英国マンチェスター大学は2017年4月3日、海水を淡水化して飲料水を製造することができる酸化グラフェン膜の開発に成功したとして、この研究成果をNature Nanotechnology誌上で発表した[1]。同大学は発表の中で、この膜は水不足に苦しむ世界中の多くの人に飲料水を提供する現実的な可能性を持つものだと期待を寄せている。
酸化グラフェン膜はこれまで、いわゆる「分子ふるい」として気体の分離や水の濾過に利用できる可能性が注目を集めており、マンチェスター大学の国立グラフェン研究所(National Graphene Institute)は過去、酸化グラフェン膜を用いてサイズの小さいナノ粒子や有機分子、サイズの大きな塩類の濾過が可能だと報告していた。しかし、一般的な塩類を濾過するためにはより小さな細孔が必要であり、この膜による海水淡水化は実現していなかった。また、あわせて、マンチェスター大学の過去の研究では、酸化グラフェン膜は水中に沈めるとわずかに膨張し、イオンやサイズの大きな分子は取り除くことができる一方、サイズの小さな塩類は水と一緒に細孔を通過してしまうとの報告がなされていた。この膜の研究開発をさらに進め、水に触れても膨張しないようにしたものが今回の膜である。細孔のサイズは正確に制御することができ、塩水から安全な飲料水を製造することができるという。
一般的な塩類が水に溶解すると、塩の分子は必ず周囲に水分子による「殻(Shell)」を形成する。この殻があるため、塩の分子は酸化グラフェン膜の毛細管を水と一緒に通り抜けることができない。一方で、水分子は膜のバリアを通り抜けることができ、それもこの膜に特異的な速度で通過するという。この性質が淡水化膜としての利用に理想的な理由である。研究グループのRahul Raveendran Nair教授は、今回の技術について、「原子サイズの均一な細孔を持つスケーラブルな膜を実現したことは大きな前進であり、高効率な淡水化技術の新たな可能性を開くものです。これは本分野において明確な成果が見られた初めての実験であり、さらに我々は今回発表した技術のスケールアップと、必要なサイズの細孔を持ったグラフェン膜の大量生産を実現する可能性を現実的なものとして証明することができました」と説明した。
研究グループのリーダーはJijo Abraham氏とVasu Siddeswara Kalangi氏が共同で務めており、このうちAbraham氏は次のようにコメントした。「今回開発された膜は、塩水の淡水化に利用できるだけでなく、原子レベルで細孔のサイズを微調整できるため、取り除きたいイオンのサイズに合わせてオンデマンドな濾過ができる膜の製造可能性を開くものとなるでしょう。」
気候変動の影響により、近代的な都市における水の供給量は低下を続け、豊かな先進国は海水淡水化技術に資金を投じている。2017年2月にカリフォルニアで深刻な洪水が発生したあと、経済的な余裕がある大都市は代替的な手段について検討を始めている。国連は、2025年までに世界の14%の人が水不足に直面するとの予測を発表しているが、今回の酸化グラフェン膜が実用化されれば、水不足の国や地域における安価な淡水化獲得手段となる可能性がある。また、酸化グラフェン膜システムを小規模サイズで製造することができたなら、大規模な水処理プラントを建築する経済的基盤がない国にも導入し、必要な浄水を製造することができると期待されている。
[1] Jijo Abraham et al., 2017: Tunable sieving of ions using graphene oxide membranes, Nature Nanotechnology, doi:10.1038/nnano.2017.21
https://www.nature.com/nnano/journal/vaop/ncurrent/full/nnano.2017.21.html