本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学環境学院常杪教授」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「小都市・農村部における生活排水処理」に焦点を当て、その最近の動向を概説する。
1. 中国農村部における生活排水の排出・処理状況
中国の小都市・農村部において、生活水準の向上による用水量の増加に伴い生活排水の発生量も大きく増えつつある。その排出量に関する全国的な政府統計は乏しいが、1日1人当たりの排出量から算定すると年間80~90億トン規模と推定される。
1.1 処理状況
中国の農村地域における生活排水処理関連インフラの整備は、都市部より遥かに遅れているのが現状である。
中国第十二次五か年計画期間(2011-2015年)に入って以降、中国都市部の下水処理率は急速に伸びて、2012年には設市都市の汚水処理率は87.3%に達した(下図)。同様に、県城(県庁所在小都市)の下水処理施設の建設も進められ、2013年12月までに全国県行政地域のうち82.6%の県城では排水処理施設が整備された。すでに計1514の下水処理施設が建設されており、全国県城における下水処理率は75.24%に達している。
図 市・県行政地域における汚水処理率の推移(2000-2012年)
都市部に比べると、農村地域の生活排水処理は全体的に依然として低水準である。鎮・郷・村レベル行政地域の環境インフラ整備は遅れており、近年少しずつ改善されつつあるが、全体としては低水準のままである。行政村*1の場合、2012年までに全国55.37万の行政村のうち、生活排水処理施設が設置されているのはわずかに7.7%(2013年には9%に達していた)のみである。また2012年までに、「建制鎮」の汚水処理率が30%未満で、行政村の汚水処理率は推計でわずか8%にとどまっている。
図 全国における生活排水処理能力を備えた行政村の比率の推移(2007年‐2013年)
*1 行政村:自然発生的に形成された村落に対し、行政単位として区画された村。ひとつの行政村のなかに、複数の村落が含まれるケースもある。
2. 近年の農村部生活排水に関する主な政策動向
「第十二五」計画期間中、中国政府は農村部における環境改善に力を入れ、特に生活排水処理、生活ごみ処理など農村部環境インフラ施設の整備に関して中央政府から促進政策が明確に出され、関連事業の発展に繋がっている。
以下では主な政策について、その概要をまとめる。
国家環境保護第十二次五か年計画
2011年12月に公表された中国“十二五”環境保全指導方針として「国家環境保護第十二次五か年計画」では、農村部生活排水処理における整備事業の加速を重要任務のひとつとして取り上げ、2015年までに6万の行政村で環境総合整備を完成させる」という目標を挙げた。
省エネ・排出削減第十二次五か年計画
2012年8月に公表された「省エネ・排出削減第十二次五か年計画」では、農村部排水処理を含む農村部環境汚染総合対策の実施を強調したうえ、小都市に関しては、「全ての県と重点建制鎮における汚水処理施設の普及を実現させる」という目標を挙げた。
「連片整治」取り組みの実施
「連片整治」とは、各地域に目立つ環境問題の解決を目的として、地理上相対的に集中している複数の村(原則的に人口が2万人を上回る村)を対象に、総合環境整備事業を実施し、その環境問題を解決するための取り組みである。2010年中央政府は「全国農村環境連片整治取り組み指南(試行)」を公表し、中央財政の支援の下、モデル事業を展開してきた。同指南の下、2013年までにすでに全国23の省・市がモデル地域と指定され、各地域でモデル事業が行われている(表1に参照)。
各モデル地域では、地域の現状を踏まえ、実施方案を策定し、事業を展開している。「連片整治」は、中央政府が直接主導し、資金源を確保の上、システム的に推進されてきた農村部環境総合対策であり、農村部生活排水処理分野に対しても最重要且つ直接的な推進策となっていると見られている。
表 23箇所の農村環境区域化総合整備モデル地域
実施回数 | 時間 | 農村環境区域化総合整備モデル地域 |
---|---|---|
第一回 | 2010年 | 寧夏、福建、湖北、遼寧、湖南、江蘇、浙江、重慶 |
第二回 | 2011年 | 山東、河南、安徽、山西、甘粛、青海、山东、河南、安徽、山西、甘肃、青海、新疆、吉林、広西 |
第三回 | 2012年 | 河北、黒竜江、四川、陝西、青島、大連 |
「村鎮生活汚染防止に最適且つ実行可能な技術指南(試行)」
2013年11月に環境保護部は「農村環境連片整治技術指南」、「村鎮生活汚染防止に最適且つ実行可能な技術指南(試行)」など、農村部環境汚染対策における5つのガイドラインを公表した。そのうちのひとつである「村鎮生活汚染防止に最適且つ実行可能な技術指南(試行)」は、農村部における生活排水処理施設における建設、主要技術、運営管理方法などに関する最新のガイドラインである。
「農村住民居住環境改善に関する指導意見」
2014年5月に国務院により公表したもので、「2020年までに全国の農村住民の住宅・飲用水・外出などの基本的条件に顕著な改善が見られるようにし、清潔で便利な居住環境をほぼ実現させると共に、それぞれの特色ある美しい村々を建設する」という中長期発展目標を挙げている。その中、農村部生活排水処理事業そ促進も重要な一環として強調されていた。
3. 中国小都市・農村部生活排水処理事業のあり方と展開状況
中国農村部は広大で、各地の実情が大きく異なるため、応用できる生活排水処理技術や処理施設が多種多様である。都市部に近い鎮・村の場合、都市部配管の延長整備により、都市部集中型処理施設に処理させる以外に、大きく分けて集中型と分散型の2種類に分けられる。比較的に人口集約度の高い小城鎮では、鎮全体を対象にした現地集合処理方式が採用される。一方、人口密度が低い、汚水の排出が分散的である農村地域では、単独またはいくつかの農家を対象にした分散型汚水処理方式が経済的に最適である。各地では、当該地域の現状を踏まえた処理方式・事業展開の最適方法を定めている。
3.1 政府主導の事業
中国の農村部生活排水処理事業は、その資金源が主に中央政府・地方政府の直接投資および補助金であり、環境インフラ事業の一環として推進されてきた。
財源確保は、中国農村部排水処理事業の発展遅れの重要な問題点であるとみられている。2009年に中央政府では「中央農村環境保全専用資金」が発足され、農村部生活排水処理事業が同資金の重点支援分野となり、近年その資金投入が年々増加している。
前述のように、中央政府は、「全国農村環境連片整治」の取り組みの下、全国の23の省・市を選定しモデル事業を実施しており、2008年から2013年にかけてすでに200億人民元(約3300億円)以上の中央資金を投入している。さらにモデル地域として指定されている地方政府は、経済発展状況などの要因に基づき、割り当てられた中央政府資金と同額またはその半分を専用資金として投資している。したがって、この数年間で中央政府と地方政府をあわせると約350~400億人民元(約5775億円~約6600億円)が農村部環境汚染対策分野に投資され、関連事業の展開が大きく推進されてきた。
山西省の事例
モデル省のひとつである山西省の場合、同省は、中央政府からモデル地域と指定された後にすぐに「山西省農村環境連片整治示範実施方案(2011-2013年)を策定した。中央政府からの7億5000万人民元(約123億7500万円)の専用資金に対し、同省も7億5000万人民元(約123億7500万円)の資金を調達し、同省内1200の村を対象に「連片整治」事業の専用資金に当てた。
2013年に完成・稼動した同省孝義市勝渓新村処理能力3000トン/日の排水処理プラントの事例では、797万人民元(約1億3165万円)の建設費のうち、中央資金が377万人民元(約6220万円)で、他には省・市・県・鎮の各クラスの地方政府から出資された。
公的資金下の農村部排水処理事業建設に関しては、公開入札などを経てEPC方式で行われるのが一般的である。同分野に関しては、各事業の処理規模が限られているなどの理由から、現状では地方中堅・中小企業が多かった。しかし近年は、排水処理事業の有力大企業も同分野が発展するにつれて、新事業分野として積極的に進出するようになっている。
一方、農村部における排水処理施設の普及はまだ初期段階であり、関連制度作りが遅れ、対応できるような体制が整っていないことで、既存施設の運営管理に問題が発生している。本来ならば所在地の地方政府が配管の敷設や施設の運営・管理に責任を負うはずであるが、郷・村レベルの行政では専門的な人材や技術力が乏しいことで施設の運営・管理に支障が出るという問題が顕在化している。また排水処理費の徴収などの制度の不備で、一部の郷・村レベルの地方政府は、運営・管理のうえでの財源確保が困難であり、施設が建設されても旨く機能していない事例もよく見られるようになっている。
このような問題の解決に向けて、近年、農村生活排水処理分野へのO&M委託運営方式の活用が見られ始め、県・鎮レベルの政府から専門業者への特定または地域内複数の施設における運営委託事業が、各モデル事業地域で徐々に展開されるようになっている。
3.2 民間資本の役割
中国小都市・農村地域の生活排水処理事業に関しては、政府主導のプロジェクトが主流であるが、民間資本による同分野における取り組みも積極的に展開されつつある。政府としては民間資本の参加を歓迎する姿勢が明確であり、2014年に公表された「農村住民居住環境改善に関する指導意見」のなかで、民間資本の参入を奨励すると更に強調された。このため、近年、民間資本の参入事業の数も大きく増えている。
3.2.1 小都市における大型プラント:BOT方式
現在では、中国の都市部生活排水処理事業に関しては、民間資本によるBOT、BT、TOT などの方式による事業展開が普及しつつあり、新事業の約半数において民間資本が参加していると見られ、有力企業も多く存在している。
それとは対照に、小都市・農村部における生活排水事業に関しては、民間資本の進出は比較的遅れているが、近年の政府の推進により、関連事業における事業展開が徐々に増えつつある。特に中国の鎮・郷レベル小都市における処理能力が約1万トン/日規模以上の比較的に大型なプラントに関しては、BOT方式での民間資本の参入が多い。下記の表はその一部の代表的な例である。
表 小都市における比較的大型な排水処理場のビジネスモデル
プロジェクト名 | 発表時期 | 規模(万トン/日) | ビジネスモデル |
---|---|---|---|
大邱庄総合汚水処理場 | 2013.02 | 4.0 | BOT(30年) |
宜賓県観音鎮汚水処理場 | 2013.04 | 0.9 | BOT |
連平県三角鎮汚水処理場 | 2013.05 | 1.0 | BOT(25年) |
呉川市黄坡鎮汚水処理場 | 2013.05 | 1.0 | BOT(25年) |
定遠県炉橋鎮汚水処理場 | 2013.06 | 1.0 | BOT(20年) |
河南省安陽県柏庄鎮汚水処理場 | 2013.01 | 2.0 | BOT(29年) |
新杭経済開発区新杭鎮汚水処理場(1回目) | 2013.12 | 1.0 | BOT(30年) |
濮陽県戸陽寨鎮汚水処理場(1回目) | 2013.12 | 1.5 | BOT(30年) |
桃源県桃源县陬市鎮汚水処理場 | 2013.12 | 1.0 | BOT |
黄梅県小池鎮汚水処理場(1回目) | 2014.01 | 2.0 | BOT |
竜游県湖鎮鎮汚水処理場 | 2014.05 | 2.0 | BOT |
臨湘市羊楼司鎮汚水処理場 | 2014.06 | 1.0 | BOT(30年) |
3.2.2 分散で小型プラントが多い場合、「打梱BOT方式」
一方、農村地域では「分散型」という特長があり、鎮・郷レベルのプラントとしても、数千トンもしくは数百トン規模のものが多い。地方政府は中央からの補助資金以外に民間資本の活用にも注目し、「打梱BOT」という独特の試みを始めている。
「打梱BOT」とは、同じ地域に分散している複数の小規模の生活排水処理事業をひとつのプロジェクトに統合し、投資・建設・運営・管理を一括とする総合ソリューションプロジェクトとして公開入札の形で、企業に事業を委託するものである。すでに一部の地域でモデル事業が展開されている。
北京市の例では、2012年以来北京市は、市内の平谷区、順義区、密雲県の三地域の農村部生活排水処理事業に関して、「打梱BOT」方式で事業を計画し、公開入札などの実施段階に入っている(下表を参照)。
表 「打梱BOT」方式における北京市の事例
事業地域 | 事業内容 | 事業方式 |
---|---|---|
北京市平谷区 | 新規水再生処理場4か所及び既存水再生処理場12か所で、総規模4.4万トン/日。 | 新規処理場はBOT方式を採用し、既存処理場は運営委託方式を採用する。 |
順義区 | 新規水再生処理場8か所及び既存再生処理場2か所で、総規模4.4万トン/日。 | 新規処理場はBOT方式を採用し、既存処理場は運営委託方式を採用する。 |
密雲県 | 新規水再生処理場6か所及び既存再生処理場3か所で、総規模0.8万トン/日。 | 新規処理場はBOT方式を採用し、既存処理場は運営委託方式を採用する。 |
企業としては、中国排水大手の桑徳集団社が、近年「打梱BOT」方式における事業展開を試みしてきた。同社が2011年から湖南省の長沙県で行っている事業がその典型事例である。同プロジェクトは、長沙県所属の各鎮・郷における16か所の新規排水処理プラントのBOT方式による建設・運営事業、BT方式による配管敷設事業、および、既存施設2か所のOM方式による委託運営事業が含まれ、総投資額は4億3800万人民元(約72億2700万円)にも及んでいる。なお、BOT方式の16か所の新規排水処理プラント建設事業は総処理規模が2.94万トン/日にも達している(下表を参照)。
表 16か所のBOT方式による新規建設事業の構成
事業名 | 規模(トン/日) |
---|---|
果園鎮汚水処理場 | 800 |
開慧郷汚水処理場 | 800 |
黄花鎮汚水処理場 | 8200 |
双江鎮汚水処理場 | 800 |
安沙鎮汚水処理場 | 800 |
毛塘舗汚水処理場 | 5000 |
黄興鎮汚水処理場 | 4100 |
江背鎮汚水処理場 | 600 |
春華鎮汚水処理場 | 800 |
路口鎮汚水処理場 | 500 |
福臨鎮汚水処理場 | 900 |
跳馬郷汚水処理場 | 1100 |
白沙郷汚水処理場 | 300 |
青山舗汚水処理場 | 700 |
幹杉郷汚水処理場 | 3000 |
高橋鎮汚水処理場 | 1000 |
2013年までに長沙県での同事業はすでに完成し、稼動段階に入っている。桑徳集団がこのような事業を新しい成長分野と見なし、2013年年以降も、江蘇省、安徽省、貴州省等地域で同類事業を展開している。桑徳集団以外に、首創股フン社、北京碧水源など有力企業も2013年以降に関連事業に積極的に進出している。
4. 日本企業の動向
高い技術力を持つ外資系企業は中国の農村生活排水処理分野に対して高い関心をもっていると見られているが、市場の不透明性や収益が確保できるようなビジネスモデルの不備などの理由で、今の段階では大きな進展を遂げているとは言えない。しかしながら、そのなかでも、日中政府間共同モデル事業や一部の日系企業の動向は業界の注目を集めている。
日中分散型排水処理モデル事業の実施
2008 年5月に日中環境大臣間で締結された「農村地域等における分散型排水処理モデル事業協力実施に関する覚書」に基づき、中国農村地域における水環境改善対策の普及に向けたモデル事業として、中国内地6地域において排水処理施設を建設。うち、江蘇省泰州市、連雲港市では農村地域における面源汚染浄化システムなど分散型排水処理モデル事業を実施し、株式会社建設技術研究所などの日系企業が活躍している。
日本企業の動き
帝人株式会社は、中国生活排水分野において村鎮水環境整備を課題とし、MSABP(多段式生物処理)技術で分散型処理の普及を推進していく方針を示した。瀋陽市后林新村の下水処理場や、江蘇省宜興市における農村集落排水の整備の実施など、中国国内で積極的に事業を展開している。2013年には、帝人株式会社は中国国内の水処理事業の拠点として、中国・瀋陽市に帝人(瀋陽)環保科技有限公司を設立した。
株式会社クボタは、2011年より中国で地域統括会社を設立するなど現地化を実施し、また、久保田環保科技(上海)有限公司を設立し、農村部環境対策向けエンジニアリング及び浄化槽などの機器の販売を展開している。同社は江蘇省、浙江省、安徽省の農村水環境改善事業に参加するなど、実績を上げている。
5. まとめ
中国の高度経済成長に伴い、その恩恵が都市部だけではなく農村部にまで広がっている。徐々に裕福になりつつある農村部でも環境インフラ整備のニーズが高まっている。また都市部環境インフラ整備が進んでいるなか、中国政府も農村部における生活排水処理、ごみ処理分野に力を入れ、積極的なインセンティブ策の実施、比較的安定的な資金の確保により今後中国農村部における生活排水処理分野が大きく発展するものと見られる。また現段階では低水準であるその発展状況を考えると、その発展余地は広く、大きなビジネスチャンスに繋がることも十分考えられる。
外資企業の同分野における進出は、農村地域の特徴から見ると、現段階ではEPC事業、委託事業などの分野においては、中国国内企業に比べて特に優位性を持っているとはいえない。一方で外資企業が持つ高い技術力・優れた製品を武器に、関連事業における高機能の素材、設備の提供を中心とする分野であれば、市場規模の拡大につれ、今後大きな市場チャンスに繋がることは十分可能であると見込まれる。