水不足に伴う今後の成長が期待される水ビジネス(1) 淡水化技術

1. 米国における多様なセクタでの利用が期待される淡水化技術

米国では近年、記録的な干ばつや水需要の拡大による水不足が深刻化しており、これを解決する一つの手段として、淡水化技術が挙げられる。米国における淡水化技術の歴史は古く、1950年代後半に連邦政府が研究開発を開始、60年代に海水から淡水(飲料水)を生成する海水淡水化施設が建設されたものの*1、同施設の導入が本格化したのは2000年以降である*2。米国では現在、カリフォルニア州、フロリダ州、テキサス州などを始め、多数の海水淡水化施設が稼働している。特に、過去数年間記録的な干ばつに直面しているカリフォルニア州では、1日当たり5000万ガロンの製造能力を抱える海水淡水化施設が2015年12月にサンディエゴ近郊のカールスバッドにて操業を開始したほか、ハンティングトン・ビーチでも、大規模な海水淡水化施設を2018年に建設する計画が進められているなど、海水淡水化施設の導入が拡大しつつある。

米国で建設された淡水化施設は主に、海水から淡水を生成する飲料水用途であるものの、塩濃度が高い地下水や廃水等から塩分を除去、淡水(純水)を製造する脱塩技術として、産業セクタへの応用も可能である。特に、シェールガス採掘に主に活用されている水圧破砕法(フラッキング)の廃水処理を始め、石油化学、発電、食品、製薬、マイクロエレクトロニクス、製紙・パルプ、鉱業といった、大量の水を必要とする産業セクタでは、淡水化(脱塩)技術のニーズが今後増加すると見られている。民間調査会社GWI社によると、2013年から2017年までの5年間における世界淡水化市場は28億2,000万ドルに達し、このうち米国市場は6億3,000万ドルを占めるなど、米国では淡水化市場の成長が見込まれている。

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図 淡水化市場規模の国別内訳
(出典:GWI社*3

 

2. 政府による淡水化技術の積極支援

連邦政府による淡水化技術の研究開発への投資は1950年代後半に開始され、なかでも内務省(Department of Interior)は、淡水化及び水の再利用に関する研究開発及び実証に従事している。同省土地改良局(Bureau of Reclamation)は、淡水化・浄水研究開発プログラム(Desalination and Water Purification Research and Development、以下、DWPR)を展開しており、①米国における利用可能となる水供給の拡大、②淡水化による環境影響の把握と抑制、③淡水化のコスト削減を主目的としている。直近では2015年12月に、5~15件の研究開発プロジェクトに最大15万ドル(1件当り)、更に1~5件の実証パイロットプロジェクトに最大40万ドル(1件当り)の補助金を提供する方針が発表された。近年における連邦政府全体の財政危機の影響もあり、DWPRによる財政支援は停滞しているものの、エネルギー分野の最先端研究開発を支援するエネルギー省高等研究計画局(Advanced Research Projects Agency-Energy:ARPA-E)や国立科学財団(National Science Foundation:NSF)などの連邦政府も、近年における水不足の影響を受けて、淡水化技術の研究開発へ投資している*4

一方、州政府による淡水化技術の導入支援も見受けられる。例えば、海水淡水化施設が導入拡大するカリフォルニア州では2015年5月、これまで海水淡水化施設の建設には、複数の政府機関が関与し承認手続きが複雑であったが、同施設の建設に必要となる許認可取得プロセスを簡素化する、州海洋水質関連規則「Ocean Plan」が改正された*5。同規則では、許認可プロセスの簡素化に加えて、海水の取水や海洋への排水、モニタリングや報告等の要件も策定されている。同規則改正を通じて、新規施設の建設や既存施設の拡大に必要となる許認可手続きや遵守すべき要件が明確化され、同州における海水淡水化施設の建設促進を後押しする一因になるものと見られる。

 

3. 淡水化技術の種類と主要プレーヤーによる取り組み

淡水化技術(脱塩技術)の主な種類として、①海水(塩水、廃水)を蒸発させ淡水を生成する蒸発法(MSF、MED等)、②海水を膜で分離し淡水を取り出す膜分離法(主にRO)などが挙げられる。また、塩分が水に溶解すると、陽イオンと陰イオンに分離される特性を活用し、陽イオンに陽極、陰イオンに陰極の直流電圧をかけて淡水を取り出す電気透析法(ED: Electro Dialysis)なども存在する。これらの淡水化技術のうち、世界市場で最も現在導入されている技術は膜分離法であり、全体の約6割を占める。続いて、MSFが全体の3割弱を占めている(2011年時点)。

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図 世界市場で導入される淡水化技術の種類
(出典:GWI社)

淡水化市場の主要なプレーヤーとして、GE社、IDEテクノロジーズ社(IDE Technologies)、ヴェオリア社(Veolia)などが挙げられる。これらの企業は、独自技術を活用し、海水淡水化や産業セクタを対象とした脱塩による廃水処理サービスの提供等に取り組んでいる。各社における主な取り組みと最新の米国での動きは以下のとおりである。

表 淡水化技術主要ベンダ(一例)
(出典:各種情報よりエンヴィックス作成)

ベンダ名 本拠 所有技術 概要
GE社
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米国 RO 膜分離法を活用した淡水化施設を世界各国で250以上設置した実績を有する。ニューヨーク州に位置する同社研究施設のGEグローバルリサーチは、2015年11月、3Dプリンタで製造した同社製蒸気タービンのターボ機械ミニチュア版を用いて、空気と塩と水との混合物の凍結に成功した。海水を凍結させることで、結晶となった塩と氷(真水)とを容易に分離させることが可能となり、従来手法と比較してコストを20%削減できる。
IDEテクノロジーズ社
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イスラエル RO、MED イスラエルに拠点を構える水処理ソリューションの開発事業者であり、海水逆浸透法(膜分離技術)を中心とした大規模な淡水化施設の設計・建設に従事している。米国では、カリフォルニア州カールスバッドの海水淡水化施設を手がけた。同社は、カリフォルニア州、テキサス州、フロリダ州における淡水化施設の建設計画プロジェクトに参画しており、カールスバッド海水淡水化施設の成功を踏まえて、米国でのプレゼンスを強化する方針である。
ヴェオリア社
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仏国 RO、MSF、 MED、MEDとROのハイブリッド 世界108か国以上に、様々な規模の高塩濃度地下水・海水淡水化施設の設置を手掛ける。同社は2016年2月、米水処理ベンダのエンバイロ・ウォーター・ミネラル社(Enviro Water Minerals:EWM)と提携し、テキサス州エルパソにて稼働する世界最大規模の内陸型淡水化施設「ケイ・ベイリー・八チンソン(Kay Bailey Hutchison)」にて排出される廃水から塩とミネラルを抽出し、飲料可能な真水を生産する水処理施設を建設することを発表した。同施設は2017年前半に稼働開始の予定で、純水の製造能力は1日当たり200万ガロンに達する。ヴェオリア社は同施設を今後10年間にわたり運用・保守を担当する。

米国ではまた、上記の主要プレーヤーのみならず、ファウンテイン・クオイル社(Fountain Quail)、インテブラス・テクノロジーズ社(INTEVRAS Technologies)、オクソル社(Auxson)などの企業が、蒸発法や膜分離法などの淡水化技術(脱塩技術)を活用して、米国におけるシェールガス採掘における廃水処理ビジネスに参入している。

 

4. コスト削減を実現する新規技術を開発する最近のベンダの動き

このように、淡水化技術が既に商用化されているものの、様々な課題が見受けられる。蒸発法は、海水を蒸発させるために大量の熱エネルギーが必要となり、エネルギーコストが増加する。一方、膜分離法は、浸透膜へ生物付着により淡水化の効率性が低下するほか、浸透膜にろ過させる際に海水を高圧化するため、大量のエネルギーが必要となる。カリフォルニア大学デービス校の試算によると、淡水化施設による水の生成コストは、1エーカーフィート(1,233立方フィート)当たり500~2,500ドルに達し、地下水からの飲料水の生成コスト(同300~1,300ドル)と比較して、高額である。

そのため、コスト低下が実現できれば、米国淡水化市場への参入、シェアの拡大が期待できることから、画期的な新技術の開発にしのぎを削るベンダも見受けられる。カリフォルニア州ラ・ミラダに拠点を構える廃水処技術ベンダであるバイオラーゴ社(BioLargo)は、石油・ガスセクタにおける利用を目的とした分離膜「AOSフィルター」を開発した。また米大手軍事企業のロッキード・マーティン社(Lockheed Martin)は、廃水処理施設や発電、食品や製造業を対象とした、グラフェンを用いた「パフォレン(Perforene)分離膜」の開発に最近成功した。バイオラーゴ社が開発した「AOSフィルター」は、ヨウ素とろ過素材の電気化学反応を組み合わせることで、生物が生存不可能な高い酸化状態を生み出し、生物付着率を大幅に減少させるほか、淡水化に必要な電力は従来技術の20分の1程度となる。同社は、「AOSフィルター」を第三者へライセンス供与する予定であり、近々商用化されるものと見られる。一方、ロッキード・マーティン社が開発した「パフォレン分離膜」の素材であるグラフェンは他の分離膜と比較して500倍薄いものの、強度が向上するほか、従来膜と比較して電力消費量を100分の1に低減させることが可能とある。実用化まで数年かかる見通しであること、「パフォレン分離膜」自体の製造にコストがかかることなどの課題も残されているものの、淡水化プロセスに要するコストを大幅に削減できる技術として注目されている。

また、最近では、高額なコストを要する、蒸発法や膜分離法に依存しない新たな淡水化手法の開発も進んでいる。マサチューセッツ工科大学(MIT)は2015年11月、分離膜を活用せずに、海水(廃水)から塩を分離する「ショック電気透析(shock electrodialysis)」手法の開発に成功したと発表した。同手法は、微小のグラス粒子で製造された低廉な多孔質材に海水(塩水)を流し込み、電気を送ることで塩と水とを分離する。MITは、実用化に向けた次のステップとして、ラボスケールの同技術を実用レベルへ拡張することを目指している。

また、イリノイ大学も、従来型手法とは異なる淡水化技術を開発した。同大学は2016年2月、バッテリーを活用した淡水化技術を開発したことを発表した。バッテリーの陽極と陰極を区切り、イオンが双方の電極を行き来できる状態でバッテリーを塩水で浸して放電すると、塩の構成物であるナトリウムイオンと塩化物イオンが片側の電極に、純水が反対側の電極に集積する。同プロセスで必要となる電力は最小限に留まることから、従来の淡水化プロセスに要するエネルギーコストが大幅に削減される。

 

まとめ

このように、米国では、記録的な干ばつやフラッキングなどの産業活動の成長に伴う水需要の拡大が見込まれており、今後、水不足は深刻化していくものと見られている。淡水化技術は、水不足を解決する一つの手段として注目されており、大手企業を始め、新興ベンダなどの様々なプレーヤーが米国市場へ進出、市場競争が激化している。しかし、既存の淡水化技術は、多大なエネルギーを必要とし、高額なコストが課題であることから、米国における淡水化技術の普及拡大には、コスト削減が必須である。既に一部の米国ベンダや大学機関等が、コスト削減を目指した研究開発を進めており、今後の商用化が注目される。多様なプレーヤーが乱立する米国淡水化市場への新規参入や事業拡大には、淡水化コストの大幅削減につながる新技術の開発、迅速な商用化が鍵となる。

*1 National Academies, “Desalination: A National Perspective”, 2008
http://www.nap.edu/catalog/12184/desalination-a-national-perspective

*2 1970年代から1990年代までの30年間に米国で建設された淡水化施設数は207件であったが、2000年から2010年までの10年間では、同施設の建設数は117件に及ぶ。

*3 GWI, Industrial Desalination & Water Reuse Technologies market to approach $12 by 2025
http://www.globalwaterintel.com/industrial-desalination-water-reuse-technologies-market-approach-12bn-2025/

*4 Congressional Research Service, “Desalination and Membrane Technologies: Federal Research and Adoption Issues”, January 2, 2015
https://www.fas.org/sgp/crs/misc/R40477.pdf

*5 修正内容は以下の資料を参照。
CA State Water Resources Control Board, “Final Desalination Amendment”
http://www.waterboards.ca.gov/board_decisions/adopted_orders/resolutions/2015/rs2015_0033_sr_apx.pdf

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