凝固剤を用いた廃水中の汚染物質除去について、イソギンチャクのようなミセルナノ凝固剤(AMC:Actinia-like micellar nanocoagulant)に関する論文が公開された[1]。
廃水の処理は複雑で、いくつかのプロセスを順次実行しなければならない。これは、それぞれのプロセスが1種類の汚染物質を処理しているためである。そこで、多様な汚染物質を1回のプロセスで除去できる新たなバイオミメティック・ナノ凝固剤が、この問題への答として注目されており、これを使う浄水方法は、既存の技術への費用対効果性の高い代替技術となる可能性を秘めている。この新たなナノ凝固剤は、中国とアメリカの研究者らが開発したミセル状ナノマテリアルで、触手を伸ばして獲物を捕えるイソギンチャクのようなコア・シェル構造をもっている。このナノマテリアルは水中で容易に拡散し、溶け込んでいる汚染物質を取り込む。
2050年までに、世界の人口の3分の2近くがきれいな水に思うようにアクセスできない事態が到来するおそれがある。この問題の深刻化に輪をかけている要因として、凝固、砂濾過、活性汚泥プロセスといった従来の物理化学的および生物学的処理技術ではもはや除去しきれないほど、水資源を汚染する物質の種類が増えつづけているという現実がある。酸化処理、吸着、膜濾過などのより進んだ技術を使えば駆除剤や医薬品などの「新顔の」汚染物質を効果的に除去できるものの、こうしたプロセスには、まずコロイド粒子や懸濁粒子を除去するための前処理を廃水にほどこす必要がある。
凝固による汚染物質の除去
こうした前処理として、たとえば新技術を取り入れた凝固を使う方法が考えられる。凝固は浄水施設や下水処理プラントに欠かせないプロセスである。この過程で凝固剤は、コロイド状汚染物質を電荷の中性化による不安定化で凝集させることでより大きな凝集塊(コロイド粒子凝集体)にしてから、その凝集塊を吸収して絡め捕る。ここで問題は、従来の凝固法が新種の汚染物質の除去に多くの場合効果がないことである。
だが、新種のものも含めてさまざまな不純物を取り除ける凝固剤があれば、こうしたいくつものステップを踏まずに1段階の処理だけで水を浄化することができ、時間とコストを節約できる。こうした目的にぴったりの凝固剤の開発に、北京大学および北京市先進的廃水処理技術研究センターに所属するHuazhang Zhaoをリーダーとしてイェール大学のMenachem Elimelechらも加わった共同研究チームが成功した。この新たな凝固剤は有機物のコアと無機物のシェルから成り、自己形成法によってつくられる。
安定なコア・シェル構造
この凝固剤の製法についてZhaoはこう述べている。「われわれはつぎのような方法でナノ凝固剤をつくった。まず、3-(トリメトキシシリル)プロピル-n-オクタデシルジメチルアンモニウムクロリド(TPODAC)という有機化合物を加水分解して、疎水性の炭素の長鎖とシラノールのヘッドをもつ荷電第四級アンモニウム化合物にする。つぎに、シラノールのヘッドをもつこの物質を無機物である塩化アルミニウムとともに凝縮すると、そこからミセル状のナノ凝固剤粒子が自己形成される。脂肪族の炭素鎖は疎水性であることからこのナノ凝固剤粒子の内側に集結し、いっぽう、正電荷を帯びた親水性の第四級アンモニウム-Si-Al複合体は静電気の反発力によって粒子の外側に分散する。こうして、安定なコア・シェル構造ができあがる」
図 ナノ凝固剤の合成方法
(出典:Actinia-like multifunctional nanocoagulant for single-step removal of water contaminants)
このナノ凝固剤粒子は、pHが4.0を超える廃水中ではそのアルミノケイ酸塩のシェルがコロイド粒子凝集体に加水分解し、粒子状の汚染物質を捕捉する。Zhaoはさらにこう述べている。「溶解した汚染物質を捕えるのに、このナノ凝固剤粒子は海洋生物のイソギンチャクが獲物をつかまえるのとよく似たふるまいをする。イソギンチャクは球状の体に何本もの触手がついており、その触手はイソギンチャクが休んでいるあいだは引っ込んでいるが、餌を取るときは伸び出してくる。このナノ凝固剤粒子も同じように、そのシェルが加水分解するときに外に伸び出す。これによってコアの脂肪族ミセルが汚染物質を捕捉することができる」
図 AMCによる汚染物質の吸着の概念図
(出典:Actinia-like multifunctional nanocoagulant for single-step removal of water contaminants)
研究者らは、このナノ凝固剤の性能を下水処理プラントの二次処理水でテストした。この水には、有機炭素、硝酸塩、リンなどの汚染物質が溶け込んでいた。つぎに研究者らは、下水のサンプルに数pptから数ppbの範囲で含まれている医薬品その他の微量汚染物質をナノ凝固剤がどの程度除去できるかをテストした。テストの結果についてZhaoはこう述べている。「ナノ構造物が1段階の水処理だけでじつにさまざまな汚染物質を90%を超える効率で除去できることがわかった」
[1] Jinwei Liu, et al., Actinia-like multifunctional nanocoagulant for single-step removal of water contaminants, Nature Nanotechnology
https://www.nature.com/articles/s41565-018-0307-8