中国工業節水分野における発展現状と方向

本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学 環境学院 環境管理政策研究所 常杪 所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「工業節水分野における発展現状と方向」というテーマで、その最近の動向を概説する。

 

はじめに

中国は全体として水資源量が豊富であるとはいえ、1人当たりの水資源量は少なく、世界平均値を大きく下回っている。また水資源の分布が不均衡であり、人口が密集し経済が比較的発達している東部地域の水資源は全体の約2割しかない。また、近年の高度経済成長に伴い工業用水、生活用水の需要が高まり、水不足は更に深刻な問題に発展し、顕在化してきている。このため中国政府も水不足問題を重視し、節水を国レベルの重要政策と位置づけ、2012年に国務院は、「最も厳格な水資源管理制度の実施に関する意見」を公表・実施した。本稿は、現在の状況を踏まえ、中国の「十三五」時期(2016-2020年)における節水、特に工業分野の節水に関する最新政策動向および取り組みを分析し、今後の発展トレンドを展望したものである。

 

1. 中国工業分野の用水状況

中国の工業用水の利用先としては、主に工業生産における冷却用水、生産プロセス用水、洗浄用水などが含まれている。2016年の中国での工業用水量は205.3億トンであり、2013年比で約2.1%の減少となっているものの、全体の規模は依然として大きい(下図)。2000年~2006年にかけては中国の総工業用水量は基本的に増加傾向にあったが、2007年以降は減少傾向に転じた。政府公式統計データによると2016年には、1308億m3で、「十二五」初期の2010年比約10%の減少となっている。


図 2010~2016年中国工業用水量の変遷
(出典:中国水利部「中国水資源公報」)

地域別では、火力発電・原子力発電用直流冷却用水を除いて、広東省、福建省、四川省、湖南省、湖北省、江蘇省、浙江省などでの用水量が大きく、全体としては、東部の沿海各省の用水量が比較的大きなシェアを占めいている。

図 2016年の地域別工業用水量(火力発電・原子力発電用直流冷却用水は含まれない)
(出典:中国水利部「中国水資源公報」)

分野としては、石炭採掘と石炭洗浄業、電力・エネルギー生産業、紡織業、製紙・紙製品業、化学原料・化学製品製造業、石油加工・コークス・核燃料加工業、非鉄金属製錬・圧延加工業、非金属鉱物製品業、非金属鉱採選業、鉄系金属製錬・圧延加工業といった10分野が中国工業用水使用量の大部分を占めている。なお、国家統計局が2016年に公表した一定規模以上の工業企業(年売上高 2000万元以上の企業)に関する統計データによると、上記の10の工業分野は全体の61.3%を占めている。

 

2. 中国工業節水分野における主な政策動向

2.1 2015年までの主な政策

近年、中国は工業排水の循環利用を積極的に推進してきた。また、工業分野における省エネおよび生産消耗資源の削減が工業分野発展の重要施策の一環として取り組まれてきた。これに合わせて、「十二五」末期(2015年)までに、工業分野での節水に関しては、一連の推進策が講じられている(下表)。2015年に公表された「水汚染防止行動計画」いわゆる「水十条」は、工業分野における節水および水の再利用に関して明確な要求を示し、「鉄鋼、紡績・捺染、製紙、石油化学、化学工業、製革など、大量水消費事業分野における廃水の高度処理による再利用を奨励する」と明記した。

表 工業節水に関する政策

政策 発表機関 発表時期
工業節水の更なる強化取り組みに関する意見 工業情報化部 2010年5月
工業転換グレードアップ計画(2011-2015年) 国務院 2011年12月
重点工業業界用水効率指南 工業情報化部 2013年10月
節水型企業の構築推進取組みの強化に関する通達 工業情報化部 2012年10月
水汚染防止行動計画 国務院 2015年4月

 

2.2 2016年以降の新たな政策動向

中国の「十三五」時期における政策ガイドラインである「国民経済と社会発展第十三次5カ年計画綱要」(2016年3月)では、「最も厳格な水資源管理制度を徹底し、全国民節水行動計画を実施する」と明確に要求し、2020年までに全国の用水総量を6700億m3以内に抑制し、国民総生産(GDP)1万元あたりの用水量を2015年比23%の削減を要求した。

その後も節水分野に関連する政策の策定、基準の制定が全面的に加速され、2017年までに一連の政策が公表・実施されている。

  • 「全民節水行動計画」と「節水型社会建設十三五計画」

2016年10月に国家発展委員会、水利部ら9省庁が共同で「全民節水行動計画」を公表した。また2017年1月には国家発展委員会、水利部、住宅城郷建設部の3省庁は「節水型社会建設“十三五”計画」を発表した。この「節水型社会建設“十三五”計画」では、「十三五」時期における社会全体の節水取り組みにおける目標、重要任務を明確にしたものである。工業分野に関しては、2020年までに工業増加値1万元あたりの用水量を20%削減、年間用水量1万m3以上の企業における用水定額と計画管理のカバー、水不足地域の工業団地で節水型工業団関連要求の達成、となっている。具体策としては、大量水消費業界の空間分布の合理化、大量水消費工業構造調整の推進、水使用量が多い業界における節水改造の強化、節水型工業団地・節水型工業企業の育成が含まれている。そのうえで大量水消費業界における節水改造重点プロジェクトも明確にした(下表)。

表 水使用量が高いにおける節水改造重点プロジェクト

業界 2020年までの目標
鉄鋼 重点鉄鋼企業における鉄鋼鋼生産1トン当たりの取水量を3.2m3以下、水の重複利用率を98%以上、廃水排出量を10%削減する。
石炭 坑廃水の総合利用率80%を達成する。
火力発電 発電量1 kWhに当たる水使用量を1 kg前後に抑え、水使用量(直流冷却水は含まず)は2015年比8%前後を削減する。
石油と化学工業 工業増加値1万元あたりの水使用量を2015年比で15%削減し、水重複利用率93%以上を達成する。
紡織 総取水量を年平均1.8%前後削減し、業界全体の取水量を29億トン以内に抑制する。
パルプ・製紙 パルプ、紙、ダンボールの1トン当たり平均取水量を2015年の68 m3から58 m3までに減少させ、業界全体の取水量を8%削減する。
食品 製品1トン当たりの用水量を10.2 m3まで削減する。
  • 「工業グリーン発展計画(2016-2020年)」

工業情報化部は2016年6月に「工業グリーン発展計画(2016-2020年)」を発表し、「工業節水を強化し、用水効率を高め」といった明確な要求を出した。具体的には、大量水消費業界企業の生産プロセスにおける用水管理の強化、取水定額関連国家基準の厳格な執行、大量水消費業界および水不足地域における特別な節水取り組みの実施によって工業用水効率を向上させる。また同計画では水資源の循環利用と工業廃水再利用の推進、特許経営・委託経営での節水方式の普及、工業団地における集約的水資源利用の推進、廃水の集中的再利用の実施などを要求した。

また同計画の発表にあわせて、工業情報化部は同計画に関する公式の「解説」を発表した。同「解説」では、「水資源の循環利用と工業廃水処理・再利用の推進」に関しては、捺染、製紙、石油化学、化学工業、食品発行、鍍金、製革などの大量に水を使用し、且つ重度汚染分野における廃水の高度処理・再利用を推進し、条件を備えた企業での廃水の「零」排出を奨励し、業界における複数のモデル企業を樹立させると明確にした。

  • 取水割当関連制度の強化

2012年1月に「最も厳格な水資源管理制度の実施に関する意見」が公表・実施されて以降、中国政府は重要工業分野における淡水の使用における基準作りを加速し、比較的に水を大量に使用する主要業界における企業ベースの淡水使用制限値、単位製品生産当たりの淡水の使用制限値などを国家基準の形で決めていくという政策策定の取り組みを行ってきた。「十三五」時期に入ってから関連政策が更に加速し、2017年だけで7分野における新基準が公表されている。2017年末までで合計32業界における国家基準が公表され、そのうちの29がすでに実施されている。また「十三五」時期において実施中の取水割当関連の29の基準に対して、火力発電、石油製錬、製紙など15基準の改正、飲料、缶詰加工、製糖、多結晶シリコン、皮革加工など29分野における新たな取水割当基準制定も計画されている(「節水型社会建設“十三五”計画」により)。

表 2017年に公表された主な取水割当基準

取水割当国家基準 コード 実施日
取水割当 第26部分:炭酸ナトリウム GB/T 18916.26-2017 2017年12月1日
取水割当 第27部分:尿素 GB∕T 18916.27-2017 2017年12月1日
取水割当 第28部分:工業硫酸 GB/T 18916.28-2017 2017年12月1日
取水割当 第29部分:水酸化ナトリウム GB T 18916.29-2017 2017年12月1日
取水割当 第30部分:コークス GB T 18916.30-2017 2018年5月1日
取水割当 第31部分:鉄鋼業界焼結/球団 GB/T 18916.31-2017 2018年5月1日
取水割当 第32部分:鉄鉱選鉱 GB/T 18916.32-2017 2018年4月1日

このほかにも、国家基準の策定に伴い、地域の特徴に合わせ各地方政府は地域ベースの取水割当関連指標システムを策定し、全国ですでに22の省・市・自治区が独自の指標システムを公表・実施している。北京市、天津市、江蘇省など一部の地域は特定の工業分野について定め、関連指標の構築を行っている。

「取水割当」関連基準システムは、本来は指導的な指標として役割を果たしてきたが、近年では広東省を始め一部の地域で、定額超過用水における追加料金徴収制度が地方法令ベースで実施されていた。2016年7月に全面改正された「中国人民共和国水法[1]」では、「一定額を超過した場合、累進加価水料金徴収制度を実施する」と明記された。更に2017年10月、国家発展委員会と住宅城郷建設部は共同で「都市部非住民用水超定額累進加価制度の指導意見」を公表し、工業分野を含む非生活用水の各分野における定額超過用水における追加料金徴収制度の構築の加速を促した。

  • 水資源税の実施

2017年11月、中国財政部、税務総局、水利部は共同で「水資源税改革試点実施弁法の拡大に関する通達」を公表し、北京、天津、山西、内モンゴル、山東、河南、四川、陝西、寧夏などの9つの地域は、河北省に続き、新たに水資源税の対象地域になっている。従来の「水資源費」を撤廃し、新たに「水資源税」を導入することで、水資源利用の節約、循環利用の普及によりグリーン発展の促進を目的としている。水資源税の徴収額については、地表水と地下水に分け、地下水の利用にあたって比較的高い税額が徴収される。また、各地域の水資源の現状に基づき各地域の最低平均税額を定めている。北京の場合、地表水と地下水の最低平均税額はそれぞれ1.6元/m3、4元/m3である。山東省の場合、地表水と地下水の最低平均税額はそれぞれ0.4元/m3、1.5元/m3である。なお再生水利用に関して同「通達」は、「廃水処理による再生水の利用の場合、水資源税の徴収対象でない」と明記した。

この中央政府の方針に基づき、対象になる各地方政府は、所在地域の実施細則を公表し、例として、2018年1月に四川省は「四川省水資源税改革試点実施弁法に関する通達」を公表した。

  • 水効率トップランナー制度

2016年6月、国家発展委員会や水利部など5省庁は、「水効率トップランナー行動実施方案」を策定し、2017年3月に「重点用水企業における水効率トップランナー行動実施細則」が公表された。同実施方案は、用水高効率製品および用水高効率企業の認定制度である。用水高効率企業の認定に関しては、鉄鋼、エチレン、紡織捺染、製紙などの業界の重点用水企業を対象に、節水関連基準を満たし、業界内で先進的なレベルに達している企業に対して国が「節水ベンチマーク企業」の認証を与えるものである。認証を受けた企業は中央政府・地方政府・金融機関から関連する奨励・補助政策の対象となる。

  • 技術ガイドライン「国家奨励する工業節水プロセス、技術と装備リスト」

工業分野の節水取り組みを促進するため、工業情報化部、水利部、全国節約用水弁公室は共同で、2016年5月に「国家奨励する工業節水プロセス技術・設備リスト」(第二版)を発表した。2016年に公表したリストには共通技術、石油化学業界、紡織業界、食品業界、製紙業界、鉄鋼業界の7分野のそれぞれで、合計72項目の技術・設備がリストアップされた。そのなかでも生産プロセスの技術改修、廃水高度処理技術、廃水再利用技術は大きなウェイトを占め、廃水の「零排放」(ZLD)に関する応用技術も数件含まれている。

 

3. 工業節水関連業界の発展

中国の工業節水分野に関して、今まで政府主導のもとで行われ、行政方針により企業が関連政策・基準に基づいて関連の取り組みを実施してきた。しかし、「十二五」以降、政府の一連の政策策定・実施に伴い変化が出始めている。用水価格、水資源税、排水処理コスト、トップランナー制度などの要素が企業の節水取り組みの大きな要因となり、企業の節水は政策基準をクリアするというより、経営コストの削減に繋がるということで、積極的に実施されるようになり、工業節水関連市場ニーズの拡大に繋がっていると見られる。

工業節水分野の関連産業に関しては、主に生産プロセスの改修、節水器具の導入など直接的節水分野と、廃水の再生利用、海水など補助水源の活用など間接的節水分野に分けられる。工業廃水の高度処理・再生利用に関して、製造業からの需要拡大に伴い、水処理関連各社の関心も高く、京万邦達環保技術股フン有限公司、中電環保股フン有限公司、上海巴安水務股フン有限公司、安徽国禎環保節能科技股フン有限公司などをはじめとする水処理エンジニアリング大手、および北京碧水源科術股フン有限公司、天津膜天膜科技股フン有限公司など水処理用膜大手メーカーが同分野に力を入れている。2017年12月に中国工業情報化部が発表した「中国工業節水産業発展報告(2016)」によると、中国の工業節水産業と市場規模はこれからも拡大し、今後5年間で、中国の工業節水市場における投資規模は3000億人民元前後に達する見込みである、と予測を出している。

[1] http://www.mep.gov.cn/gzfw_13107/zcfg/fl/201610/t20161008_365107.shtml

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