MITの新システム、発電所から淡水を回収

マサチューセッツ工科大学(MIT)の技術者らが、発電所の運転コストを削減しつつ世界中の水不足に悩む都市に低コストの上水源を提供することのできるシステムを考案した。アメリカでは、河川、湖沼、および貯水池から取水される淡水のおよそ39%が、化石燃料を燃やす発電所や原子力発電所の冷却用に使われ、その多くが蒸気として失われる。だが、MITの新たなシステムは、この本来失われる水のかなりの部分を回収できる可能性を秘めている。そればかりか、冷却に海水を使っている発電所のある沿岸都市の場合、これがきれいな飲み水の重要な水源になる可能性さえある。

システムの動作原理と事業化計画

この新システムの動作原理は一見きわめて単純だ。微小な水滴を多量に含んだ空気に荷電粒子(イオン)のビームを当てると、水滴は電荷を帯び、行く手に張られた網戸のようなワイヤー・メッシュに引きつけられる(下図)。メッシュ上にたまった水は集水容器に滴り落ち、こうして集められた水は、発電所で再利用することもできるし、また、都市の上水道システムに送って上水として利用することもできる。

図 ラボでの実験の様子
(出典:Electrostatically driven fog collection using space charge injection)

このシステムの事業化をめざしてInfinite Cooling[1]というスタートアップ企業が設立され、同社は2018年5月にMITの$100Kアントレプレナーシップ・コンペティションで優勝して10万ドル(約1100万円)の賞金を獲得した。システムの詳細は、2018年6月8日にScience Advances誌に掲載された論文[2]で紹介されている。論文の著者であるDemak氏とVaranasi氏はInfinite Coolingの共同設立者にも名前を連ねている。彼らの研究は、MITのTata技術・設計センターの支援もうけている。

通常の淡水化と比べてきわめて安価

Varanasiによれば、60万キロワット級の発電所でこのシステムを使うと、年間15000万ガロンの水を回収することができ、これを水の価格になおすと数百万ドルにも相当する。回収される水の量は、発電所の冷却塔で失われる水のおよそ20%ないし30%である。システムを改良すれば、この回収率をさらに高めることも可能だという。

また、発電所は多くの場合、乾燥した海岸地帯に立地しており、冷却には海水を使っている。そのため、このシステムを使うことにより、淡水化プラントを別途建設するのと比べてごくわずかの費用で海水淡水化サービスを提供することができる。DamakとVaranasiは、こうしたシステムの設置に要する費用は淡水化プラントを新たに建設する費用のおよそ3分の1で、運転コストはおよそ50分の1で済むと試算している。Varanasiによると、システム設置に必要な費用はおよそ2年で回収でき、しかも環境フットプリントに関してはシステムそのもののそれは実質的にゼロで、もともとの発電所の環境フットプリント以上の負荷が環境にかかることはない。「これは世界の水危機への大いなる解決策になりうる」とVaranasiは言う。「このシステムを使えば、向こう10年間に新規に建設が必要とみられている淡水化プラントのおよそ70%が要らなくなるだろう」

まもなく実規模実験を開始

Varanasi、Damak、それに途中からこの研究に加わった大学院生のKhalilは、実験室規模の小型システムを使って概念実証実験をくりかえした。大量の微小な水滴を煙状に吹き上げる煙突状の構造物を実際の発電所の冷却塔に似せてつくり、そこにイオン・ビーム発生装置とメッシュ・スクリーンを設置した。実験を撮影したビデオでは、煙突状の構造物から吹き上がる霧状の微小水滴の柱が、システムのスイッチを入れるのとほぼ同時に消えるようすが見てとれる。

研究チームは現在、MITの中央ユーティリティ・プラント――キャンパス内の電力と冷暖房のほとんどをまかなっている天然ガス・コジェネレーション・プラント――の冷却塔に設置する実規模実験用のシステムを製作しているところである。これは2018年の夏中には設置が完了し、秋には実験がはじまることになっている。Damakによれば、この実験ではメッシュや支持機構などをさまざまに変えてテストすることになっている。発電所の運営者はともすると技術の選択に保守的になりがちだが、こうした実証実験によって証拠を示すことで、このシステムが採用されやすくなるはずである。発電所の運転寿命は数十年に及ぶので、運営者は「リスクをひどくきらい」、新たな技術を採用する場合は「どこかよそで使われたことがあるか」を知りたがるとVaranasiは言う。また、MITのキャンパス内の発電所を使ったテストは、単にこの技術の「リスクを減らす」ばかりでなく、キャンパスのウォーター・フットプリントの削減にも役立つという。「これは、キャンパスにおける水の利用形態に大きな影響をあたえる可能性がある」とVaranasiは言う。

[1] https://www.infinite-cooling.com/

[2] Maher Damak and Kripa K. Varanasi, Electrostatically driven fog collection using space charge injection, Science Advances, DOI: 10.1126/sciadv.aao5323
http://advances.sciencemag.org/content/4/6/eaao5323