中国水市場コラム(2014年5月号) – 中国における工業排水処理事業の発展現状と課題

本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学環境学院 常杪 教授」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「工業排水処理」に焦点を当て、その最近の動向を概説する。

1. 中国における工業排水の排出・処理状況

1.1 工業排水量は減少傾向であるものの、全体の規模は依然として大きい

2012年の中国の工業排水量は221.6億トンであり、2011年比で4.2%の減少となっているものの、全体の排出規模は依然として大きい(下図)。
2001年~2006年にかけては中国の工業排水総排出量は基本的に増加傾向にあったが、2007年以降では各年の総排出量は横ばいか、減少傾向が見られる。また、生活排水量の増加もあり、全国的な総排水量に占める割合もこの数年顕著に減少しており、2012年には工業排水量が全体の排水排出量の32.36%を占めていたが10年前の2002年に比べ15%近く下がっている。

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図1 2000年-2012年 中国工業排水の排出状況
出典:「中国環境統計年鑑」2001-2013年

1.2 主な排出地域:沿海部経済が比較的発展している地域に集中

工業排水の地域別排出状況に関しては、江蘇省、浙江省、山東省、広東省など比較的に経済発展が進んでいる沿海地域で、工業排水の排出量が多い傾向にある。2012年の統計データによると、排出量が年間10億トンを超える8つの省の合計が、国内全体の6割弱を占めている。そのうち江蘇省、浙江省、山東省がトップ3となり、江蘇省だけでは、全体の11%にも占めている。

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図2 2012年 中国工業排水地域別の排出状況
出典:「中国環境統計年鑑」2013年

1.3 主な排出セクター:製紙・化学・紡績分野からの排出量が多い

中国の工業排水は、「製紙・紙製品業」、「化学原料・化学製品製造業」、「紡績業」、「農業副産物の加工業」、「石炭採掘・選炭洗浄業」、「フェラスメタル製錬・加工業」、「電力・熱力生産と供給業」(「国民経済業界分類」(GB/T4754-2011)で定められた41の工業分野をベースに)等が主要排出セクターである。2012年に環境保護部が全国の重点工業企業14万7996社に対して実施した排水状況調査の結果からは、排出量の上位5つの分野は「製紙・紙製品業」、「化学原料・化学製品製造業」、「紡績業」、「農業副産物の加工業」、「石炭採掘・選炭洗浄業」で、その排出量は調全体排出量の57%にも及んでいることが分かった。そのうち製紙・紙製品業の排出量が最も大きく、年間34.2億トンにも達し全体の17%を占めていた。

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図3 2012年 中国の主な工業排水排出業界・排出状況
出典:「中国環境統計年鑑」2013年

1.4工業排水の処理状況

2000年以降、中国の工業排水処理率は基本的に上昇する傾向にあり、主要な汚染物質であるCODおよびアンモニア態窒素の除去率も高まっているが、その上げ幅は小さく、不安定である。現時点での環境統計データは工業排水処理率が高いことを示しているが、多数の企業、特に中小企業はまだ環境統計の対象になっていないという問題がある。
近年中国では環境汚染事故が多発しており、そのうち生産企業からの工業排水の違法排出が原因となった水汚染事故が、環境汚染事故の大きな割合を占めている。このため、全体的には、依然として中国の工業排水は適切に処理されているとはいえない。
そもそも工業排水の成分は生活排水より遥かに複雑であるため、その処理が容易ではなく、処理プロセスも長い。中国の場合、企業による工業排水処理に対するR&D投資が不足しており、施設におけるメンテナンスのレベルも高くない。加えて、中国産業構造の現状も工業排水の処理に影響している。例えば製薬業界の場合、中国の製薬企業の多くは、初級製薬つまり原薬・中間体の生産に集中しており、それにより発生した排水の処理は困難である。他には石炭化学・石炭ガスなどの業界も類似の問題に直面している。

2. 2012年以降の工業排水における主な政策動向

近年、中国は工業排水分野において、政策作り、排出標準システムの構築が進んでおり、2012年以降、関連の動きも活発化している。

政策作り
「省エネ・汚染物排出削減“十二五”計画」2012年9月
「水汚染防止行動計画」2014年2月(審議中)

排出標準システムの構築
現在中国では、すでに工業排水排出における基準システムを概ね作成している。2013年までに、中国は63分野にも及ぶ排出基準が実施されており、主に化学工業、紡績業、建築材業、食品業、金属・非金属工業などの分野に集中している。2012年から2013年にかけての2年間、中国は12項目の新排水基準を策定・実施させている(下表)。なお、排出基準が策定されていない業界に関しては、1996年に実施となった「汚水総合排出基準」(GB8978-1996)を遵守することになっている。
また2013年1月に公表された「国家環境保護標準“十二五”発展計画」では、「十二五」(2011-2015年)期間中において、40余りの主要セクター排出基準を柱とし、総合排出基準を補助する工業排水排出基準システムの構築という目標を打ち出し、既存排出基準および総合排出基準の改正・健全化の加速を強調した。

表1 2012年以降、工業排水における基準作りの状況

基準名 コード 実施開始日
電池工業汚染物排出基準 GB 30484-2013 2014-03-01
製革及び毛皮加工工業排水汚染物排出基準 GB 30486—2013 2014-03-01
合成アンモニア工業排水汚染物排出基準 GB 13458-2013 2013-07-01
クエン酸工業排水汚染物排出基準 GB 13458-2013 2013-07-01
麻繊維加工工業排水汚染物排出基準 GB 28938-2012 2013-01-01
毛織物加工工業排水汚染物排出基準 GB 28937-2012 2013-01-01
製糸工業排水汚染物排出基準 GB 28936—2012 2013-01-01
紡績染色工業排水汚染物排出基準 GB 4287-2012 2013-01-01
コークス化学工業汚染物排出基準 GB 16171-2012 2012-10-01
鉄合金工業汚染物排出基準 GB 28666-2012 2012-10-01
鉄鋼採選工業汚染物排出基準 GB 28661-2012 2012-10-01

3. 工業廃水処理の競争主体の分析

中国の工業排水処理業務としては、排水処理設備、装置、および薬剤などの製造、排水が発生する各産業や工業団地の排水処理プロジェクトの設計・調達・建設(EPC)、ならびに、EPCの委託運営の業務がメインだが、他方でBOT、TOT等の契約形態のプロジェクトも散見される。

3.1. 工業排水処理に関連する製品製造企業

工業排水処理製品、特に汎用設備の製造市場に対する需要は大きく且つ安定的である。この市場は、比較的に技術要求レベルは低く、研究・開発・生産に必要とされる資金需要が少なくてすむため、容易に市場進出が可能である。そのため、この業務分野は企業数が多く、規模の差も比較的大きいため、競争が非常に激しくなっている。

3.2. EPC関連企業

工業排水処理産業のEPC業務は、設計、調達、建設工事などの行程があり、ある産業に属する企業の工業排水処理、あるいは、ある工業団地排水の集中的な処理工程を請負っている。2012年末の時点で、工業排水施設運営資格(甲級・臨甲級・乙級・臨乙級)を持つ企業・機関(政府主管部門により認定)は合わせて1002社であり、そのうち甲級資格を持つのが382社である(ただし、政府管理の方針変換により2014年から同資格認定制度が廃止)。一方、そのうち中堅またはそれ以下の規模の企業が多く、競争力を持つ大企業の数は限定的である。現在、工業排水処理のEPC事業を主要業務とする上場を果たした企業は主に北京万邦達環保技術股フン有限公司、上海巴安水務股フン有限公司、南京中電環保股フン有限公司などの数社に留まり、そのほか非上場企業に関しては、北京暁清環保工程有限公司、四川環能徳美科技股フン有限会社、北京美華博大環境工程有限公司、安徽国禎集団股フン有限公司など有力企業もある。また、天津膜天膜科技股フン有限公司、北京碧水源科技股フン有限公司等膜を中心とする水処理機材を主要業務とする大手企業は近年になって工業排水処理分野に積極的に事業を拡大し、天津膜天膜科技股フン有限公司は捺染排水処理分野、北京碧水源科技股フン有限公司は石油化学工業・石炭化学工業排水処理分野への進出に力を入れている。

3.3. 外資系企業

その他にも、高い技術力、先進装置、豊富な経験を持つ欧米・日本・韓国などの外資企業がすでに中国の工業排水分野に深く進出し、各地で積極的に事業を展開している。特に排水処理におけるコア部品・高機能装置の販売分野において、大きな市場シェアを占めている。工業排水における膜技術分野だけでも、GE、Siemens、Dow Chemical、東レ、三菱レイヨン、日東電工などが中国市場で事業を展開し、一部の外資企業が現地生産拠点の立上げ、現地企業との合弁企業の設立、現地企業への資本参加などの取り組みを通じて中国での市場シェアを拡大している。

4. 今後の発展方向分析

4.1. EPC事業から総合サービスへ

専門技術を有する人材の欠如、低い運営管理レベル、経験不足などが原因で、工業排水処理においてEPC顧客の施設運営効率は低く、また、コスト高によるリスクも大きい。多くの爆発・漏洩などの事故はほとんどの場合、不適切な運営によるものであり、企業および社会に大きな損失をもたらしている。したがって、多くの企業は施設運営の資質を有する機関に工業排水の運営・管理を委託する傾向にある。このような需要の増加により、工業排水を処理する技術を保有する企業はEPC、 EPC+運営、BOT、TOT業務を展開している。

4.2. 工業団地における排水処理事業の展開

中国では工業団地の建設がハイスピードで進められ、汚染排出企業を都市の中心部や環境への影響が大きな場所から統一管理できる工業団地に移転させる方向にある。一方、現段階の既存工業団地においては排水が適切に処理されているとは言えず、工業団地における集中処理施設の建設が各レベルの政府により推進されている。近年、その建設・運営事業に関しては、政府投資に代わり、民間資本の導入によるBOTなどの方式で行うケースが多く見られる。以下の表はそのいくつかの例である。

表2 2013年6月以降民間資本が参入する新規工業団地における排水処理事業(一部)

プロジェクト名 所在地域 進展状況 事業者 方式 処理容量
m³/d
南充化学工業園区汚水処理場 四川省 2013年9月に落札 南充柏華汚水処理有限公司(ドイツベルリンウォーター社と東華东工程科技股フン有限公司による合弁企業) BOT
(30年)
17,000
神木県錦界工業園区南区汚水処理場 陝西省 2013年11月に調印 陝西万融環保有限公司 BOT 20,000
瑪納斯県塔西河工業園区汚水処理場 新疆ウイグル自治区 2013年12月に調印 中国核工業建設集団 BOT 60,000
靖安工業園香田新区汚水処理場 江西省 2013年5月に調印 靖安申林環保科技有限公司 BOT 3,000
三明市吉口新興産業園汚水処理場 福建省 2014年2月に調印 桑得国際有限会社 BOT 15,000
遷安市西部工業区汚水処理場 河北省 2014年2月に調印 桑得国際有限会社 BOT 10,000
オルドス市蒙西工業園区汚水処理場 内モンゴル自治区 2014年3月に落札 北京暁清環保工程有限公司 BOT 20,000

4.3. 新技術開発と応用の活発化

「第十二次五カ年計画」期間中、産業構造改革に伴う環境基準の強化とともに、環境問題への対応は企業の存亡を決める重要課題である。したがって、企業の工業排水処理に対する需要は、排水処理技術の研究開発と技術サービスの発展を推進し続ける要因になるとだろう。
応用技術に関しては技術の統合に注目が集められており、生物化学的技術と物理化学的技術を組合せた最適化が進んでいる。それにより、排水から有用物質を回収し、さらに汚染負荷を軽減し、難分解性物質の処理を実現し、処理コストを削減してきている。工業排水処理に関しては、効果的な処理技術が十分に使用されていなかったため、製紙、化学工業、医薬、醸造および皮革などの主要産業で、特に処理の困難な排水に対応する技術開発が活発化になると見られる。

5. まとめ

中国の工業排水処理事業は前進しているものの、依然として大きな課題となっている。
一方、中国政府の直接的な推進のもと、近年では中国の工業排水関連政策・基準システムが整備されつつあり、工業排水事業はますます発展すると見られ、それに伴い、大きな市場チャンスも生まれることになる。現在、中国国内の工業排水業界において有力企業の数はそれほど多くないが、すでに一定の競争力を持ち、業界の統合・再編も進んでいる。一方、高度処理に関する技術・装置におけるニーズが高まることで、外資企業にとっては今後も魅力的な市場であると見られる。