近年、中国の水分野関連事業は、都市部を中心とする下水処理インフラ整備から汚染河川の修復事業まで各関連サブ分野に浸透・拡大し、ハイスピードで展開している。その中で、IT技術の積極的な導入は、水セクターにおける管理能力向上の重要な手段の一つとなりつつある。今回のコラムでは、「十三五」時期(2016-2020年)以来、情報技術、特にIoTやビッグデータ関連技術の中国水セクター分野での応用状況及び発展方向を解説する。
1. IT技術の中国水セクターでの応用分野と発展現状
IT関連技術の水セクターでの活用及び事業に関して、中国ではよく「智慧水務」(英語表記ではsmart water)と呼ばれているが、水源、飲用水水源、給水、排水、洪水対策など広範囲での応用が全面拡大している。管理情報化の進歩としてはモノのインタネット(IoT)、クラウドコンピューティング、ビッグデータなど新しいIT技術を水セクターで有効活用することで、監視・管理・予報能力のグレードアップ、政策・計画作りの正確性・有効性の向上などに繋がっている。
1.1 政府管理部門による水環境質及び重点汚染源におけるモニタリングにおける応用
環境監視分野に関して、中国国務院は2015年7月に「生態環境監測網建設法案」を公表し、新たな環境監視体制の構築を明確にした。それによって、環境管理手段、環境における監視能力のグレードアップが要求されている。2016年に生態環境部は、「“十三五”国家地表水環境質量監測網設置方案」を公布し、水分野に関して、2767か所の国家レベルの河川・湖における水質測定ポイントの設置を要求し、すでに完成している。そのほか各地方政府も省レベル、市レベルの監視体制の構築を加速している。また地下水に関しては、全国において国家レベルの水質測定ポイントがすでに1000か所以上、地方レベルに関して5100か所以上設定されている。2019年3月に生態環境部が公布した「地下水汚染予治実施方案」では、2025年までに全国における地下水環境監視ネットワークの構築を要求している。1万5000か所以上の汚染物排出の多い企業・施設が国家レベルの重点固定汚染源に指定され、廃棄物排出口にオンライン監視装置の設置およびデータの主管政府部門への提出が義務付けられている。そのうち廃水排出企業、排水処理施設が合わせて7000か所を超えている。また各地方では所在地域の状況により省レベル・市レベルの重点固定汚染源を指定している。また企業の汚染物排出における管理を徹底するため、2017年から汚染物排出許可書制度の実施し、2019年6月までに汚染物排出主要企業5万1000社[1]に対して認証・発行を実施している。
こうした環境質監視ネットワークの構築、汚染物排出企業への管理の強化に伴い、オンラインデータを含む膨大なデータの集積、管理、可視化、分析ニーズが中央政府から地方政府まで急速的に拡大している。「“十三五”国家地表水環境質量監測網設置方案」ではすでに生態環境監視ビッグデータ・プラットフォームの構築を明確に要求していた。2016年3月には、「生態環境ビッグデータ建設総体方案」が公布された。5年以内に“ビッグデータの応用プラットフォーム”、“ビッグデータ管理プラットフォーム”、“環境ビッグデータ・クラウドコンピューティングプラットフォーム”といった三つのプラットフォームおよび基準規範体系、統一運営情報安全体系を構築し、それにより生態環境における対策策定の科学化、管理の精確化、公共サービスの便利化を図っている。
2015年以降、中国政府における環境ビッグデータを含む環境分野における情報化関連大型プロジェクトが急増し、2014年の83件から2018年には448件に増加している[2]。こういったプロジェクトは、中央政府において上述のように“ビッグデータの応用プラットフォーム”、“ビッグデータ管理プラットフォーム”、“環境ビッグデータ・クラウドコンピューティングプラットフォーム”の3つのプラットフォームを中心に展開している。地方レベルとしては、山東省、広東省、福建省、北京市を代表とする各地で展開している。ここでは、2018年末に完成・稼働した重慶市の水汚染防止管理システムプラットフォームを例として紹介する。同プラットフォームは、重慶市生態環境ビッグデータ構築事業の一環として構築され、市内の6つの水系、214の重要河川、18か所の飲用水源保護地及び廃水を排出する主な工業団地、重点企業、排水処理場の水質関連測定データを統合し、データ分析、複合基準判断、トレント予測、可視化などの機能を実現し、重慶市の水環境監視及び重要汚染源管理監督に役割を果たすことが期待されている。
1.2 都市部河川水質管理における応用
中国の都市化の加速に伴い、都市部の市街化区域での河川・湖汚染問題いわゆる「黒臭水問題」が深刻となり、その改善が“十三五”期間中において重要課題となっている。2015年に国務院により公布された「水汚染防止行動計画」では、2020年までに地級レベル以上の都市において市街化区域での黒臭水域を全体の10%以下に減少させ、2030年に全面解決させるといった目標をあげている。一方、そのような河川の場合、大きなものはわずかで、そのほとんどが国や省レベルの監視体制に入っておらず、現状把握、対策の効果検証が難しい。そこでIoT技術、クラウドコンピューティング等の技術の活用によって監視管理体制を有効に構築しようという動きがみられるようになっている。2019年末に始まった広東省深セン市河流水質科技管理プロジェクトがその典型例である。同プロジェクトは、深セン市管轄範囲内主要河川、黒臭水問題が残っている水系を対象として、監視・管理体制の構築を目的としている。主な任務としては、以下のとおりである。
- 既存水質測定ステーションをベースに、新たに小型水質オンライン測定ポイント122か所の設置
- 重要箇所における監視カメラ132台の設置およびオンライン監視;
- 重要主要河川、178か所の主要黒臭水域、約3200か所の重点汚水排出口と一般排出口、1467箇所の小規模黒臭水域における定期巡検;
- データープラットフォーム及び分析システムの構築によりオンライン測定データ、人工採取データ、監視カメラデータ、巡検データ及びその他の関連データの統合、分析などが含まれている。
このような事業は、近年各地で展開し始めているが、同プロジェクトのような地域全体に及び、投資額が1億元を超える大規模なものはまだ少ない。
1. 3 生活排水処理分野での応用
2010年以降、中国の生活排水処理関連インフラの整備が加速し、都市部を中心に生活排水の処理率が大きく向上している。一方で農村部に関しては、都市部に比べ関連事業の進展が比較的に遅れ、「十三五」期間中において重要改善分野の一つとなっている。農村部の生活排水処理事業において、分散型の小型施設が多く、建設事業が進んでいる一方、施設の運転管理が大きな課題となっていた。近年、江蘇省や浙江省を代表とする沿海部を中心に、GIS、IoT、クラウドコンピューティング等の技術の活用により分散型農村部排水処理施設における遠隔監視システムの開発、導入が加速している。すでに実用段階に移している江蘇省常熟市の場合、初の県レベルの遠距離コントロールシステムを構築し、2019年までに建設された遠距離監控センターによって、1264 km2にも及ぶ県域内で建設されている9882か所の分散型排水処理施設・装置の監視管理を実現している。遠距離監視システムにより、監控センターまたは移動端末のAPPにより各施設における設備管理、運行状況確認、異常時の人員手配が可能になっている。
また都市部排水分野に関して、都市部地排水管の建設事業も拡大しつつある。それに伴う地下配管のスマート化管理のニーズも現れている。地下配管において、通過した水量を動的に検知できるスマート・マンホールの導入、重要ポイントでの水位流量計の設置、ポンプの遠距離管理、配管点検ロボットの導入などの取り組みのもと、GPRS、IoT技術によりそのデータを一つのシステムに統合し、データの分析により地下配管の総合管理が行われている。現段階で一部の企業がソリューション案を開発し、北京市等の地域に実験的に導入が進んでいる。
そのほかIT技術の給水分野(スマート水道メーターの導入など)、水利分野、洪水対策分野への応用も拡大しつつある。
2. 市場発展状況とサプライチェーン
中国の「智慧水務」関連市場規模に関して公式な統計データが乏しいものの、需要が拡大する分野であるとみられ、2017年の時点ですでに70億元前後に達し、2023年までに250億元にものぼるという研究機関の予測も出ている[3]。
「智慧水務」関連事業内容は主にトップデザインを担当する計画・設計作成、環境データの計測、データの転送、データの標準化・分析、データーベースの構築、応用システムの開発、政策決定へのサポートなどの部分から形成されている。それによって同分野で事業を展開する企業は主に環境測定・計量装置メーカー、IT企業、通信企業、総合ソリューション案を構成する研究機関、給水・排水処理分野の総合大手企業などから成る。
表 智慧水務におけるサプライチェーンの構成
項目 | 業務内容 | 主体 |
計画と設計 | プロジェクト計画の策定 | 大学研究機関、各分野の専門企業 |
応用システムと可視化 | データの活用による汚染源管理、監視、予測などの業務内容ベースの実用管理システムの構築 | IT専門企業 研究機関 |
データベースの構築 | 業務内容をベースとして、IT技術の応用によるデータの標準化、基礎データベースの構築、データ分析モデルの開発などによる情報共有フォームの構築。 | IT専門企業
|
データ転送 | 通信技術の改善による、収集したデーターの効率的な転送 | 通信専門企業 |
環境データの測定 | 環境測定装置、汚染源オンライン監視装置などによる監視、必要とするデータの採集。 | 測定装置メーカ― |
当該分野の立案においてはトップデザインとなる計画・設計が必要とされる。特に政府の案件においては、事業のフィージビリティ調査(FS)、マスタープラン、フィージビリティ研究報告書、初期設計といった段取りをまとめ、予算形成された後に、事業が入札段階に入ることができる。この分野において関連技術を熟知する清華大学・環境学院といった大学研究機関や、太極といった大型IT企業などが主なプレイヤーである。プロジェクト規模は大体数億円から数十億円になり、革新的な解決案や先端技術の導入などに当たっては設計者の役割が大きい。
測定・計量装置メーカー企業に関しては、大手メーカーの聚光科技(杭州)股份有限公司、雪迪竜科技股份有限公司を代表とする環境測定装置メーカー企業;寧波水表股フン有限公司、新天科技股フン有限公司、三川智慧科技股份有限公司を代表するスマート水道メーターメーカー企業が積極的に参入している。
IT専門企業の場合、北京思路創新科技有限公司、中科宇図科技股份有限公司、深セン市博安達情報技術股フン有限公司、軟通智慧科学技術有限公司のような環境分野に特化したIT専門企業、また当該分野におけるベンチャー企業が多数出てきており、こういった企業が大きな市場シェアを獲得している。一方で近年は華為技術有限公司、アリババ網絡技術有限公司、深セン市騰訊計算機系統有限公司のようなIT分野の最大手企業も積極的に同分野に進出している。
給水・排水処理企業に関して北控水務集団有限公司、北京首創股フン有限公司、成都興蓉集団股フン有限公司、華電水務科技股フン有限公司などといった全国範囲で事業を展開し、数多くの給水・排水施設を運営管理している大手企業も同分野に力を入れている。
そのほか中国国内通信最大手の中国移動通信集団、中国聯通集団も同分野で進出し始めている。また市場ニーズの拡大に伴い、サプライチェーンに入っていない企業も資金や自社の特徴を生かして同分野へ進出する動きを見せている。前述の黒臭水対策に関する深セン市河流水質科技管理プロジェクトは2019年9月に国内不動産大手の深セン市万科物業服務有限公司により落札された。
3. 関連プロジェクトの在り方
中国「智慧水務」関連業務は、政府の管理ニーズに基づくものが多く、関連事業の発注側は、中央・地方政府の環境・水利関連管理部門または工業団地の運営管理部門、地域ベースの給水・排水事業を担う政府系国有企業がほとんどである。プロジェクト事業者の選定も一般的には政府の関連規定に沿った公開入札の形で選定されている(一定金額以下の小規模事業の場合、状況によって随意契約もありうる)。
関連プロジェクトの在り方は、発注側の要求に沿ったソフトウェアの開発が中心であるものと認識されていたが、近年、特定地域の水セクターのスマート化管理における全体の設計、センサー・測定器の購入・設置、情報の遠距離通信、データの収集、データベースの構築、分析モデルの開発、監視管理における運営ソフトウェアの開発、可視化関連ハードウェアの設計・製造・設置などを含む総合的な大型プロジェクトも現れている。2019年に華為社(ファーウェイ)と平安国際が連合体の形で落札した深セン市智慧水務一期プロジェクトがその典型例で、落札金額は4.55億元にも及んでいる。
表 典型的な智慧水務プロジェクト例(2019年6月以降)
プロジェクト名 | 発注者 | 時間(落札) | 事業者 | 金額 |
深セン市河流水質科技管理プロジェクト | 深セン市生態環境局 | 2019年9月 | 深セン市万科物業服務有限公司 | 1.90億元 |
深セン市智慧水務一期プロジェクト | 深セン市水務局 | 2019年12月 | 華為技術有限公司と平安国際智慧都市科技股
フン有限公司 |
4.55億元 |
“智水蘇州”2019年度プロジェクト | 蘇州市水務局 | 2019年10月 | 中国移動通信集団蘇州有限公司 | 1.17億元 |
無線遠距離通信スマート水道メータープロジェクト | 黒竜江省七台河市給水・排水総公司 | 2019年12月 | 寧波水表股フン有限公司 | 5464万元 |
排水配管調査とスマート排水システム建設プロジェクト | 重慶市江北区市政施設管理所 | 2019年6月 | 重慶市市政建設研究院 | 3907万元 |
“智慧水務”情報システムプラットフォーム建設プロジェクト | 貴州省六盤水市水務局 | 2019年9月 | 四創科技有限公司 | 430万元 |
湘江新区智慧水務建設一期プロジェクト(竜王港流域智慧水務建設) | 長沙先導都市建設投資有限公司 | 2019年12月 | 湖南力唯中天科技発展有限公司 | 2370万元 |
鄭州市スマート給水プロジェクト(配管網オンライン観測設備、遠距離通信スマート水道メーターの導入) | 鄭州市水道投資控股有限公司 | 2019年10月 | 鄭州三強市政工程有限公司 | 2351万元
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崇明区智慧水務一期プロジェクト | 上海市水防弁公室 | 2019年10月 | 上海東浩蘭生智慧科技有限公司 | 2166万元 |
青島市生態環境ビッグデーター工程プロジェクト | 青島市環境情報センター | 2019年10月 | 啓迪国信科技有限公司、青島啓迪ビッグデーター有限責任公司連合体 | 1859万元 |
4. 今後の発展方向と展望
近年中国では、都市部を中心とする環境インフラの整備がハイスピードで進んでいる。中西部の中小都市及び広範囲の農村部では関連施設の建設ニーズがまた大きいものの、都市部においては上水・排水施設が概ね整備され、今後は大規模な関連インフラ施設建設の需要が縮小していく方向であると広く認識されている。一方、既存施設の運営管理、環境監視、汚染事故リスク防止、水資源の有効利用、黒臭水対策のような生態環境事業などが新たな課題となっている。それに加えIT技術の活用により、環境質監視体制の強化、汚染源における管理能力の向上も、中央政府の直接の推進のもと着々と進んでいる。
それによって関連分野において大きな市場ニーズが生まれているが、中国の智慧水務関連業務はハイスピードで拡大しているものの、基準システムの不健全、データ品質の低下、部門間システムの互換性問題などの課題が残り、発展の初期段階ともいえる。しかしながら、政府による推進、市場の拡大、有力企業の参入によって、今後もIT技術の環境分野での応用が更に全面的に進み、有望分野であると考えられる。
[1] 生態環境部2019年6月統計より
[2]「中国生態環境ビッグデータ白書(2019)」北京清華工業開発研究院環境ビッグデータセンター
[3] 「中国智慧水務業界趨勢与投資計画分析報告」前瞻産業研究院 2018年