特集(2013年2月号) – Siemensはなぜ水処理部門を売却するのか?

Siemensはいま、水処理部門から手を引いて産業オートメーション部門に集中しようとしている。これは、日本だけでなく世界中の水プレーヤーにとって重大な出来事である。 以下では、Siemens Water TechnologiesのLukas Loeffler CEOが語った同社のこれまでの水ビジネスと今後の展望について紹介する。

Siemensは2004年に水処理ビジネスへの参入を表明したが、今回の撤退表明はそれと同じくらいの歴史的重みをもつ。Siemensは、水処理部門であるSiemens Water Technologiesを売却する意向であることを、2012年11月はじめに正式に公表した。

これについて、Siemens Water TechnologiesのLukas Loeffler CEOはこう述べている。「われわれがプロセス企業として展開している水処理ビジネスを見たとき、これは明らかに、Siemens Industryの未来戦略の主要部分にはいってくるものではないと考える。この戦略をわたしなりに言えば、オートメーションと制御、ドライブ、動きの制御、センサやアクチュエータといったふうに、どれも電気的オートメーション事業の一部を成すものだ。ところがいまわれわれがしている水処理は、プロセスに関連した技術で、したがってSiemens Industryのコア・ビジネスの範疇外ということになる」

2012年11月がエポックの月だったのは、Siemensの水部門にかぎった話ではない。Siemensグループは同じ11月、イギリスのInvensysの鉄道自動化部門であるInvensys Railの鉄道信号システム事業を17億ポンド(約2500億円)もの金額で買収することに合意している。

「これも、コア・ビジネスを強化し、コアからはずれたビジネスを分離するという同じ戦略に沿ったものだ」とLoeffler CEOは言う。

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Siemensの組織構造の概要(Siemens HPより作成)

Siemensの水ビジネス、はじまりはUSFilter買収

では、Siemens――よく知られたドイツの電気分野の巨大企業――がその「コア」なるものからはずれた水処理市場に参入したのは、いつのことだったのか? それは2004年のことで、そとのときSiemensは、Veolia EnvironmentからUSFilterを9億9300万ドル(約936億円)で買収した。当時、Siemensが買収したUSFilterの事業は年間売上が12億ドル(約1100億円)、従業員数は5800人だった。それ以前、1999年にVeoliaの手に渡る前のUSFilterは、Heckmann CorporationのDick Heckmann会長兼CEOが所有していた。

当時の事情について、Loeffler CEOはこう述べている。「Heckmannは1991年から、USFilterをVeoliaに売却する1999年まで、企業を買いまくった。200ほどの企業を傘下におさめ、それをコングロマリットとして経営した。Veoliaは、買収したUSFilterをひとつの企業としてまとめ上げることはほとんどせず、やはり事実上はコングロマリットとしての経営をつづけた。統合化の試みがなかったわけではないのだが、あまり熱心に取り組んだとはいえない」

Leffler CEOは、USFilterが抱えていた問題の一部は初期の統合化の欠如に由来すると考えている。同CEOはさらにこうつづける。「SiemensがUSFilterを買収した当初、つまり2004年から2005年にかけて、Siemensの経営陣はほかの問題を山ほど抱えていてそれに忙殺されていた。そのため、企業経営という観点から見れば、財務面は別としても、USFilterの個々の事業拠点をまんべんなく見渡した上での統合がはかられたことはいちどもなかった」

Loefflerは2010年10月、Siemens Industrial Solutions Divisionの一事業部門として名称もSiemens Water Technologiesに変わった同社のCEOの座を、Chuck Gordonから引き継いだ。それ以来、Loeffler CEOは、グループ内のさまざまな部門をまとめあげるのに腐心してきたという。

「われわれが手がけたのは、サプライ・チェーン管理の一元化、注文の実行とエンジニアリングの一元化、それに研究開発の一元化など、プロセスの統合のしかたを変えることだった。それまでの事業の細分化が、実質的には何十人、おそらく30人から40人くらいの、地方ごとの小さな事業拠点のリーダー、小規模な地方事業所経営者というかたちであらわれ、彼らがそうした小さな事業拠点をほぼ独立したかたちで経営していたわけだが、われわれはその一掃を断行した。Siemensほどの大きな会社になると、180ヵ所の事業拠点があってそのそれぞれに35人がいるという形態では、事業をやっていけない。統合化を進め、大きなクリティカル・マスを創出し、ひとつのまとまった事業として経営していかなくてはいけない。また、部門間のシナジーも創出する必要がある。それが、われわれが2010年から2012年にかけてしてきたことの実態だ」

トップ企業の大望

Siemensが水処理を未来戦略から除外する判断をくだしたのには、もうひとつ理由がある。それは、水市場の細分化である。

水事業の売却について公表した文書のなかで、Siemensはこう述べている。「Siemens Water Technologiesの事業の大半は、北米の基準に合わせている。しかし、それ以外の、世界の他の市場は高度に細分化され、その土地その土地のソリューションが市場を支配している」

Loeffler CEOは、水処理の分野でひとつの企業が世界のリーダーになるのがほぼ不可能に近い理由はここにあると言う。だが、世界のリーダーになることこそ、Siemensがそのすべての部門でめざしてきたことなのだ。

さらに、同CEOはこうつづける。「水ビジネスの業界を見ると、最大手の10社を合わせても市場全体のシェアの10%にも満たないことがわかるだろう。つまりこれが、われわれが細分化と呼んでいるものだ。競争が激しいとか、新規参入の競合他社が手ごわいとかいった話とはちょっとちがう。市場をよく見れば、それなりのシェアを獲得し、ひと握りの競合他社とともに市場で真に強固な地位を確立するのが不可能なことがわかる――現在の水の市場では、それは不可能なのだ」

Loeffler CEOによれば、Siemensのモットーのひとつは、トップ・スリーにはいるプレーヤーとして持続可能で長期的な成長が見込める分野に参入することだという。だが、「これほど細分化された水市場では、それはむずかしい」と同CEOは言う。

水処理部門の売却価格について尋ねられたLoeffler CEOは、数字は現時点では公表する段階にないと答えた。

水は未完のビジネス?

Siemensは水ビジネスのすべての分野から撤退するわけではない。流量計、圧力計、水位計、SCADA(監視・制御・データ収集)システム、それにドライブ技術――パイプライン、ポンプ、撹拌器に必要な技術――は、Siemens Water Technologiesの売却後も、Siemens Industry Automationと同Drive Technologiesがひきつづき扱うことになっている。

「これはすべて、オートメーションと制御、それにドライブの分野で今後も最強の企業でありつづけるというSiemensの戦略の一部を成すものだ」とLoeffler CEOは言う。「事業を売却するといっても、それは水処理市場に限った話で、これには、かつて買収したときのUSFilterのポートフォリオがすべてはいっているが、最近になってふたつの事業拠点からSiemens Energyに移管され、現在ではその部門が提供するサービスの一部になっている石油・ガス関連の技術は含まれない」2004年のUSFilter買収と、それにつづく2006年のブランド変更以来、Siemens Water Technologiesは顧客に提供する技術の開発を足早に進めてきた。

2007年には、アジア太平洋地域への2500万ユーロ(約31億円)の投資の一環として、グローバル水研究開発センターをシンガポール国営水道公社(PUB)のWaterHubビル内に開設した。

この研究開発センターの目標のひとつは、膜バイオリアクター(MBR)技術の効率を改善することだった。3年後、Siemens Water Technologiesは、EcoRight MBRシステムの商品化について中東サウジアラビアの国営石油会社Saudi Aramcoとのあいだでライセンス契約を結んだ。そのさらに2年後の2012年には、同社はVantage M83逆浸透(RO)膜システムをヨーロッパ市場に投入した。このRO膜システムは、すでに2005年に米国市場で売り出されたものである。

投資先としての魅力

何年にもおよぶ技術開発を背景にこうしたグローバルな事業展開をしている企業を買収するのは、投資としてもきわめて魅力ある話にちがいない。業界アナリストらは、買い手の候補にあがっている企業――たとえばXylemやPentair――はSiemens Water Technologiesの個々の事業に関心を示す公算が強いと見ているが、Loeffler CEOは、同社の売却は部分的にではなく全体をひとまとめにしておこなうとして、次のように述べている。

「いまわれわれがめざしているのは、事業全体の売却だ。つまり、事業をばらばらにしてあれこれの部門ごとに切り売りするつもりはない――そうしたところで、われわれにはあまり意味がないのだ。いちばんの問題は、産業界の買い手と金融業会の買い手のどちらがこの事業により関心を示すかということだ。わたしはどちらでも一向にかまわない――われわれのようなビジネスでは、どちらにしても賛否両論ある」

すると、Siemens Water Technologiesにとって理想の買い手とは、という質問に、Loeffler CEOは次のように答えた。

「われわれは、産業界のどの企業であっても、大きなシナジーを実現できるところであれば大歓迎だ。また、巨額のキャッシュ・フローを生み出すわれわれの能力は、金融業会の投資家の目にも魅力ある投資対象として映るだろう。このプロセスはいまからはじまるところであって、そのうちに、最終的に交渉の相手となる数社のリストが見えてくるだろう」

Loefflerの今後

Siemens Water Technologies内のLoefflerの役割はどうなるのだろうか? Loeffler自身は、CEOの地位にとどまって同社が買い手のものになるまで指揮をとるとしている。それからあとの役割がどうなるかは、新しいオーナーしだいである。

Loeffler CEOは情熱をこめてこう語っている。「この3年間、この事業の価値を信じていなかったら、こんなに時間と労力を注ぎ込むことはなかっただろう。われわれには話すことがたくさんある。われわれと、それに水ビジネス業界にとって、いまというこの時は、歴史に新たな章を付け加えるという意味でも、また、市場をさらに開かれた産業化に導くという意味でも、じつにおもしろい時期だ。もちろん、わたしはそうした動きのなかに身を置いていたい」

Siemens Water Technologiesの従業員数は全世界で4500人、このうち、3000人を北米が占める。売却にともなる雇用の問題については、Loeffler CEOはこう述べている。「Siemensのときよりも、おそらく水環境にさらに近い環境の分野で、成長の余地が大いにあると思う。Siemensは電気分野の巨大企業だから、われわれはいつもそのメインの事業からちょっとはずれたところにいた。もしわれわれの親会社がいま主流となっている水技術の事業にもっと近い業種だったとしたら、成長の可能性はとほうもないものになるだろう。わたしは、従業員の将来について心配していない」

おわりに

水ビジネスの世界では、ここ何年かのあいだにかなりの額の投資がおこなわれ、それに見合う成果を得たものとそうでないものとに明暗が分かれた。

たとえばPentairは、当初は製紙業からスタートしたが、そのおよそ50年後に、オランダのNorit HoldingからClean Process Technologies部門を5億ユーロ(約620億円)余りで買収し、水市場にゆるぎない地位を確立した。それ以来、Pentairはつぎつぎに新しい契約を獲得してきている。

いっぽう、Enronがイギリスの水道ユーティリティWessex Waterを28億ドル(約2600億円)で突然買収し、数年後にそれを手放したこと、またそれに関連したAzurixの設立とその末路は、だれの記憶にも生々しくのこっているところである。

もちろん、水ビジネス業界とそれにまつわる力関係を軽々しく論じるべきではない。Azurixの大失敗には、ユーティリティ、水道料金、利用者、それに市場の政治的側面が複雑に絡み合っていたが、Siemensの水処理部門の売却はそういう性格のものではない。

とかくの毀誉褒貶のある水ビジネスの市場には、いきなり飛び込むのではなく、その前にまずつま先を浸してみるのが得策だろう。もしかしたら、Siemens Water Technologiesとその確立された製品・R&Dネットワークの購入は、その意味でもひとつの方法といえるかもしれない。

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