米環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)を監視する役割を担う内部組織EPA監視室(Office of Inspector General)は2018年11月15日、農場の肥料として活用されている下水汚泥(バイオソリッド)の安全性に疑問を呈した調査報告書[1]を発表した。バイオソリッドとして広く知られている下水処理後に発生する下水汚泥は、土壌を肥沃にする栄養物である。しかし、バイオソリッドには、水銀やヒ素などの重金属、薬剤化合物、難燃剤、病原菌を運搬する有機体(病原菌運搬体)などの汚染物質も含有されている。今回の調査結果では、バイオソリッドに含まれている汚染物質の中にはEPAも十分に熟知していない物質が膨大にあると結論付けている。
下水汚泥は、国内の下水処理施設にて下水処理後に残留する副産物として生成される。下水処理の過程で発生した下水汚泥は焼却炉や埋立地へ運搬(破棄)されるか、更なる処理を通じて汚染物質を除去し、農場の肥料として活用可能なバイオソリッドとして転換される。EPAによると、米国にて生成されるバイオソリッドの約半数は農地へ利用されている(下図)。EPA監視室のプロジェクトマネージャーを務めるJill Trynosky氏は、肥料として活用されているバイオソリッドのEPAによる管理は不完全または不十分であるとし、公衆衛生や環境の保護が完全ではないと指摘している。同氏は続けて、「バイオソリッドに含まれる汚染物質が、どの水準で公衆衛生または環境にリスクを及ぼすかを断言することはできない」と述べた。
図 米国での下水汚泥の利用先内訳
(出典:EPA Unable to Assess the Impact of Hundreds of Unregulated Pollutants in Land-Applied Biosolids on Human Health and the Environment)
図 各州での肥料として利用される下水汚泥の量
(出典:EPA Unable to Assess the Impact of Hundreds of Unregulated Pollutants in Land-Applied Biosolids on Human Health and the Environment)
EPAは、バイソリッドに含まれている水銀やヒ素などの重金属を含めた9つに上る規制対象の汚染物質に関しては、定期的に測定している。これ以外に、EPAが1989年から2015年までの間に実施した様々な調査では、合計352件に上る規制対象外の汚染物質が特定化されている。これらの汚染物質の中には、他の環境規制において有害物質または有害性リスクがあると指定されたものも61件含まれている(下表)。しかしEPAは、これらの汚染物質の安全性を決定付けるために必要となるデータやリスク分析ツールは有していない。更に EPAは、既述の9件以外の汚染物質の測定(評価)を実施しているものの、評価完了が迅速でないことが常習化しているという。
図 他の法令で規制され、且つ下水汚泥中に含まれる汚染物質(全61物質)
一方、今回の監視室の報告に対してEPA幹部は、バイオソリッドに含まれている汚染物質が公衆衛生や環境へリスクをもたらすと必ずしも結論付けるものではない、という公式見解を示している。EPA副長官(Assistant Administrator)を務めるDavid Ross氏は、「バイオソリッドに含有される汚染物質が引き起こす潜在的リスクの有無を特定する必要があり、これは同庁が取り組むべき最優先課題である。しかし、現時点でリスクが完全に評価されていないことから、公衆衛生や環境に関する情報を伝達するのは困難である」と述べた。同氏は、汚染物質の安全性が不確定な現状において、これをリスクまたは脅威として位置付けることは誤りであるとした。バイオソリッドの農場への利用には制約があり、処理レベルが高いバイオソリッドは特別な措置の下で取り扱う必要はないものの、一部の病原体が含有されている処理レベルが低いバイオソリッドに対して、住民による立入や家畜の放牧を制限することを、連邦御政府は土地所有者に対して義務付けている。
[1] EPA Unable to Assess the Impact of Hundreds of Unregulated Pollutants in Land-Applied Biosolids on Human Health and the Environment
https://www.epa.gov/sites/production/files/2018-11/documents/_epaoig_20181115-19-p-0002.pdf