“From sea to shining sea”というフレーズ[1]には新たな意味が米カルフォルニア州で出てきた。なぜなら、今水不足で悩むソルトン湖(Salton Sea:ソルトン海ともいわれる)の水位を上げるために、州政府は2019年7月現在、約10億ドル(約1080億円)の予算を捻出してメキシコのコルテス海(Sea of Cortez)の水を汲み取りソルトン湖へ輸入する計画を策定しているからである。ソルトン湖はコロラド川からの供水により形成されたカリフォルニア州最大の湖だが、この数年は水位が下がり続け湖底からくぼ地が露出してきた。このくぼ地は砂漠盆地の底部にあるため、ダストが風に巻き上げられ、大気中に流れていく。こうした大気中のダストは小児喘息の高い罹患率につながると考えられている。また、ソルトン湖の水は現在、主に農業排水により賄われているが、排水の水質の影響で湖水の塩分濃度が高くなった。また、カーボンフットプリント(carbon footprint)を削減するため、湖での小型船ランチ[2]の使用はなくなった。
2018年、このソルトン湖の渇水対策を含む環境対策について、州天然資源庁(Natural Resources Agency)の意見募集に11団体が応じ、それぞれが水輸入計画を作成し同機関に提出した。計画では、運河、淡水化プラント、ソーラーポンド、および揚水所などのインフラが100マイル(約160 km)以上に亘り長く設置され、コルテス海あるいは太平洋まで連結し水を輸送することが策定された。長期委員会(long-range committee)は上述の11団体の計画を3つまで絞り込んだが、太平洋に連結する計画はひとつも選ばれない結果となった。その後、計画について何度も調査検討されたものの難航し、選定作業は一旦中止された。最近になって、新しい州知事Newsom氏の就任と新たな委員長の任命とともに、同委員会は中止された選定作業を再開させようとしている。
メキシコから水を――2つの計画
選定作業により中止された計画の一つは、コルテス海の水を利用しようとするものである。同計画は、一部の海水をエネルギーコストの低いメキシコで淡水化処理し、コーアチェラ・バレー(Coachella Valley)とインペリアル郡(Imperial County)地区の用水や灌漑に使用される運河を通じて水を輸送する。その後、追加の脱塩処理はアメリカで行われることとしている。そうすることで、ソルトン湖はコロラド川の水への依存性が低くなり、その結果、現在の干ばつ状態が継続すれば河川周辺の住民たちは水不足に直面することになってくるコロラド川を救うことができると見られている。「私たちの提案は、決してソルトン湖の水を充填するだけではない、もしこの計画が通過すれば、30億ドル(約3240億円)と見積もられているこの提案は水の輸送開始までに7、8年がかかる予定だが完成できる」と、提案書の提出者であるClinton氏は述べた。このプロジェクトに関与する科学者Harvey氏の話によると、「プロジェクトの実施は簡単じゃないが、環境を回復できるプロジェクトだ、このプロジェクトはソルトン湖を完全に回復させる」という。一方、もう一つの計画は81億ドル(約8748億円)という大きな資金を要する太平洋ルートのプロジェクトとなっている。
これらの計画についてソルトン湖開発公社(Salton Sea Authority)の事務局長Rosentrater氏は次のように語っている。「両方のルートともコンセプトが複雑である。太平洋ルートの場合は、サンディエゴの東部におけるラグーナ山地(Laguna Mountains)を通過する通路と州委員会の広範囲な調査が求められるのに対し、コルテス海ルートの場合は、メキシコ政府と連携して水の輸送を許可する国際条約に基づく承認が必要である。このように、いずれのプロジェクトにも課題があるというのが実情だ」
一連のオプション
「州天然資源庁は現在、計画の推進を考えている」と、同庁の代理秘書Gibson氏は述べた。もう一人の代理秘書Mager氏は、「詳しい話や特定提案に対するコメントはまだ早いが、当機関は一連のアイディアを開拓している」と話した。具体的な課題として、「水輸入提案にいくつか大きい問題点が存在する。例えばコストや実現可能性など、それについて我々はこれからの数週間にアセスメントを実施する。多くの人々から大胆なアイディアをもらっており、それは喜ばしいことだが、同時にそれらの実現性について十分検討する必要がある。一方で、天然資源庁として現在、海の南部におけるプロジェクトにも注目している。このプロジェクトは3800エーカー(約1538万m2)の環境や生息地を修復するものである」と語っている。
一方、上述の計画書を提出した団体の一つであるJennings氏のチームは現在、6.6億ドル(約713億円)予算のプロジェクトを州機関に提案している。同提案は、2018年に長期委員会に選ばれなかったもので、規制事業体あるいは特別行政区を設立し、州政府がメキシコの水を買うことを主張しているものであるが、淡水化処理については言及されていない。「私たちは効果的な計画を提出した。安いコストで問題を解決できるので、きっと上手く行けると皆さんが信じている」とJennings氏は強気だが、上記の天然資源庁のMager代理秘書は「この計画は検討の対象にはなっていない」とコメントしている。
取り組みに関する意見の相違―何を優先すべきか
次に何をすべきかという質問は一般的なテーマではあるが、開発者、住民たちおよび環境学者たちの間で改めて論争が湧き上がってきている。「解決策に合意するだけだが、目標を知らないとなかなかそれも難しい」、淡水化諮問グループ(Desalination Advocacy Group)のKelley氏はそう語った。上述の長期委員会のCohen委員は、ソルトン湖の修復が至急であり、水の補充は輸入先が遠すぎるし、極めて時間がかかると考えており、次のように語っている。「ソルトン湖の問題解決は今だ。多数のステークホルダーも同意している。コルテス海の北部は、絶滅危惧種コガシラネズミイルカの生息地のため、輸入水を南部から汲み取るしかない。そうすると費用も増加し、メキシコとアメリカの緊張した外交関係によりプロジェクトが実施困難になる可能性もある。さらに、脱塩はエネルギーを大量消費するから、州の排出削減目標にも反するかもしれない」
一方、ソルトン湖開発公社のRosentrater事務局長は、「ソルトン湖開発公社と現地政府はある計画に支持するという決議にサインした。この計画は、湖岸線に沿い全長61マイルの堤が造られることで湖水を囲い込み、近くにある三つの支流から水を輸送する」と述べた。さらに、「予算は10億から20億ドルであるが、水、野生動物および観光客をもたらしてくれるので、個人投資家も注目してくるようになる。湖の囲い込みのような短期・中期計画を進めて行きながら、長期計画も展開してゆく。囲い込みは計画全般を正しくする。なぜなら、計画は早期の段階で上手く行かなければ、誰でも投資してくれないからだ」
このコンセプトは前州知事のBrown氏により採択され、現在、州の10年計画の中に含まれている。
[1] アメリカの愛国歌『America the Beautiful』の歌詞であり、日本語訳で「(アメリカの領土は)太平洋から大西洋へと広がりゆく」という意味となっている。この歌は、アメリカ国歌『The Star-Spangled Banner(星条旗)』に勝るとも劣らない第2の国歌として多くのアメリカ国民によって愛唱されている。
[2] ランチ(米: Launch)は原動機付の小型の船。港湾内で連絡、交通用に使われたり、大型船に積まれて乗組員の上陸、食料・荷物の運搬に使われたりする。