下水などから低コストで抗不安薬ジアゼパムを取り除く新技術――ヨハネスブルグ大などの研究チームが開発

酸化チタンのナノファイバーを使って下水やリサイクル水から抗不安薬のジアゼパムをワンステップで取り除く低コストで効率的な新技術を、ヨハネスブルグ大学応用化学科のVinod Kumar Gupta教授らの研究チームが開発した[1]。ジアゼパムは世界中で使われており、ベンゾジアゼピン系に属する医薬品である。

ジアゼパムなどの医療用医薬品は、通常の下水処理プラントを通り抜けてしまいがちである。たいていの下水処理プラントは、世界中で使われている何千種類にもおよぶ医薬品を取り除くように設計されてはいない。医薬品の使用が増えるにつれ、合法・非合法を問わずさまざまな薬物が、処理済みの下水や製薬工場の処理済み廃水を通して環境にますますはいり込んできている。これについてGupta教授はこう述べている。「ジアゼパムなどの医薬品を下水や廃水から大規模なかたちで除去できる既存のプロセスは、あるにはあっても、費用がかかりすぎるか、時間がかかりすぎるか、効率がわるいか、あるいはその3つがすべて当てはまるかだ。なかには、何段階かのプロセスで大量のエネルギーを消費したり、環境によくない有毒ないし有害物質を使ったりしている例もある。ジアゼパムを従来の方法で下水から取り除くのは容易ではない。この物質は部分的溶解性があり、粒子が小さい。ジアゼパムに的を絞って効率的に取り除くには、先進的なハイブリッド・ナノマテリアルが必要だ」

表 ジザエパムの特性

名称 ジアゼパム
構造式  
分子式 C16H13CIN2O
分子量(g/mol 284.70
溶解度(mg/L 0.05
沸点( 497.38

 

世界中で使われているジアゼパム

ベンゾジアゼピン系の医薬品は、不安障害の患者に抗痙攣剤および抗癲癇剤として、また、末期患者には、世界保健機関(WHO)の定める重要医薬品リストに掲載された薬剤として、世界中で使われている。WHOのリストには、ジアゼパム――最初の商品名はValium――のほか、ミダゾラムやロラゼパムが含まれている。これら3種類の医薬品はいずれも向精神薬で、ヒトの思考や感覚に影響する。ジアゼパムは習慣性薬物で、世界で500を超える商品名で売られており、ひろく乱用される医薬品として知られている。

2017年、ニューヨーク州立大学の研究者を中心としたチームが、濾過されていない下水および淡水に89種類の合法的神経精神薬および違法薬物が含まれているかどうかを同時に試験する方法を公表した。この医薬品・薬物リストには、ジアゼパムなどいくつかのベンゾジアゼピン系医薬品が含まれている。2017年にはまた、7種類の向精神薬について、それらが水環境にどの程度含まれているのかを調査した結果を、リオデジャネイロ州立大学が発表した。このうち6種類はジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系医薬品である。この調査では、処理済みの下水と未処理の下水とでは、ジアゼパムなどの向精神薬の存否と存在した場合の濃度に違いがないことがわかった。汚染の度合いは所得の低い国ほど高かった。また、地表水中では、向精神薬の濃度が「生体毒性アッセイの結果に測定可能な程度の影響をあたえる範囲にあるケースがほとんど」だった。

深刻な水不足

世界中で都市化が急速に進み、短い期間で都市の人口が大幅に増加している。地域によっては、これは淡水源の逼迫度が増すことを意味している。南アフリカのケープタウン市では、ダムや貯水池の水量がきわめて少なくなったことを理由に水道を止めなければならなくなるいわゆる「デイ・ゼロ」がいつきてもおかしくない状態になっており、住民の懸念が頂点に達している。

淡水をどのように手に入れるかについての都市の選択肢がますます狭められていくなか、下水を、飲用目的さえも含めて再利用することがより重要なオプションになってくる。しかし、途上国の都市の場合、下水からの医薬品の除去は効率的で費用対効果性の高いスピーディーな方法でおこなう必要がある。このような処理をすれば、得られた水を少しずつ都市の水道に戻すことができる。こうした方法はカリフォルニア州オレンジ郡、シンガポール、およびオーストラリアのパースですでに実施されている。

より速い低コストの下水処理

前出のGupta教授はこう言う。「自治体の下水処理プラントでこうした処理をおこなう場合、それは比較的スピーディーで簡単なものでなければならない」

Gupta教授らの処理技術では、二酸化チタンTiO2のナノファイバーがジアゼパムなどの薬物を光触媒分解の過程で選択的に取り除く。このナノファイバーは、下水処理プラントや産業廃水処理プラントでフィルターとして使用することができると同教授は言う。この研究成果を発表した論文の共著者であるイスラーム自由大学(本部:テヘラン)化学科のAli Fakhri博士は、この処理で使うフィルターとスクリーンは下水や産業廃水から有害な医薬品などの無機および有機の不純物をきわめて効率的に取り除くハイブリッド・ナノマテリアルでつくられることになると述べている。Fakhri博士はさらにこう言う。「われわれは水熱法を改良した製造方法を使っている。これは、高密度の中空糸チェーン・ネットワークをつくる方法だ。こうしてつくられたナノファイバーは架橋構造をもち、安定的なので、このナノファイバーが処理後の水に紛れ込むリスクは低い」

図 二酸化チタン・ナノファイバーの電子顕微鏡写真
(出典:Preparation and characterization of TiO2 nanofibers by hydrothermal method for removal of Benzodiazepines (Diazepam) from liquids as catalytic ozonation and adsorption processes)

同博士によると、このナノファイバーは工業用染料などの有機汚染物質の除去にも使うことができるが、それにはまず、ナノファイバーの構造を決める重要なパラメータをいくつか最適化する必要があるという。

結論としてGupta教授はこう述べている。「このナノファイバーをつくるプロセスは、単純で費用対効果性の高いものでもある。われわれはこのナノファイバーを製造するパイロット・プラントをヨハネスブルグ大学につくることを計画している。このパイロット・プラントは、環境へのナノファイバー汚染を最小限にするよう、あらゆる面で配慮がなされることになっている。パイロット・プラントの次は廃水処理の実証プラントをつくり、一定の範囲の医薬品汚染物質がナノテクノロジーによって効率的かつ迅速に、また低コストで除去できることを示したいと考えている」

[1] Vinod KumarGupta, et al., Preparation and characterization of TiO2 nanofibers by hydrothermal method for removal of Benzodiazepines (Diazepam) from liquids as catalytic ozonation and adsorption processes, Journal of Molecular Liquids
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0167732217323218?via%3Dihub#f0020