Veoliaが中心のコンソーシアムAquiris、ブリュッセルで大トラブル

世界最大の水道会社であるVeolia Environmentが中心となって2001年に設立されたコンソーシアムAquirisが、ベルギーの首都ブリュッセルで大きなトラブルに直面している。このコンソーシアムは、ブリュッセル北部下水処理プラントの建設・運転契約の獲得をめざして設立されたもので、契約金額は12億ユーロ(約1400億円)だった。この下水処理プラントができる前は、ブリュッセルの下水のほとんどは処理されないまま河川に流されていたが、これは、1991年に採択されたEUの都市下水処理指令(91/271/EEC)のもとでは許されない状態だった。この指令はEU加盟国の都市に対し、下水の適正な処理を求めている。

だが、下水処理プラントの建設・運転には巨額の費用がかかり、その費用をブリュッセル首都圏地域は調達することができなかった。EUの別の規制で、地方政府が借りることのできる負債額の上限が決まっている(SEC 95会計基準)からである。そのため、ブリュッセル首都圏地域は下水処理プラントの建設・運転にBOOT(Build Own Operate Transfer)方式を採用することになり、こうして、世界でも最大級の、民間による下水処理プラントが誕生することになった。この契約方式をとれば、地方政府は、全投資費用が毎年の会計に現れることなくインフラ・プロジェクトを遂行することができるからである。

Aquirisは、非燃焼式のオンサイト汚泥処理の新技術――Veoliaが開発したAthosという湿式空気酸化プロセス――の使用を約束して2001年に契約を獲得し、2003年6月に下水処理プラントの建設に着手し、2007年にそれを完成させた。プラントはブリュッセル首都圏地域の初期認可を得て、2008年3月に公式に稼働を開始した。しかし、技術的な問題があり、首都圏地域当局は最終認可を見合わせた。VeoliaのAthosプロセスが、当初予定していたほど動作に融通性がないことが判明したのである。

こうした問題が解決されないことで、Aquirisと、首都圏地域の上下水道管理を担当するSociété Bruxelloise de Gestion des Eaux(SBGE)とのあいだの緊張が高まった。2008年末、Aquirisはブリュッセル首都圏地域当局に対し、補充的な仕事の費用として新たに4000万ユーロ(約45億円)を請求した。しかし、SBGEは、それは契約外だとして支払いを拒否した。2009年5月、SBGEの検査があり、その結果、Aquirisが下水から砂を除去するための施設を許可なしに新設しようとしていることが判明し、その作業は中止された。これに対してAquirisは、下水の水質が砂礫の大量混入のために契約締結時の予想よりもわるく、その問題を解決するためにSBGEは追加の4000万ユーロを支払うべきだと主張した。SBGEは、2001年の最初の調査時から下水の水質に何らかの変化があったとは認められないとし、フランスのコンサルタント会社Merlinにブリュッセルの下水の水質をモニターするよう新たに命じた。

そのいっぽうでSBGEは2009年2月、下水処理プラントを少なくとも全面稼働の状態までもっていけるのかどうかの問い合わせをしている。しかし、Aquirisは、流入する下水の水質に依然として問題があると回答した。その後の報道によると、Aquirisは契約条項を守るために毎日200トンの汚泥をトラックでドイツに送る費用がかさみ、巨額の損失を生じはじめていた。Veolia Environmentはコンソーシアムの権利の持分を売却しようとしたが、買い手が見つからなかった。2009年11月末ごろ、Aquirisは流入する下水の水質が大雨のためにさらに低下したとして、処理プラントの3つある集水口のひとつを閉鎖した。しかし、同年12月8日に公表されたMerlinの調査結果では、ブリュッセルの下水の水質にさほどの変化はなかった。

同じ12月8日、Aquirisは下水処理プラントの稼働を完全に停止し、110万人分の下水を、フランドル地域を流れて北海にそそぐ3つの河川に放流した。世間が大騒ぎするなか、プラントが稼働を再開したのは10日後のことだった。ベルギーのあらゆる新聞がこの出来事を1週間以上にわたって報じ、国民のあいだの怒りが高まった。SBGEは、これは環境を人質に追加の費用をゆすりとろうとするAquirisの恐喝だと非難した。Aquirisは、ブリュッセルの下水の水質のわるさが処理プラントそのものの安全を脅かしているという主張を崩さなかった。右派の野党(党首Didier Gosuinは2001年にAquirisとの契約文書に署名している)が、環境大臣の無責任な管理と放任主義がこうした事態をもたらしたとして環境大臣を激しく非難するキャンペーンをはじめた。ここにいたって、この事件は単なる環境スキャンダルを超え、フランス語を公用語とする南部とフラマン語を公用語とする北部との新たな対立を引き起こすこととなり、北部のフランドル地域は、被害をもたらした原因者としてブリュッセル首都圏地域を訴えた。こうした混乱をうけて、Veolia Environment傘下のVeolia Waterの新CEOに就任したばかりのJean-Michel Herrewynは、ブリュッセルにおもむいて首都圏地域の幹部と会談し、Veolia Waterがその傘下企業のひとつを破産させることはないと約束させられるはめになった。下水処理プラントは、あらゆる方面からの多くの訴訟にさらされつつ、12月19日から徐々に運転を再開した。Aquirisの代表者は交代させられ、AquirisとSBGEとの話し合いは現在、おもに弁護士を通しておこなわれている。

その後の調査の結果、VeoliaのAthosプロセスが、この下水処理プラント建設以前に、大規模処理に使えるかどうかの試験を経ておらず(産業廃水についての試験はおこなわれていたが、都市下水の処理については試験されていなかった)、設計上の構造的欠陥(Athosの湿式空気酸化プロセスに必要な40バールという高圧では、汚泥中の砂粒が設備にとって大きな脅威となり、しかも、砂粒除去のプロセスは複雑で費用がかかる)が原因でうまく働いていないことが判明した。これは、Aquirisと競って契約獲得をめざしていた競合他社や、当初はこうした懸念(まだ実験段階でしかない技術がなぜ競争への参加をゆるされるのかと、多くのひとが当時疑問をいだいており、Aquirisの契約獲得をめぐっては汚職のうわさも飛び交った)から費用の分担を拒否していたフランドル地域が、かねてから指摘していたことだ。しかし、Aquirisは、責任は下水の水質がわるいことにあると主張する道を選び、下水処理プラントを正常に稼働させるのに新たに必要となる費用をブリュッセル首都圏地域当局が負担することに期待をかけた。また、こうした事情もあって、一時は強まった首都圏地域当局に下水処理プラントの経営権を取り戻せという声も、急速に下火になっていった。このプラントを公営化すれば、首都圏地域の借金が大きく膨らむことになるからである。

こうした騒動の裏には、民間企業が公金を使って新技術を開発し、それをよそで売って丸儲けするというからくりがある(Veolia WaterはAquirisの事例をマーケティングに大々的に活用したが、これは、下水汚泥を安全に、環境によりやさしく処分する方法がまさにいま必要とされているからだ)。だが、不幸なことに、これは当初もくろんだよりリスクの大きい賭けとなり、ベルギーにおける最も高価な官民パートナーシップ(PPP:Public Private Partnership)事業の両「パートナー」は、処理を待つ汚泥の山と、巨額の借金と、いまだに仕事をきちんとこなすことのできない新設プラントを抱えることになったのである。