2013年7月18日、米国カリフォルニア州アラメダ郡の州上位裁判所(第一審裁判所)が同州公衆衛生局に対して8月末までに飲料水中の六価クロムの最大汚染濃度(MCL)の基準案を提出することを求める判決を下した。2012年8月14日に環境保護団体の天然資源防衛協議会(NRDC)と環境ワーキンググループ(EWG)が、公衆衛生局は飲料水中の六価クロムのMCLの制定を違法に遅らせ、州民の健康を守る義務を怠っているとして訴えていた裁判で判断を示したものである。
なお、今回の判決によって8月末までに公衆衛生局からMCL案が出されたら、45日間のパブリックコメントの募集期間が設けられ、それが過ぎたらただちに10月28日(裁判所が指定したパブリックコメントに関する法定審問の日付)までに公聴会を開かなければならない。そして、法定審問が終われば、裁判所が公衆衛生局に対して、最終的な六価クロムのMCL基準案を審査のためにカリフォルニア州行政法局へ提出する日付を指定することになっている。
問題の発端
そもそも水道水に含まれる六価クロムの問題が大きく注目を集めるようになったのは、同州の1人の女性環境運動家の生き方を描いたハリウッド映画『エリン・ブロコビッチ』が2000年に公開されたときから。大企業が垂れ流していた六価クロムに汚染された水道水を飲んでいた同州Hinklyの町の住民の中からがん患者が多発し、巨額の賠償金を勝ち取った話。この映画が公開されたあと、カリフォルニア州では公衆衛生局に対して2004年1月1日までに飲料水中の六価クロムのMCLの基準を設定することを求める法律が制定された(保健・安全法第116365.5項)。だが、同局は今日に至るまでまだその基準を定めていない。
プロポジション65のリストへの六価クロムの追加
同州には、1986年に定められたプロポジション65(安全飲料水・有害物質施行法)という法律がある*1。発がん性や生殖障害、発達障害を引き起こす可能性のある化学物質をリスト化して告知することを求めた法律であり、六価クロムは「発がん性物質」としては1987年2月27日に、生殖障害や発達障害の原因物質としては2008年12月19日にこのリストに加えられている*2。
多くの地域で目標値を上回る六価クロムを検出
こうした状況を受けて、2011年7月には、カリフォルニア州環境保護庁(EPA)環境健康有害性評価室(OEHHA)が飲料水中の六価クロムのMCL制定の前段階として、0.02ppbという「公衆衛生目標(PHG)」を設定した。*3,*4これは、人体に重大な健康リスクを及ぼさないとされるレベルである。策定が求められているMCLは「技術的かつ経済的に実現可能な範囲で」できるだけこれに近いレベルに設定することが求められている。
飲料水の六価クロムによる汚染状況については、EWGが2010年に報告書*5をまとめており、米国内の7000以上の水道水源を調査したところ、約3分の1の水源の水が安全限度(2009年のOEHHAのPHG案を想定)を超えていたという。カリフォルニア州内では、58の郡のうち52の郡の水源がその限界を超えており、影響を受けている州民の数は3100万人と推定されている。米国内では、飲料水中の六価クロムの規制はまったく行われていないのが現状で、唯一、規制の姿勢を見せているカリフォルニア州でも、これまでは産業界からの規制に対する抵抗の動きが強く、立法作業は遅々として進んでいなかった。
*1 住民投票にかけられて成立した法律のため、そのときの案件名のまま、いまだに「プロポジション65」と呼ばれているが、成立後は上記の保健・安全法の中に収められている。*2 http://oehha.ca.gov/prop65/law/pdf_zip/P65LAW72003.pdf*2 http://www.oehha.org/Prop65/prop65_list/files/P65single072613.pdf*3 下記URLの「More about MCLs and PHGs」の項の「MCLs, DLRs, and PHGs – January 30, 2013 (Excel, New Window) 」のリンクから閲覧可能。ただし、2009年8月にOEHHAが発表したPHG案は0.06ppbだった。
http://www.cdph.ca.gov/certlic/drinkingwater/Pages/MCLsandPHGs.aspx*4 EWBJ39号に関連記事有り「米カリフォルニア州環境保健有害性評価室が六価クロムの公衆衛生目標を採択」*5 http://static.ewg.org/reports/2010/chrome6/chrome6_report_2.pdf