官民連携(PPP:Public-Private Partnership)とは、すなわちその文字通り、官庁と民間が協力して事業を行う事で、PPPは水および公衆衛生の分野におけるプロジェクトにおいてますます重要なファクターのひとつになってきている。とはいえ、水セクターにおけるPPPには様々な形態があり、民間企業による関与の度合いは、個々のプロジェクトの契約形態、契約内容によって三者三様である。ここでは、水セクターにおける官民連携について整理し、その最新動向について概説する。
途上国の水セクターにおけるPPPについて
1990年代、多くの途上国の政府は、都市水道供給および下水処理サービスの変革に乗り出し、様々な契約形態のもと、そのサービス提供主体が民間企業に移管された。これは、官による未熟なユーティリティサービスを、民が有するその専門性や資金、利益指向の姿勢などをうまく利用する事で、そのサービスを改善することを意図しており、1990年以降、2009年までに260以上の上下水道PPPプロジェクトが途上国で実施されている。
しかしながら、途上国の水セクターにおけるPPPの持続可能性についてかねてから否定的な意見が根強くあることもまた事実であり、過去にもいくつかのプロジェクトでその契約が道半ばで打ち切られている。この背景には、途上国では水道供給人口やサービスの質に関するデータがなく、PPPの有用性が深く検証されていないことがある。また、水は人類が有する基本的人権のひとつで、商品として見なされるべきではないとの議論もある。
2009年に世界銀行が発表した報告書“Public-Private Partnerships for Urban Water Utilities—A Review of Experiences in Developing Countries—”によると、途上国の都市圏に住む市民の7%が民間企業の提供するサービスを受けている。賛否両論があるものの、人口増加と水資源の枯渇が進む現状を考慮すれば、今後よりいっそうの水の効率的な利用が求められることは必至であり、そのための方策の一つとしてPPPは今後さらに利用されていくものと予想される。ただし、どのような契約形態が望ましいかは、もちろん吟味されなければならない。
水セクターにおける主なPPP契約形態
水セクターにおけるPPPの形態は、結局のところ各プロジェクトの契約内容によって様々であるが、特に上下水道サービスのPPP形態は大まかに次の4タイプに分類される。
- マネジメント契約
- オペレーション&メンテナンス契約(O&M契約)
- アフェルマージ/リース契約
- コンセッション契約
表:主なPPP契約形態の比較
資産所有権の 帰属先 |
設備投資 主体 |
運営•維持管理の 主体 |
事業(商業)リスクの 主な帰属先 |
操業リスクの 主な帰属先 |
契約期間 | |
---|---|---|---|---|---|---|
参考:アドバイザリー契約(Consultancy Service / Technical Assistance Contract) | 官 | 官 | 官 | 官 | 官 | 1〜3年 |
マネジメント契約 (Management Contract) |
官 | 官 | 官 | 官 | 官民 共同 |
3〜5年 |
オペレーション& メンテナンス契約 (O&M Contract) |
官 | 官 | 民 | 官 | 民 | 5〜10年 |
アフェルマージ/リース契約 (Affermage/Lease Contract) |
官 | 官 | 民 | 官民 共同 |
民 | 8〜15年 |
コンセッション契約 (Concession Contract) |
官 | 民 | 民 | 民 | 民 | 20〜30年 |
参考:完全民営化 (Privatization) |
民 | 民 | 民 | 民 | 民 | 無期限 |
※ 官:公共セクター、民:民間セクター。
以下にて、各契約の概要とその特徴を整理する。
- マネジメント契約
本契約では、水道サービスのマネジメントに関する責任の一部を民間企業が担う。一般に契約期間は3〜5年程度であり、公共セクターが民間セクターに支払う料金は、固定の契約料金と、そのパフォーマンスに応じたインセンティブ(パフォーマンスが悪い場合には罰金)から構成される。本契約形態は、水セクターにおけるPPPの中で最も民間セクターの関与が小さい形態で、民間セクターは設備投資を行わず、その責任も極めて限定的である。本契約では、リスクが小さく、事業の開始、撤退が容易であるというメリットがあるが、コストが割高というデメリットがある。一般的なケースとして、民間セクターによる公共セクターの現場スタッフの教育、トレーニングに関するマネジメント契約が結ばれる事が多い。この場合、民間企業はスタッフを公共セクターに派遣し、指導を行う。 - オペレーション&メンテナンス契約(O&M契約)
本契約では、民間企業が水道サービスのオペレーションおよびメンテナンスを行う。民間企業がその労働者を管理し、オペレーションにかかるコストも民間企業の財布から支払われる。公共セクターが民間セクターに支払う料金は、固定の契約料金と、変動制の料金およびそのパフォーマンスに応じたインセンティブから構成される。O&M契約は、自治体がその水道施設のオペレーション効率を向上させたいが、より民間企業の関与が大きい形態を好まない場合に専ら選ばれる。 - アフェルマージ/リース契約
アフェルマージはフランスで発展してきた契約形態で、新たなインフラへの投資を除き、その上下水道サービスの運営を民間企業に任せる方式をいう。アフェルマージ/リース契契約では、新規設備投資に関しては公共セクターが責任を負うが、サービスの運営は民間事業者に任され、既存設備のメンテナンスに関する投資も民間事業者が行う。一般的な契約期間は8〜15年程度であり、前述のマネジメント契約およびO&M契約と比較して民間事業者の裁量が大きくより大きな利益が見込める反面、負うリスクも大きい。アフェルマージ契約とリース契約の違いは、その収入の割当によるもので、前者では運営を行う民間企業がその料金を消費者から徴収し、水供給量/廃水処理量に応じてその料金を公共セクターに支払う。一方、リース契約でも民間事業者が料金徴収を行うが、公共セクターに支払うのはインフラのリース料金である。 - コンセッション契約
本契約は、アフェルマージ/リース契約に類似するが、その違いは、本契約では新規設備投資に関しても民間事業者が負い、施設の運営から料金徴収まで、その運営に関するすべての責任を民間事業者が負う点である。一方、完全民営化との違いは、そのインフラ所有権を公共セクターが有する点である。本形態は、もっとも民間セクターの裁量が大きいPPPの形態であり、大きな利益が見込める反面、リスクも大きい。
以上、各PPP契約形態の特徴は上述の通りである。従って、上下水道料金およびリスクの観点からみた最良の契約形態は次のように整理できる。
図:上下水道料金およびリスクの観点からみた最良の契約形態
水セクターのPPPにおける最近のトレンド
上述のように、水セクターにおけるPPPにはいくつかのタイプがある。それをふまえた上で、ここでは新興国における水セクターにおけるPPPのトレンドを概説する。
- 水メジャーによる大規模プロジェクトの受注減、現地企業による中小規模プロジェクトの受注増
1990年代、PPPの主役は水メジャーと呼ばれる多国籍企業であった。しかし、最近では現地企業が契約を受注するケースがますます増えてきている。前述の世界銀行報告書によれば、2007年時点で民間セクターのサービスを受けている途上国人口の42%は、途上国をベースとする現地企業のサービスを利用しているという。これらの現地企業は、長期的に事業を継続しやすく、また現地の政治経済的な問題にも対処しやすいメリットがある。
図:各国民間事業者による途上国給水人口推移(単位:百万人)
出典:Public-Private Partnerships for Urban Water Utilities—A Review of Experiences in Developing Countries—
- 長期コンセッション契約からより短期的かつパフォーマンスに基づく契約へ
実際のところ、2001年以降、上下水道セクターにおけるPPPプロジェクトの成約数は減少傾向にある。これは、1990年代にラテンアメリカやアフリカで結ばれたハイリスクな契約(主にコンセッション契約)の反動とも言えるもので、政治的な決断によって多くの契約が打ち切られ、民間企業は大きな損失を被った。その結果、最近ではPPPに携わるすべてのステークホルダーがより慎重になっており、民間企業のPPPに対する関心は下火になりつつある。とはいえ、PPPに未来がない訳ではない。現在の議論は、「官か民か」という形式的かつ無益な議論から、「限られたリソースの中でいかによいサービスを生み出すか」というより本質的かつ生産的な議論に焦点が移ってきている。その結果、官と民の間のボーダーもより曖昧なものになってきている。
現在の第二世代のPPP契約は、1990年代および2000年代初頭の教訓を踏まえ、途上国各国の事情にマッチするよう、より革新的でより内容を精査したものになってきている。コンセッション契約よりもアフェルマージやリース契約(事例:セネガル、カメルーンなど)が好まれ、また、特に最近では3〜5年程度の契約期間にもとづくマネジメント契約が多く結ばれている(事例:ガーナ、アルジェ、アルメニア、ヨハネスブルグなど)。しかし、マネジメント契約では契約期間が短いため、短期間で公共セクターのサービスを効率化させ、かつその効率を契約終了後も維持•向上させるのは容易な事ではない。加えて、特に下水処理場や海水淡水化プラントの建設において、BOT(Build-Operate-Transfer)プロジェクトが増えている。BOTには多額の投資が必要だが、無数の消費者やステークホルダーを対象としたオペレーションよりむしろ単一のクライアントに焦点を絞って事業を進めることができるので、リスクが限定的で民間セクターに好まれている。建設費用や公共セクターによる水購入価格など、諸経費の予測がしやすいことも、採用されやすい理由の一つである。
また、国や地域によるPPPに対する姿勢の違いもある。ボリビアやベネズエラといった一部の南米の国は、いかなる形態のPPPについても否定的である。いっぽう、中国やロシア、東欧、コロンビアなどはPPPを積極的に推進している。 - 公営水企業も他国の水道事業参入へ
官と民という区切りがますます曖昧になるなか、公営企業が他国の国際水プロジェクトを受注するケースが増えている。例えば、モロッコの国営水道公社(ONEP)はカメルーンにてアフェルマージ契約を受注しており、またオランダのVitens Evidesはガーナでマネジメント契約を結んでいる。また、民間企業が公共セクターと株式をシェアする例(Agbarとコロンビアのカルタヘナ自治体)や、公共セクターが株式市場で株式を売りに出す例(サンパウロのSABESP)もある。 - 中小都市や農村部の水セクターに対する関心の高まり
最近では、中小都市や農村部の水セクターに対する関心が高まってきている。多くの中小自治体の担当者は、その業務と責任に疲弊し、民間企業の手を借りる事に関心をもっている。また、中小都市は、国家レベルの政治的干渉を受けにくく、リスクが小さい利点もある。一方、事業規模が小さい、消費者の収入が少ない、家が散在している、地方自治体の担当者がPPPに疎いといったデメリットもある。 - 下水道セクターに対する関心の高まり
かねてからPPPの議論の中心は、上水道セクターすなわち浄水供給であり、下水道セクターは蚊帳の外であった。しかし、排水リサイクルや下水処理に伴う肥料やバイオガスの生産に対する関心が高まり、民間企業による投資意欲も高まってきている。特に、ラテンアメリカでは下水処理率が20%以下にとどまっており、その潜在性は大きい。また、アフリカをはじめとする多くの途上国では、スラムなどの都市人口密集地に下水道を整備する余力はなく、民間企業は特に分散型小規模下水処理サービスに関心をよせている。
終わりに
多くの途上国において、未だに多くの人々が安全な水と公衆衛生サービスにアクセスできておらず、その市場規模は大きい。これらの国では主に上下水道サービスは公営であるが、そのインフラや運営管理能力は脆弱で、改善に対する途上国政府、自治体の要望は大きい。日本でも官民が一体となって海外の水市場をめざす動きが加速しており、アジア地域を中心にプロジェクトも実施されているが、これらはJICAの案件などが多く、途上国の政府や企業、消費者と実際に金銭のやり取りをする案件は見当たらない。公営水道の伝統を有する日本ではその運営ノウハウを官が有しており、官民が連携して海外進出を目指す姿勢自体はすばらしいものだが、欧米の水メジャーは、過去にいくどの失敗を経て、そのノウハウを蓄積してきており、リスクが限定的なプロジェクトにのみトライしていても、得られる経験は大きくない。2013年6月の第5回アフリカ開発会議(TICAD V)でも示されたように、今後の途上国での事業は、「援助から投資へ」とその性格かわってくる事が予想される。途上国の政府や自治体と直接契約を結び、上下水道事業においては少なくともO&Mコストを現地の自治体あるいは消費者から回収するような事業を構築、実践していくことが今後求められていくだろう。また、小規模分散型の浄水供給/下水処理事業などを含む低所得者層を対象としたBOPビジネスモデルも、今後ますます発展していくものと予想される。企業には、商業的に成り立ちかつ社会に真に貢献できる事業を考案する発想力と行動力が求められている。