保全対策の実施を義務付けた一連の州法案が成立した。これらの法案では、上水道システムの漏水監査を毎年実施し、その結果を水利用者へ通知するとともに、州政府の財政援助に基づき、漏水箇所を修理することを上水道供給事業者に対して義務付けている。
図 カリフォルニア州における干ばつの進行状況
(出典:米国農務省*1)
2. 将来の水需給課題は全米へ拡大
米国における水不足の課題は、気候変動による干ばつや洪水の頻発を原因とした水供給の不安定化、人口増加や石油・ガス採掘に代表される産業活動に伴う水需要の増大により、カリフォルニア州やテキサス州などの地域に限らず、全米へ拡大することが予想されている。米政府責任説明局(U.S. Governmental Accountability Office:GAO)によると、全米50州のうちの40州において、少なくとも一部の地方自治体が、向こう10年間で水不足に直面するという。特にモンタナ州では、農業用途の水需要が拡大する一方、天候(降雨量)の影響により水供給量が不安定となるため、今後数年間以内に全州レベルで水不足に陥ると見られている。また、メリーランド州では、南部や東部などの一部地域において、温暖化による海面上昇に伴い沿岸部の帯水層に海水が浸透し、飲料水の水源となる地下水が塩水化されることが懸念されているほか、降雨(降雪)量が比較的少ないコロラド州では、フラッキングによるシェールガス採掘拡大に伴い、大量の水が消費されると同時に、水源となる地下水の汚染リスクも生じることから、一部の地域では水不足となる可能性が指摘されている。更に、既に水不足に直面しているアリゾナ州やネバダ州などの西部地域でも、砂漠気候で降雨量が少ない上に、2020年から2030年までの10年間で人口が倍増することが予想されるため、将来の水需給が逼迫化するものと見られている。
このように、米国における水不足は、州単体のみならず、複数の州に跨る地域、引いては全米の緊喫な課題であることから、オバマ政権も水不足問題の解決に向けた取り組みを本格化させている。オバマ大統領は2013年11月、農務省(U.S. Department of Agriculture:USDA)、米海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration:NOAA)、内務省(Department of Interior:DOI)などの様々な連邦政府機関による省庁横断型の取り組みとして、「全米干ばつ耐性パートナーシップ(National Drought Resilience Partnership:NDRP)」を設立し、将来発生しうる干ばつへの対応準備に向けて地方自治体を支援するとともに、地域経済への打撃を軽減する取り組みを開始することを発表した。これに基づき、各連邦機関は、全米や特に西部地域を対象とした節水や水保全対策として、補助金の提供や専門の研究センターの設立などの具体的取り組みを相次いで打ち出している(下表)。
表 「全米干ばつ耐性パートナーシップ」を通じた連邦機関の取り組み事例
(出典:ホワイトハウス*2)
発表年月 | 連邦機関 | 概要 |
---|---|---|
2015年 1月 |
農務省 | 全米を対象とした115件に及ぶ水保全プロジェクトに対して3億7,000万ドル以上の補助金を支給。同年5月には、最大2億3500万ドルの追加投資を発表 |
5月 | 内務省 | 米国西部地域を対象とした節水・水保全対策に向けて合計5000万ドルの補助金を提供。同年8月には干ばつへの耐性向上に向けたプロジェクト23件に対して合計520万ドルを追加で投資することを発表 |
6月 | 米海洋大気庁 | 干ばつへの対策や被害軽減を目的として、ネブラスカ大学リンカーン校(University of Nebraska-Lincoln)に干ばつリスク管理研究センター(Drought Risk Management Research Center)を設立 |
7月 | 農務省、米航空宇宙局(NASA) | 干ばつや山火事などの自然災害の監視や予測促進に向けて、農務省と米航空宇宙局によるパートナーシップを更に強化 |
一方、米国議会における関心度も高まっており、全米における干ばつへの耐性強化や節水・水保全を促進する法案が相次いで提出されている。デービット・バラダオ下院議員(David Valadao:共和党、カリフォルニア州選出)は2015年6月25日、カリフォルニア州や西部地域における水不足解消に向けて、貯水池などのインフラ整備や効率的な水管理を促進する「2015年西部地域の水保全及び米国食料セキュリティ法案(Western Water and American Food Security Act of 2015:H.R.2898)」を下院議会へ提出した。同法案は同年7月16日に賛成245票、反対176票にて下院本会議を通過している。また、上院では、ジョン・バラッソ上院議員(John Barrasso:共和党、ワイオミング州選出)が2015年6月9日、内務省と農務省間における貯水池建設の障壁となる手続きや許認可の簡素化を柱とした「水供給許認可調整法(Water Supply Permitting Coordination Act:S. 1533)」を提出しており、その後、上院エネルギー資源委員会水電力小委員会(Committee on Energy and Natural Resources Subcommittee on Water and Power)にて公聴会が開催されるなど、審議が継続している。
3. 水不足は米国市場における水ビジネスの商機
上述のように米国では、水需給が逼迫した州のみならず、全米地域や西部地域などの広域レベルでの課題解決に向けた政府支援が加速している。一方、産業界においても水不足に伴う企業の事業活動に対する懸念が高まっており、これらの懸念に対応することを目指した水ビジネスが活性化している。ワシントンDCを拠点にパブリック・リレーションズを展開とするボックス・グローバル社(VOX Global)が、米企業51社を対象として実施した調査によると、米国で水不足に直面すると回答した企業は2013年の79%から、今後5年間で84%にまで増加する。また、米国消費者の間でも水供給に憂慮する声が高まっており、エンジニアリング企業MWH社によると、米国民の70%が今後10年間で居住地域にて水不足を経験するとの懸念を示し、61%が上水道インフラ整備の投資には、水道料金の値上げはやむを得ないと捉えている。米国土木学会(American Society of Civil Engineers)が、米国上水道システムをDランク(AからFまでの5段階評定)にランク付けていることも、米国上水道システムの老朽化が顕著であることを示している。
このように、米国では、深刻化する干ばつや水需要の拡大に伴う水不足により、節水や水保全を促進する関連技術やサービスのニーズ増大が予想される。今後拡大すると期待される主な水ビジネスには、①淡水化技術、②再生水技術、③水削減技術などが挙げられる。特にカリフォルニア州では、他州を先行して、これらの関連技術の開発や市場化、サービスへの投資などの水ビジネスが拡大しており、2015年単年における水ビジネス市場規模は27億4000万ドルに達すると予測されている。特に、ベンチャーキャピタルによる上水道や農業部門における水削減・水管理技術やサービスへの投資、新技術の特許取得件数が増加しており、同技術への投資額は2014年単年で9700万ドル、新規登録された節水関連技術の特許件数は、廃水処理技術を中心に137件と急増した。節水・水保全対策に焦点を置いた水ビジネスは今後全米各地へ普及するものと見られ、米国市場ではビジネス商機につながるとして期待されている。
1960年代以降、開発と実証が進められてきた淡水化技術は、近年において深刻化している水不足の影響により、淡水化施設の新規建設計画が米国にて相次いでいる。例えば2015年12月には、カリフォルニア州カールスバッドにて建設が進められてきた大規模な海水淡水化施設が運用を開始した。これらの海水淡水化施設は主に、海水からの飲料水生成を目的としているが、塩濃度が高い地下水や廃水等から塩分を除去して、淡水(純水)にする脱塩技術としての活用も進んでいる。シェールガスの採掘で使用されるフラッキングによる廃水の処理などの石油・ガス採掘産業を始め、石油化学、発電、食品、製薬、マイクロエレクトロニクス、製紙パルプといった、大量の水を必要とする産業セクタへの水供給を目的とした利用が今後急成長するものと見られている。民間調査会社GWIによると、2013年から2017年までの5年間において、産業分野における海水淡水化の世界市場は28億2000万ドルに達し、このうち米国市場は6億3000万ドルを占めるという。米国は今後、中国やインドなどの新興国を抑えて、この分野では世界で最も急速な成長を遂げることが見込まれている。
図 2013年から2017年までにおける海水淡水化市場規模国別内訳(単位:百万ドル)
出典:GWI*3
また、下水を処理し再利用する再生水市場も今後の拡大が予想されている。民間調査会社ブルーフィールド・リサーチ社(Bluefield Research)によると、米国では2015年7月時点で1日当たり830万立方メートルの再生水が下水処理から生成、再利用されており、その規模は2025年までに61%増加、投資コストは110億ドルに拡大するという*4。特に最近では、カリフォルニア州やオクラホマ州などの州政府が、再生水の利用を促進する法案を相次いで成立させているほか、再生水を農業へ活用する許認可手続きの簡素化などを支援している。
水削減技術分野では、老朽化した水道システムにおける漏水を検知する漏水センサーの導入を始め、土壌センサーや降雨探知センサー等とITを統合して農業における効率的な水利用を行う精密農業、IT技術を活用した上水道システムの漏水検知センサーや水消費量の「見える化」サービスが広がりつつある。
次回以降の報告では、①淡水化技術、②再生水技術、③水削減技術といった3つの技術分野を焦点に、水ビジネス商機につながる米国最新動向をまとめる。
*1 USDA, U.S. drought monitor, April 21, 2015
http://theeconomiccollapseblog.com/archives/how-many-people-will-have-to-migrate-out-of-california-when-all-the-water-disappears/california-national-drought-monitor
*2 Whitehouse, “Drought In America”
https://www.whitehouse.gov/campaign/drought-in-america
*3 GWI, “Industrial Desalination & Water Reuse: Ultrapure water, challenging waste streams and improved efficiency”
*4 Bluefield Research, “U.S. Municipal Wastewater & Reuse: Market Trends, Opportunities and Forecasts, 2015-2025”