マンチェスター大学の国立グラフェン研究所(NGI)の研究者らが、膜を透過する水の流量を電気的に制御するという長年の懸案を解決し、その成果をNature誌上で発表した[1]。これは、グラフェンのユニークな性質を利用した膜の開発としては最新の最も注目すべきものだ。この新たな研究は、スマート膜技術の発展への道をひらき、人工生体組織、ティッシュ・エンジニアリング、および濾過の分野に革命をもたらす可能性を秘めている。
流量制御の仕組み
グラフェンは、液体や気体を濾過する調節可能なフィルターを構成することができ、また、完全な障壁を構成することさえも可能である。グラフェン酸化物という比較的安価なかたちのグラフェンを使って今回開発された新たな「スマート」膜は、透過する水の流量を電流によって精密に制御できることが実証された。また、必要に応じて水を完全に遮断することもできる。Rahul Nair教授の率いる研究チームは、電気絶縁体である酸化グラフェン膜に複数の導体フィラメントを埋め込んだ。ナノスケールのそれらフィラメントに電流を通すと、強い電場が生じ、それによって水分子がイオン化し、膜の細孔を通る水の量を制御することができる。
生体プロセスとの類似
Nair教授はこう述べている。「この新たな研究により、水の透過量を、きわめて大きな値から完全な遮断にいたるまで、精密に制御できるようになった。この研究はスマート膜技術のさらなる発展に道をひらくものだ。外部からの刺激を使って分子の透過量を正確かつ可逆的に制御できるスマート膜の開発は、物理、化学から生命科学にいたるまで、多くの分野のつよい関心を集めるだろう」
膜を透過する水の流量の電気的制御の実現は、技術面での大きな変革といえる。これは、おもに電気信号に刺激されて生じるいくつかの生体プロセスに似ているからだ。水の透過量の制御は、腎臓の水保持、体温調節、および消化にきわめて重要な役割をはたしている。このため、今回発表されたグラフェン膜の水透過量の電気的制御は、さまざまな用途の人工生体組織や先進的ナノ流体デバイスの開発に新次元をひらくものと期待されている。
ひろがる応用範囲
研究チームは以前に、酸化グラフェン膜が従来の淡水化の代替手段として海水から塩分を取り除く濾過器として使えることを実証している[2]。また、昨年には、この膜でウィスキーから、色以外の性質をまったく変えることなく色素を除去できることを示した。グラフェン・ベースの膜に関するこの画期的な研究で、Andre GeimとRahul Nairの両教授はサウジアラビア政府から第8回スルタン皇太子国際水賞(PSIPW)を受賞した。科学者たちは、膜を透過する水の流量を外部からの刺激によって制御することを長いあいだ試みてきた。そうした制御が、医療およびその関連分野にとって重要だからだ。これまでのところ、そのような制御は膜の濡れ具合やイオン移動量の調節に限られており、水の全流量の制御にまでは至っていなかった。
Nature誌に発表された論文の筆頭著者であるKai-Ge Zhou博士はこう述べている。「このグラフェン・スマート膜技術の用途は水の流量の制御にとどまらない。同じ膜をスマート吸着材、すなわちスポンジとして使うこともできる。水を吸着した膜は、たとえ周囲がきわめて乾燥した状態であっても、電流を通すことによってその水を保持することができる。そしてその水を、必要なときに電流を切ることで放出することができる」
また、論文の第二筆頭著者であるVasu博士はこう述べている。「われわれの研究は、グラフェン膜の新たな用途を開拓するばかりでなく、捕捉された水のナノスケールの性質に電場がどのような影響をおよぼすかを理解するのに役立つものだ。電場のもとでの水分子のふるまいについては、氷結から氷の融解にいたるまで、多くの相反する理論的予測があるが、電場の効果の実験的証拠はこれまでなかった。われわれの研究は、強い電場が水をその構成イオンに電離することを示している」
グラフェンおよびその関連の2次元材料は、新たな用途の開発のほかに、エレクトロニクス、複合材、センサー、バイオメディカルなどさまざまな分野での既存の利用プロセスをさらに強化するのにも有望であることがわかってきた。膜はいまや、淡水化、ガス分離、および医療の分野での重要な研究開発テーマになっている。
なお、マンチェスター大学は現在、国立グラフェン研究所(NGI)を補完する施設としてグラフェン工学イノベーション・センター(GEIC)を6000万ポンド(約87億円)をかけて建設しており、まもなく正式開所を迎える予定である。GEICは、膜のスケールアップとパイロット規模の試験のための設備等を産業界に提供することになっている。
[1] K.-G. Zhou, et al., Electrically controlled water permeation through graphene oxide membranes, Nature, doi: https://doi.org/10.1038/s41586-018-0292-y
https://www.nature.com/articles/s41586-018-0292-y
[2] EWBJ62号に関連記事あり「マンチェスター大学、海水淡水化が可能な酸化グラフェン膜の開発に成功、水不足対策として期待集まる」