中国工業廃水分野における発展現状と方向

本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学 環境学院 環境管理政策研究所 常杪 所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「工業節水分野における発展現状と方向」というテーマで、その最近の動向を概説する。

 

はじめに

近年、中国政府は工業廃水汚染問題を重要視しており、関連政策の策定、標準体系構築の加速、違法行為における取締りの強化などの一連取り組みを取ってきた。本稿は、2015年以降中国工業廃水分野関連重要政策動向の分析、業界の新動きおよび発展方向を分析したものである。

 

1. 全体の排出状況

2000年以降、中国での排水総量は上昇する傾向にあり、2014年以降の年間排出量は700億トンを超えているが、これは生活排水の排出量が年々増えていることが最大の原因であると見られている。一方で、工業廃水の排出量に関しては2007年をピークに、近年は減少傾向にあり、2015年には199.5億トンで初めて200億トンを下回り、2016年にはさらに190億トンを割っていたと予測されている。

主要廃水排出分野としては、「製紙・紙製品」、「化学原料・化学製品製造」、「紡績」、「農業副産物加工」、「石炭採掘・選炭洗浄」が排出量の上位5つの分野であり、全体の50%以上を占めている。地域別では、経済が比較的発達している沿海部の江蘇省、山東省、広東省、浙江省が上位で、そのうち江蘇省だけで20億トンを超え、全排出量の10%にものぼる[1]


図 全国工業廃水の排出状況(2000-2015年)

中国政府は工業廃水分野における監督管理を重視し、関連排出基準システム形成の加速、“三同時”[2]要求のもとで生産工場関連汚染防止施設・措置の設計・建設・稼働状況における審査、重点企業の排出状況における監視、重点汚染物質排出総量規制など一連の制度を構築してきた。特に2015年以来、新環境保護法の実施に伴い、汚染物排出許可制度の発足、国控・省控重点汚染排出企業[3]におけるオンライン監視システムの構築、工業集積地における集中型廃水処理施設建設の義務化、環境損害賠償制度の構築などの取り組みを強化した。さらに中央政府から地方政府まで、環境違法行為への取り締まりが全面強化され、汚染物排出企業、特に大手企業の環境違法行為に対して厳しい態度で徹底追求し、工業廃水分野において、大手・中堅企業を中心に廃水処理状況は以前より、大きく改善されていると見られる。

コラム1 山西三維集団股フン有限公司による汚染事件

中国化学工業業界大手の山西三維集団股フン有限公司(シンセン証券取引所上場 コード000755 以下、三維社)は、未処理の生産廃水の違法排出による河川汚染問題および工業廃棄物の不法投棄による農地汚染問題が2018年2月に発覚し、中央政府直轄の中央テレビ局による全国放送の特別番組で詳細に報道され、全国から関心が寄せられている。問題発覚直後に山西省政府は、重大環境汚染事件として、国の生態環境部[4]の指導のもと、同問題にかかわる三維社生産工場の即時生産停止、現場責任者の刑事拘留など一連の取り締まりを行った。三維社の経営陣にも影響し、会社として公の場で謝罪の上、副取締役・社長らトップ5人が株主総会により辞職に追い込まれた。また同汚染事件による環境損害状況の徹底的調査の上で同社に対する損害賠償裁判も行われる見込みである。そのほか問題が発生した生産工場が所在する洪洞県の政府行政責任者にも背任・管理責任が問われ、県長をはじめ同県の関連幹部15人がそれぞれ懲戒免職から停職の処分を受けていた。

一方で、環境基準の強化に伴い、企業の廃水処理能力不足により、廃水の基準超過排出、中小・零細工業企業の廃水違法排出などの問題が顕在化し、全体的には依然として楽観できない状況である。

 

 

2. 近年の主な政策動向

中国政府は、工業廃水処理分野を重視し、2015年に実施された「水汚染防止行動計画」(国務院: 2015年4月)以降も複数の政策を公布した。排出基準システムの健全化、工業企業の廃水排出基準の遵守、工業集積地の集中的処理施設建設の強化などが含まれている。

  • 「水汚染防止行動計画」(水十条)
    製紙、コークス、窒素肥料、非鉄金属、捺染、農副食品加工、原料薬製造、製革、農薬、メッキの10分野を重点対策業界と指定し、全面改善を要求した。また、工業集積地における工業廃水集中処理施設の整備を要求し、2017年までに、すべての工業集積地は、オンラインモニタリング装置付けの工業廃水集中処理施設を整備しなければならないと明記した。
  • 工業汚染源の排出基準遵守を促進
    2016年11月、環境保護部は「工業汚染源の全面基準達成排出計画の実施に関する通達」を公布した。同通達は汚染物排出量が大きく、汚染物排出基準が明確に制定した業界における工業汚染源の汚染物の基準遵守排出の促進を目的で、2017年末まで、鉄鋼、火力発電、セメント、石炭、製紙、捺染、排水処理場、ごみ焼却場の8つの業界を重点とし、顕著な成果を挙げた。さらに、2020年までに各工業汚染源の持続的な基準遵守の排出を実現させるという目標を明確にした。
  • 汚染物排出許可制度の実施
    2016年11月、国務院は「汚染物排出許可制実施方案に関する通達」を公表し、それに基づき環境保護部は「排出許可証暫定管理規定」(2016年12月)、「固定汚染源汚染物排出分類管理リスト」(2017年7月)などの一連の関連政策を公表した。同制度は、固定汚染源となっている全ての企業・事業者に適用される、汚染物排出を抑制するための許可制度である。同制度のもと、汚染物排出する企業は排出する水質汚染物の種類、濃度、総量及び排出先等に係る要求を汚染排出許可証で明確にしなければならないと要求し、汚染物排出管理の一層強化を図るものである。

 

3. 排出標準作り関連動向

現段階で中国は、工業排水排出における主要基準を概ね作成済みである。2014年までに60項目の排出基準が実施されており、主に化学工業、紡績業、建築材業、食品業、金属・非金属工業などの分野に集中している。また2015年以降も継続して新排出基準が策定・実施されている(下表)。なお、排出基準が策定されていない業界に関しては、1996年に施行された「汚水総合排出基準」(GB8978-1996)を遵守することとなっている。

表 近年の汚染物排出基準作り

基準名 コード 施行日
船舶水污染物排放控制标准 GB 3552-2018 2018/07/01
石油製錬工業汚染物排出基準 GB 31570-2015 2015/07/01
再生銅、アルミ、鉛、亜鉛工業汚染物排出基準 GB 31574-2015 2015/07/01
無機化学工業汚染物排出基準 GB 31573-2015 2015/07/01
合成樹脂工業汚染物排出基準 GB31572-2015 2015/07/01

更に2017年4月に環境保護部が公布した「国家環境保護標準“十三五”発展計画」では、「十三五」計画期間中において、農薬、農副食品、飲料、石炭化学、シェールガス採掘などの業界における水汚染物排出基準の制定、無機リン化学工業、火力発電、電子産業、ガラス、活性炭、日用学品、ペンキ塗料などの業界における水汚染物排出基準の改正、および「汚水総合排出基準」の改正といった内容を重要任務として明確にし、「十三五」末期の2020年までに効果的な国家水汚染排出基準体系の構築を目標としている。

 

 

4. 主要発展方向

  • 工業集積地における集中型環境処理施設整備事業の急展開
    中国の工業集積地は、経済技術開発区、ハイテク産業開発区、工業園など複数の形態で存在し、その数は2万2000か所にも及んでいる。これらは集積地の建設経緯、発展規模により、国レベル、省レベル、市レベル、県レベルに明確に分けられている。中国の工業集積地のほとんどは、行政主導のもと建設されたもので、中国の経済発展において重要な役割を果たしている。化学業界を例として、2017年までに全国の重点化学工業園区は601か所で、合計1万5000社の「一定規模以上の工業企業」[5]が立地し、全国の同類企業の半数にも及んでいる。

工業集積地における工業廃水集中処理施設の整備の要求に基づき、2015年以降、各地で関連事業が急展開されてきた。生態環境部の発表によると、2018年3月まで、全国工業廃水を排出する省レベル以上の2356か所の工業集積区において、全体の94%において廃水集中処理施設が規定通りに整備され、92%でオンラインモニタリング装置の設置が完成している。また各地において、市レベル、県レベルの工業集積地における集中廃水処理施設の整備も各地方政府の推進のもと着々と進んでいる。

  • 環境第三者サービス方式の工業廃水処理分野での普及
    近年、中国政府は、環境分野における第三者サービス方式の導入を推進している。環境第三者サービスの内容は、環境汚染問題の診断、環境汚染対策計画案の編成、汚染物排出状況の監視、環境汚染対策施設の建設、施設の運営管理などが含まれている。

国からは、「国務院:環境汚染第三者サービスの推進に関する意見」(2015年1月)、「環境保護部:環境第三者サービスの推進に関する実施意見」(2017年8月)など一連の促進政策が公布され、「市場化」、「専門化」、「産業化」という方針のもと、第三者サービス方式の導入により汚染物排出企業・部門の環境問題の有効解決の推進を目指している。

工業分野に関して、工業集積地・工業団地の環境第三者サービスの導入が政府から優先的に推進され、さらに製紙、建材、石油化学、製薬など高汚染業界企業の第三者サービス導入も奨励されている。工業廃水分野に関して、現段階工業団地を中心に、第三者サービスの導入事例が多く見られ、一部の大手企業も専門業者の導入により、生産廃水の処理・リサイクルに当たっている。

2017年12月国家発展委員会は、第三者サービス方式の普及の促進を目的として、環境分野における第三者サービス方式に関して、典型サンプル事例を公表し、そのうち工業廃水分野が大きなウェイトを占めている。

コラム2 第三者サービス方式における典型事例
中煤旭陽焦化廃水第三者サービス事業河北省中煤旭陽焦化有限公司は2か所の廃水処理施設を建設・運営管理していたが、技術面の課題が残り、安定的な運転ができず、処理済みの排水が排出基準を満たせなかった。同社は2015年に河北省協同環保科技公司と第三者サービス契約のもと2か所の廃水処理施設に対し、2000万元を投入しA/A-O高度処理[6]プロセスを導入のうえ、更新作業を行った。業務完了後に施設の処理能力は250 m3/hとなり、全処理済み排水のリサイクルを実現した。河北省協同環保科技公司は完成後の施設運営・管理も担当し、原水のCOD指標状況および排出水の要求に基づき、差別化の費用徴収制を導入している。安徽省華茂国際紡織工業城廃水処理事業

華茂国際紡織工業城は安徽省省安慶市に位置する紡織産業を中心とする工業団地である。工業団地の環境インフラ整備の一環として、2014年に安徽省宜源環保科技公司と第三者サービス契約を結び、宜源環保社により1万2500m3/hの集中廃水処理施設および4775 mの配管敷設事業を行った。工業団地内各企業から前処理後の排出水は同施設の配管により排出し、同施設で集中的に処理を行う。宜源環保社は、同施設の設計・建設および運営・管理を担当する。

  • 工業廃水の高度処理とリサイクル
    工業情報化部は2016年6月に「工業グリーン発展計画(2016-2020年)」を公表し、水資源の循環利用と処理済の工業廃水再利用の推進を強調した。また地方政策、業界別政策により、工業廃水のリサイクル率を明確な要求をしている。例として2016年11月に公布された「浙江省工業汚染防止“十三五”計画」では、鉄鋼、紡績捺染、製紙、石油化学、化学工業、製革などの多量水使用業界に対し、廃水の高度処理による再利用を明確に要求し、そのうち2020年までに捺染業界での水重複利用率を45%以上、製紙業界の総合排水の重複利用率を70%以上の達成を要求した。また現行の各重点業界における「業界規範条件」(工業情報化部により公布)では、一部の業界における水リサイクル率を要求している。

そのほか、地域ベースの総量規制状況、業界の特徴、企業の立地状況によりZLD(Zero Liquid Discharge)を達成する必要があるケースもある。内モンゴル自治区のオルドス市はその一例である。同市は、大型石炭化学工場が集積する国内有数の石炭化学工業基地である。同地域では砂漠面積が大きく、大型河川湖沼が少なく、地表水資源が乏しい。同市は2017年に管轄地域に立地する大型石炭化学企業28社に対し、2020年までに既存処理設備を更にグレードアップさせ、結晶化装置の導入などZLDの実現を明確に要求した。
5. 発展方向と展望現在中国では、すでに工業廃水処理分野において数多くの専門企業が存在し、そのうち、上海巴安水務社、北京万邦達社、南京中電環保社、江蘇維爾利社、北京碧水源社、 北京首创股份社、安徽国祯环保社など証券取引所で上場を果たしている大手企業も含まれている。一方Veolia Water、Suez社、三菱レイヨン、東レ、日立など日系企業を含めた外資系企業も積極的に事業を展開している。近年、中国政府の環境規制の全面強化に伴い、中国の工業企業、工業集積地は、工業廃水処理に本格的動き出しているとみられている。従来の政府要求をクリアするため単なる低コストな処理施設の設置よりも、処理技術の合理性、処理効果、メンテナンスの利便性、コア部品の性能・耐久性などを重視し始めている。国内の工業廃水処理市場の拡大に伴い、関連対策企業にとっては、新たな発展チャンスにつながられるとも考えられる。

[1] 出典:中国統計局、中国環境保護部「中国環境統計年鑑2016年」

[2] “三同時”とは、「建設プロジェクトにおける汚染防止施設は、工場施設と同時に設計、同時に建設、同時に稼働しなければならない」という国の管理制度で、政府管理部門により強制的に実施されている。

[3] 大手企業、部門の汚染物排出状況と全体排出量に占める割合により国と各省はそれぞれ「国控」・「省控」重点汚染源として指定する。2016年までに、国が直接監督・監視する「国控」汚染源は14312社で、そのうち工業廃水分野において2660社が指定されている。

[4] 全国環境保全関連行政を統括する「中華人民共和国環境保護部」は、中央省庁機構改革に伴い2018年3月16日に付けて「中華人民共和国生態環境部」に機構名変更。

[5] 中国語原文では「规模以上规模企业」。統計上の分類のひとつで、主要業務分野の年間売上げが2000万人民元に達する企業を指す。[6] 嫌気−無酸素−好気(A2O)法。「循環式嫌気好気法」とも呼ばれる。