かつての首相や専門家は世界が深刻な水危機に直面していると警告――新たな報告書を発表

40人の著名なかつての政府首脳らのグループであるInterAction Council(IAC)、国連大学、およびカナダのWalter and Duncan Gordon Foundationが共同で作成し2012年9月上旬に発表された新しい報告書のなかで、世界は今日、平和、政治的安定および経済開発に対して決定的に重要な意味を持つ影響を及ぼす水危機に直面していると専門家は警告している。

元のカナダの首相でIACの共同議長であるJean Chrétien氏は、次のように述べた。

  • 水不足の今後の政治的な影響は、衝撃的なものとなる可能性がある。われわれがこれまでのやり方で水を使えば、今後絶対に人類を支えられないだろう。IACは、国連安全保障理事会に水を国際社会に直面するトップクラスの安全保障問題の1つとして認識するよう求めている。
  • 今水資源をもっと効果的・効率的に管理し始めれば、人類は、今日の問題および温暖化する世界で予期される驚きや困難によりよく対処できるようになると思われる。

この報告書The Global Water Crisis: Addressing an Urgent Security Issue(世界の水危機:急を要する安全保障上の問題に対処する)の序文のなかで、IAC会員でノルウェーの元首相であるGro Harlem Brundtland氏は、「危機的な水不足がすでに起こっている多くの地域、特にサハラ以南のアフリカ、西アジアおよび北アフリカ、は、大きな危機に直面している。このような国のいくつかは、すでに政治的に不安定なので、そのような危機は、政治的境界を優に超える地域的な波紋を投げかける可能性がある。しかし、政治的に安定している地域でも、水文学的なパターンの安定が失われると、現状は、まずもっとも劇的にかき乱される恐れがある」と述べている。

世界中で網羅的に集められた水安全保障の悪化の原因となる多くの要因のなかで、23人の著名な国際的な水の専門家である執筆者は、食物、衛生、エネルギーおよび公平の問題を含む、水危機と関連する多数の深刻な安全保障上のリスク、開発上のリスクおよび社会的リスクを特定している。

地球全体ですでに約38億m3の淡水が毎年水界生態系から引き出されている。2025年までに世界中でさらに約10億人の人々に食物を与えるとすると、世界の農業だけでも年間さらに1兆m3の水が必要となる。これは、20のナイル川あるいは100のコロラド川の年間流量に相当する。

世界でもっとも人口の多い2カ国、インドと中国、の水需要だけで20年以内に供給を上回ると予想されている。

報告書では、主な越境水問題になることが見込まれている水不足と洪水の両方が原因で水文学の対象となっている水塊の状態などの基本的な要素の変化によって新しい紛争が引き起こされると予想されている。

水安全保障は、パレスチナ人とイスラエル人の間、そしてイスラエルとその地域の近隣諸国との間、の平和への鍵であると報告書では言い添えられている。

報告書ではまた、1950年には地球上には500の大ダムがあったが、今日では45,000を超えていることに言及している。このことを言いかえれば、信じがたいが、朝鮮戦争以来世界中で毎日大ダムが平均して2カ所にできたということになる。

いっぽう、世界の多くの地域においてすでに限られた淡水資源に関するエネルギー部門とほかの水利用者との間の大きな競争は、エネルギーの信頼性と安全保障への重要な潜在的な影響が原因で、今後のエネルギー開発に影響を与えることになる。

報告書では、各国政府や国際的な団体に次ぎのようにするよう求めている。

  • 自然のシステムの保護、効率、再利用および補充を通じて需要を減らすためのプログラムを含み、根本的に水に対する姿勢と世界的な水の管理方法を改善する。
  • 飲料水の供給と下水設備への年間投資を約110億ドル(約8700億円)まで増やす。
  • 今後予見される環境難民の数の増大に対処するために国際的な管理の仕組みと関連機関を作る。
  • 女性の参加に重点を置いて、公共部門、民間部門および市民社会部門の間で新しい水管理の協力を生み出す。
  • 水の持続可能性に見返りが与えられる「ブルーエコノミー(持続可能な経済を実現するための生態系を創ることを目的とした運動)」という経済の理論的枠組みを追求する。
  • 清浄で安全な水と健康の関係、また開発と国の経済的福祉の関係、を理解する必要を政府首脳と財政のリーダーに明示する。

Walter and Duncan Gordon Foundationの社長・最高経営責任者(CEO)でIACの事務局長を務めるThomas Axworthy氏は、次のように述べた。

  • 水は現在、国際紛争、内乱および境界を越えて行われる紛争のなかで決定的な影響を与えている。
  • 同時に、水の安全保障はまた、食糧とエネルギーの安全保障や総合的な長期の社会的発展と経済開発の土台である。それは、特に途上国においてであるが、次第に世界のもっとも高度に発展した国の一部においても、衛生、栄養、公平、男女の平等、福祉および経済の進展を支えている。

水と開発

カナダに本拠を置く国連大学のInstitute for Water, Environment and Health(水・環境・衛生研究所)のZafar Adeel所長は、次のように述べている。

  • 今日、子供は、水に関連する病気がもとで平均して20秒ごとに死亡している。
  • このことは、概して表にでないが、来る日も来る日も平均で4,500人の子供が死亡していることになる。世界は今年、映画や追悼式でタイタニック号に乗船していた1,502人の死亡の100周年を追悼することになるとはなんと皮肉なことか。けれども、今年も一日も欠かさずに、その3倍も多い子供が水の問題のゆえに死亡するが、世界の人々がこのことをほとんど気に留めていないのはあきれるばかりである。
  • 水と下水設備のないことによる病気は、いかなる戦争の銃よりも多くの命を奪っている。

また、同氏は、A Human Development Approach to Water Security(水安全保障への人類発展の取り組み)という論文のなかで、次のようにも述べている。

  • 安全な飲料水と十分な下水設備が提供されれば、暮らしが改善されて貧困が減り、途上国の地域社会で雇用が創出され、生産性を低下させる病気の循環が取り除かれ、得られる健康貯蓄をほかのニーズに向けなおすことができる。
  • 農業部門に直面する主な課題は、40年の間に、70 %多く食用生物を育てることではなく、むしろ70 %多くの食物が皿の上に置かれて食べられるようにすることである。食物の貯蔵中や物流の間の目減りを減らすことは、より多く生産する必要を補うのに大きな役割を果たす可能性がある。
  • 国連食糧農業機関(FAO)は、2008~2050年にかんがい用水が11%増加すると予測している。このようになると、かんがいのための取水がおおよそ5%増加すると見込まれる。これは、ささやかな増加のように見えるが、その多くがすでに水不足に苦しんでいる地域で起こることになるので、そうではない。

水の安全保障には、長期の政治的な所有と深い関与、開発と人間の安全保障における水の主な役割の認識、および水があらゆる生物にとって根本的に重要であるということにふさわしい予算配分が必要である。