ハンガリーのペーチ(Pécs)市(人口は国内第5位)で、市当局が、同市の飲料水供給事業を行うフランスGDF Suez社との運営契約を一方的に打ち切り、公共企業体にこれを移管しようとして大きな波紋を呼んでいる。
ハンガリーの飲料水供給は、全体のおよそ8割が自治体運営の水道局(全国に約400件弱)によって、そして残りの2割が国営の地方水供給公社(全国に5公社)によってまかなわれている。これらの公共企業体では、数年前から民営化の枠組みで外資企業の経営参加が推し進められてきた。その一方で、ハンガリー議会が2009年中期、国営地方水供給公社における国の株式保有率をそれぞれ75%以上に保つことを定めるなど、民営化とは相反する「再」国営化の動きも生まれている。
さて、ペーチ水道局も民営化の流れで外国企業の出資を受け入れた水道局のひとつにあたる。GDF Suez社は同局において48%強の少数株主持分を有しており、さらに1995年には25年間の経営権が同社(当時はLyonesse des Eaux社)の手に渡っている。ところが2009年10月、ペーチ市地方議会は、同市水供給事業の経営権を別の公共企業体へ委譲することによってGDF Suez社の権利を取り消すことを決議した。こうした一方的な決議に加え、市当局は権利買取りに必要な手続きや補償に関するGDF Suez社との時宜にかなった真摯な交渉を怠ったとされている。
ここ数年の間、ハンガリーでは、飲料水マーケットの新配分をめぐる競争が激化しつつある。地方公共水道局による飲料水供給網が確実に拡大傾向にあり、例えば、ブタペストに続く国内第二の都市デブレツェン(Debrecen)市の水道局は、東部ハンガリーにおける事業を年々拡大した結果、最近では隣接するルーマニア市場にまで進出するようになっている。GDF Suezもその例に洩れず、現地子会社Suez Environment Hungariaを通じて、ハンガリー国内の業務拡大に乗り出していた。ペーチ市当局はこの点を、GDF Suezの独断による事業方針決定として非難しており、一方のGDF Suezはこの主張を否定している。
第一審判決は基本的にGDF Suez社の主張を認めており、新しい公共事業体に対して、GDF Suez社が管理していた顧客データ、コールセンター、通信監理センター、ITソフトウェア等の継続使用を禁止している。本件は現在、訴訟係属中である。業界関係者の見方では、ペーチ市に対する損害賠償請求額は最高で3,000万ユーロ(約39億円)にのぼることもあり得るという。
ちなみに、今回の一連の契約破棄、権利買い取り行動の立役者となったペーチ市長は、ハンガリー国会内の最大野党であるフィデス=ハンガリー市民同盟から選出されている。同同盟は2010年春に控えている国会総選挙で政権を獲得する可能性大と見られており、その意味においても、同同盟のメンバーの言動には、内外の注目が寄せられている。