水と基本的人権、そして民間参画――社会の潮流は“脱”民営化へ?

国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR:United Nations High Commissioner for Human Rights)は、現在、“水”と“基本的人権”に関する報告書を作成している。これにより、民間企業は、水産業への参画を制限されることになるかもしれない。

2008年3月、国連人権理事会(UNHRC)は、10億人以上の人々が安全な飲料水にアクセスできない状況に対して大きな懸念を表明し(人権理事会決議7/22)、独立専門官に調査を委任した。独立専門官として任命されたCatarina de Albuquerque氏は、現在、水へのアクセスという基本的人権に民間企業がどう携わるかについて調査を行っている。

「水は私有財ではない」と考える人々は、水産業への民間企業の参画をやめさせるよう努めてきた。38カ国・200社以上の民間水道企業が加盟するAquaFed(国際民間水道事業者連盟)のJack Moss氏は、「ビジネスと基本的人権の両立に関する国連の公式声明が今後の入札プロセスに与える影響は、想像することすらできない。例えささいなことでも、(民営化反対論者に都合の良いことが発表されれば、)彼らは問題を引き起こすことができる」と語り、自身が抱いている危機感を説明している。

独立専門官のCatarina de Albuquerque氏は、報告書の作成のため、2010年3月26日までコメントを受け付けていた。これに対し、スペイン、ドイツ、タイ等の政府や、市民団体、民間企業(あるいは産業団体)など、様々なステークホルダーがコメントを送付している。これらの企業の中には、Veolia、Suez、Global Water Intelligenceなどが含まれている。企業(あるいは産業団体)が送付したコメントの要旨は、以下の通りである。

AquaFed、Suez

  • 民間の水道事業者は、水へのアクセスは、基本的人権であるとの認識を支持している
  • その基本的人権の達成のために行動している

Veolia

  • 水へのアクセスは、基本的人権である
  • その基本的人権の保障を効果的に達成するため、プロジェクトを加速させるべきである
  • Veoliaは、貧しい人々が水にアクセスできるよう、行動している

Global Water Intelligence

  • 水は自然の占有物であり、消費者は不当な価格やサービスから保護される必要がある
  • 公営化が、水の濫用や低劣なサービスからの消費者の保護につながるということはない
  • 民間セクターの水産業への参画に際し、公共セクターと区別するような条件を課されるべきではない

水と基本的人権に関する国際連合人権高等弁務官事務所のウェブサイトへのアクセスは、以下URLより。
http://www2.ohchr.org/english/issues/water/iexpert/private_sector_participation.htm

また、各国政府や市民団体、企業が送付したコメントは、以下のウェブサイトで閲覧できる。
http://www2.ohchr.org/english/issues/water/iexpert/written_contributions.htm

EnviXコメント

“水”と“基本的人権”、および“民間企業の水産業への参画”に関する議論は、長きに渡って続けられてきた。「水は商品であり、高値を付けた者に販売される」と考える企業や組織に対して、水へのアクセスが制限されている貧困層や活動家は「水は公共財であり、人々と自然の共有資産であり、基本的人権である」と主張し、水道民営化に反対してきたのである。

しかし、現在の議論は、このような単純な対立構造から成り立っているわけではない。民間企業も、水へのアクセスは基本的人権であると認めており、少なくともこの点では、両者の意見は一致している。しかし、一方は市場の拡大を期待して水道民営化を求め、他方は安定的な水へのアクセスのために公営水道を求めている。

この背景には、過去に水道民営化が失敗した事例が少なからず存在することがある。そして、その積み重ねが、公営水道派の主張の根拠となっている。水は基本的人権の重要な構成要素であり、水道民営化の失敗によって市民への水供給が断たれることは、決して許されない。従って、今までに失敗を繰り返してきた政府や国際機関、そして民間企業の責任は大きい。ただし、失敗さえしなければ、民間企業が水道を運営できない理由はない。問題は、これまでの失敗のため、両者の間でお互いの信頼感が失われていることだろう。

では、今後、水道は民営化の方向に向かうのか。それとも、公営化に進むのか。社会の潮流は、やや公営化に傾きつつあるのかもしれない。例えば、フランスのパリは、2009年6月、民営化されていた水道事業を再公営化することを発表し、2010年1月から公営水道となっている。また、上述した国連人権高等弁務官事務所が作成している報告書も、水道民営化を懸念するものとなる可能性は少なくない。AquaFedのJack Moss氏も認めているように、同報告書が今後の水道事業に与える影響は非常に大きいものであり、その内容次第では、水道民営化が厳しく糾弾される可能性もある。

水へのアクセスは基本的人権であるとの社会の合意が形成されつつある中で、途上国での水問題はますます注目されてきている。民営化に進むのか、公営化に進むのか、今後の議論の行方が注目されるが、いずれにせよ、民営水道が今まで以上に厳しい監視を受けることは、間違いないだろう。

ちなみに、世界人権宣言(1948年採択)および国際人権規約(1966年採択)では、“水と公衆衛生(Water and Sanitation)”は、明確に基本的人権であるとは明記されていないが、2002年11月、国連の“経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会(Committee on Economic, Social and Cultural Rights)”は、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の第11条には、「水に対する権利」が含まれるとの解釈を発表し、水へのアクセスが基本的人権であることを認めている。

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