米エネルギー省のパシフィック・ノースウェスト国立研究所(PNNL)を中心とした材料科学者らがこのほど、膜状の物質が自然に巻き上がって最後には完全な円筒状になる微小なチューブを開発した[1]。このナノチューブはヒトの髪の毛の何千分の1ほどの太さで、水の濾過や再生医工学などの多くの用途への応用の可能性を秘めている。この研究プロジェクトを率いるPNNLのChun-Long Chenは、細胞内の微小管と呼ばれる蛋白質の繊維構造からこのチューブの着想を得た。Chenはつぎのように述べている。「細胞の構造はとても美しい。われわれは、微小管の構造にそっくりでさまざまな技術的応用に耐える安定な人工組織をつくろうと考えた」
微小管を模倣
微小管は、細胞分裂の際にDNAの組織を保持したり、細胞内で内容物を往き来させる通路を形成したりするのに役立っている微小なチューブである。この細胞内の道路ともいえる微小管は、蛋白質の長い鎖が合わさってできた中空の硬いチューブで、一様だがダイナミックな構造をもち、これがChenをはじめとする科学者らにヒントをあたえた。Chenのグループは、微小管のようなごく小さなチューブを使い、塩などの分子を内部で捕捉しつつ純粋な水のみを通す強靭な濾過システムをつくりたいと考えている。さらにこのグループは、このチューブ上で幹細胞が成長する過程でどのように変化するかを観察することにより、幹細胞がさまざまな環境に適応するようすをモニターしたいと考えている。
しかし、こうした目的に微小管そのものを使うことはできない。微小管は強固でしかも刺激に対する応答性にすぐれてはいるが、温度変化や微生物の影響をうけやすくもある。たとえば、「微小管を水の濾過に使いたいとは思っても、細菌に食べられるおそれのあるフィルターをつくろうとは思わないだろう」とChenは言う。
そこで研究チームは、蛋白質に似たペプトイドと呼ばれる分子を使って人工の微小管をつくることにした。ペプトイドは蛋白質と同様に、基本要素の繰り返しパターン、それもやや変化をもたせた繰り返しパターンでできているが、ペプトイドのほうが蛋白質よりも安定性にすぐれている。ペプトイドによるこの新たなナノチューブは、独特な方法で形成される。まず、小さなペプトイド粒子が薄い層を形成する。つぎに、その薄いシートの1辺がまるく閉じ、それがしだいに全体に及んで最終的には継ぎ目のない1本のチューブができあがるのである(下図)。
図 ナノチューブの形成過程
(出典:Haibao Jin et al.(2018)より引用)
ナノ・ツールキット
このナノチューブをつくるために、科学者らはさまざまな技術を駆使した。そのなかには、エネルギー省ローレンス・バークレイ国立研究所にある同省のふたつの科学局ユーザー施設――改良型放射光施設と分子ファウンドリー(ナノテクノロジー研究施設)――で利用できる技術も含まれている。Chenらのチームは、このナノチューブのサイズ等の調節がきわめて容易であることを発見した。チューブの長さ、直径、壁厚、および硬さを、その成分構成を調整したり溶液の酸性度を変えたりすることで制御することができるのである。ナノチューブの剛性を試験するために、Chenのチームはチューブに圧力をかけて形状の変化を測定した。その結果、チューブには、生体組織と、それよりも硬いガラスや雲母などとの中間程度の剛性があることがわかった。これは自分がしようと思っている実験にちょうどよいとChenは言う。
しかし、Chenはまだ先をめざしている。Chenの目標は、構造と機能の両面で自然そっくりな何かを創り出すことだ。これについてChenはこう述べている。「自然はあらゆる種類のすばらしい例を見せてくれている。魚は、塩分濃度が高くてもそれに煩わされることなく海の水を飲むことができる。われわれのナノチューブを含む人工の細胞膜をつくることでこれを真似ることができれば、世界がいま直面している大きな諸問題のいくつかを解決することが可能になる」
[1] Haibao Jin et al., Designable and dynamic single-walled stiff nanotubes assembled from sequence-defined peptoids, Nature Communications, doi:10.1038/s41467-017-02059-1
https://www.nature.com/articles/s41467-017-02059-1