2015年12月9日にシンガポール国立大学(NUS)が発表したところによると、NUSの研究者が自然を模倣した非常に高効率な水処理膜を開発した。この膜を使用した浄水プロセスでは、従来技術に比べて30%のコストダウンが可能になるという。今回開発された生体模倣膜は、植物のマングローブとヒトの腎臓からインスピレーションを受けたもので、水分子のみを通過させ、かつ機械的な強度を兼ね備えたものである。
マングローブの木の根とヒトの腎臓から着想を得た生体細胞膜
飲料水需要が高まりを背景として、エネルギー消費の少ない高効率な浄水方法が求められる中、シンガポール国立大学・環境研究所 (NERI) の研究者チームは低圧で浄水でき、ひいては浄水コストを低減する新規な生体模倣膜を開発した。この新しい技術はマングローブの根とヒトの腎臓が水をろ過する仕組みにインスピレーションを受けて生まれたもので、これにより浄水コストを従来技術に比べて30%低減することができると目されている。
細胞膜タンパク質、アクアポリンを高分子膜に導入することで高効率を実現
現在、浄水産業では、現行の膜システムによる塩水の淡水化にかかる高いエネルギーコストの問題に頭を悩ませている。こうした工業的な浄水プロセスにおいては、水分子に膜を通過させるために高い水圧または浸透圧が必要とされ、非常にコストが高くなる。NUS工学部化学・生体分子工学科のTong Yen Wah准教授率いる研究チームは、アクアポリンを組み込んだ、非常に高効率な生体模倣膜および浄水システムを設計、組立した。アクアポリンとは、細胞膜においてイオンやその他の溶質を通過させることなく選択的に水分子を透過させる膜タンパク質である。生体細胞膜の水チャネルとして知られるアクアポリンは、自然の浄水システムにおける機能性ユニットとして発見された。この水チャネルはバクテリアからマングローブからヒトの腎臓まで生けるものすべてに存在し、塩分などの溶質は通過させず、大量の水分子を非常に低い圧力下で透過させる自然の膜構造の例を示している。アクアポリンが存在するおかげで、海水環境下で生き延びることができたマングローブの木は、根で90~95%の塩分をろ過することができる。また、ヒトの腎臓は1日に最大で150リットルの水をろ過することができる。
今回NUSの研究チームはアクアポリンタンパク質を高分子膜に組み込むことに世界で初めて成功した。この膜は、アクアポリンのおかげで、水分子のみを非常に迅速かつ低圧で透過させることができる。Tong准教授は今回の成果について、次のように説明した。「この生体模倣膜は、マングローブの木の根の細胞層を模倣して生まれました。具体的には、革新的かつシンプル、容易に実施可能な技術を用いて、安定した機能性の限外ろ過基板膜にナノサイズのアクアポリン小胞を導入しました。その結果、アクアポリンを組み込んだこの生体模倣膜は、アクアポリンを使用しない膜と比較して水の透過速度が速く、塩分の漏出も少ないことがわかったのです。」
工業的用途に適する高い機械的強度・安定性を持ち合わせる
同研究チームはまた、この膜が浄水プロセスにおいて非常に高い機械的強度と安定性を発揮することもあわせて発見した。この強度と安定性により、今回開発された生体模倣膜は非常に壊れやすかった従来のものと異なり工業的な水ろ過および海水淡水化への応用に適しているといえる。またこの膜の消費者用途としては、近い将来、低コストで飲用水を供給することができると考えられる。現在同研究チームは、米国を拠点とする企業との間で、今後2年間でパイロットスケールのモジュールを制作し、膜の現実的な実現可能性を確認する試験の実施に向けて協議を行っているところである。
将来のウエアラブルな人工透析装置にも応用可能性
Tong准教授によれば、生体細胞膜を生産する同チームの技術は、生物膜のタンパク質に特有の特性や機能を発現させ、それを合成膜の上に適切に配置することが求められる他の生物学的および生物医学的研究にも応用できるという。実際、同チームはこれと同様の技術により、ウエアラブルな腎臓透析装置の開発を進めるシンガポール企業AWAK Technologies社(本社:Sin Ming通り)と類似する生体細胞膜を製作するべく協議を行っているところである。もしこの技術が実現すれば、将来の人工透析機器には吸着剤が不要となり、装置が大幅にコンパクトとなることが期待される。