1967年の映画『卒業』で、ダスティン・ホフマン演じる主人公は、カレッジを卒業したばかりで自分の将来を思い描く青年だった。そんな彼に、家族の友人が進路をひと言でアドバイスする。「プラスチックだ」と。この映画が2012年につくられたとしたら、セリフはこう変わっていたかもしれない。「グラフェンだ」――かつてのプラスチックと同様に、グラフェンは市場を一変させる材料として広い範囲に影響をおよぼすことが期待されている。
グラフェンは、炭素原子がちょうど鶏小屋の金網のようなハニカム状の構造で1層だけつらなった2次元のひろがりをもつ材料である。この材料は、これまで知られているなかで最も薄いばかりでなく、強靭さにおいてもこれまで測定されたなかで一番である。グラフェンは2004年に初めて単離されたが、それ以来、研究者たちはこの材料のさまざまな応用分野に目を向けてきた。
水分子の透過率がRO膜の100~1000倍:
2012年になってから、マンチェスター大学の研究者らが、グラフェンのイオン透過性を調べる過程で、水分子がグラフェン膜を自由に透過することを発見した。グラフェンの研究で2010年のノーベル物理学賞を受賞した同大学のAndre Geim教授は、つぎのように述べている。「グラフェンの性質はきわめてユニークで、これを濾過膜、分離膜、バリア膜に、また、水の選択的除去に利用する方法が見つからないとは考えにくい」
直近では、Nano Letters誌の2012年7月号に掲載されたマサチューセッツ工科大学(MIT)のJeffrey Grossman教授とDavid Cohen-Tanugiの研究成果が、単層ナノ多孔グラフェン膜が水から塩を効果的に分離する分子ふるいとして機能することを明らかにしている。Grossman教授らは、古典的な分子動力学によるシミュレーションを使って、溶解した塩をグラフェン膜が水から分離する際の水分子の透過率が、従来の逆浸透(RO)システムで使われている拡散膜よりも2桁ないし3桁高いことを理論的に証明した。
これについてCohen-Tanugiは、グラフェン膜の性能は細孔の大きさと化学的性質、および加えられる圧力の関数として変化するとし、つぎのように述べている。「膜にとって重要なのは、細孔の大きさの分布の範囲がきわめて狭いことに加えて、細孔の縁にある不飽和の炭素原子が適切な化学官能基によって不動態化されることだ。われわれは、ヒドロキシル化された細孔がより高い水透過率を示し、また、水素化された細孔が塩の阻止により有効であることをつきとめた」
淡水化への応用に大きな期待:
グラフェンにナノスケールの細孔をあけるのに使えそうな技術はさまざまあるが、Cohen-Tanugiによれば、ヘリウム・イオン・ビームによる穿孔か、あるいは自然自己組織化による方法が現在のところ最も有望だという。
MITの研究は膜の機械的安定性を考慮していないが、Cohen-Tanugiは、グラフェン膜は高圧力のもとで性能を発揮できるものでなければならないことを強調し、つぎのように述べている。「従来のRO膜にポリスルホンが支持層として使われているのと同様に、活性膜層を支持するきわめて多孔質の層が必要になるかもしれない」
Cohen-TanugiとGrossman教授は、グラフェン膜を淡水化に応用する研究はまだはじまったばかりであることを認め、これが商業的に使えるようになるまでには数年かかるだろうと述べている。しかし、ふたりはまた、ナノコンポジット膜はその研究成果が2006年に発表されたばかりなのに、すでに50を超える商用のRO海水淡水化施設で使われていることも指摘している。
グラフェン膜の未来について、Grossman教授はこう述べている。「われわれのアプローチが示しているのは、淡水化用膜材料をボトムアップのシステマティックな方法でデザインしなおすことにより、既存の技術に大幅な改善をもたらすことができるということだ。われわれは、この研究が次世代の膜への理解を深めてくれるものと期待している」