合成ナノチューブに自然のアクアポリンをしのぐ浄水能力

浄水の未来への大きな可能性を秘めた研究論文がScience誌に掲載された[1]。この研究でカリフォルニア大学マーセド校のAleksandr Noy教授とローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)の研究者らは、障壁に穿ったカーボン・ナノチューブ・ポリン(CNTP)――純粋炭素の障壁に微細なストローのように穿った中空のシリンダー――が純粋な水は通すが不純物は阻止することをつきとめた。また、CNTPのこの浄水能力は、これまで知られているどの材料よりもすぐれていることもわかった。CNTPは直径が人間の毛髪のおよそ10万分の1ときわめて細く、そのため、液体の水がそこを通り抜けるには水の分子が1列の鎖のように整列する必要がある。この過程で、溶解した塩分が、たとえ塩分濃度が海水よりも高い場合であっても、水から分離される。


図 膜に埋め込まれたCNTP(図中の灰色部分)の3次元モデリング
(出典:カリフォルニア大学)

 

浄水性能のゴールド・スタンダード、アクアポリン

水を汚染物質から分離するのに微細孔を利用する材料自体は、目新しいものではない。淡水化のほとんどの技術はこの原理の上に成り立っている。自然界でも、アクアポリンがほぼ同じ原理で純水を得る役割を果たしている。アクアポリンは、バクテリアからヒトにいたるまでのあらゆる生物の細胞膜にあるタンパク質で、細胞に出入りする水の流れを調整する自然の水路である。アクアポリンはそのユニークな化学構造ゆえに、水分子と他の粒子とを区別することができ、水のみをきわめて選択的に透過させる。「浄水に使う合成膜はアクアポリンよりも何桁か性能が劣る。アクアポリンは膜の性能を判断するゴールド・スタンダードだ」とNoy教授は言う。

このため、アクアポリンをベースにした浄水システムをつくる試みがなされてきたが、ほとんどが失敗に終わっている。そうした技術は大きな規模で応用することがむずかしいからだ。加えて、タンパク質は比較的短い時間で減成するため、アクアポリン・ベースの技術には不安定さがつきまとう。Noy教授とその共同研究者らは、こうした欠点に着目し、アクアポリンと同じくらい選択的に水を通すがこれまで試みられた技術のような短所が何もない合成細孔をつくることをめざした。「われわれは蛋白質と形も働きも似ている何かをつくり出した。しかもそれは、カーボン・ナノチューブなので安定だ」とNoy教授は言う。

CNTPとアクアポリンの類似性

水を通すカーボン・ナノチューブの合成に成功したグループは過去にいくつかあるが、そのどれもがあまり効果的ではなかった。原因のひとつは、それらナノチューブの直径が1ナノメートルを超えていたことにある。これに比べると、直径が0.8ナノメートルのCNTPは、アクアポリンの直径0.3ナノメートルの水路にずっと近い。この構造的な類似性が機能面での類似性につながり、CNTPのふるまいはアクアポリンにきわめて似たものとなる。どちらも、水がそこを通り抜けるには分子が1列の鎖のように整列する必要があり、またどちらも、塩や小さな分子の通り抜けを阻止する構造的性質を備えている。しかし、CNTPは、直径のより大きな選択性に劣るナノチューブの単なる改良品にとどまるものではない。

アクアポリンに勝るCNTPの性能

「われわれはついに、水の透過性と脱塩能力においてアクアポリンをしのぐ合成ナノ細孔をつくり出した。これは、自然より上を行く初めての合成細孔だ」とNoy教授は言う。CNTPは、水の透過性がアクアポリンの6倍高い。これは、アクアポリンでは水分子と水路の壁とのあいだに摩擦が生じるためだ。これに対してCNTPの場合は、きわめて小さな摩擦しか生じない。

このほかにも、CNTPにはほかではなかなか見られない性質がある。ある条件のもとで、CNTPは荷電粒子を通すことができ、その流れの向きを人為的に制御することができるのである。つまり、CNTPに人工的な神経信号伝達路のようなふるまいをさせられる可能性があるということだ。しかし、その実現にはまだ研究すべきことが山ほどあるとNoy教授らは強調している。

当面の研究目標について、Noy教授はこう述べている。「われわれは、水がCNTPを透過するメカニズムをひきつづき研究している。われわれの目標は、摩擦のまったくない水の透過を実現することだ。加圧などが完全に不要でしかも完全に選択的な水の透過を、われわれはめざしている」

この研究論文の共著者は、カリフォルニア大学マーセド校の大学院生Yun-Chiao Yaoのほか、LLNLのRamya Tunuguntla、LLNLおよびノースイースタン大学のRobert Henley、LLNLのTuan Anh Pham、ノースイースタン大学のMeni Wanunuなどとなっている。
なお、この研究の資金は米エネルギー省基礎エネルギー科学部が提供した。

[1] Ramya H. Tunuguntla et al., Enhanced water permeability and tunable ion selectivity in subnanometer carbon nanotube porins, Science, doi: 10.1126/science.aan2438
http://science.sciencemag.org/content/357/6353/792