水処理の最も一般的な方法のひとつに、水分子よりも大きな粒子を通さない細孔のある膜によって水を濾過するというのがある。しかし、こうした膜は「ファウリング」、すなわち除去しようとしている当の粒子による目詰まりを起こしやすく、部分的に目詰まりした膜に無理やり水を通すために余分な電力を必要とし、膜交換も頻繁にしなければならない。これらふたつのことが、水処理のコストを押し上げている。
ハーバード大学ヴィース応用生物工学研究所(以下、ヴィース研究所)、ノースイースタン大学、およびウォータールー大学の研究者らは、ヴィース研究所が考案した液体ゲート膜(LGM)が、従来の膜と比べて水中のナノクレイ粒子を2倍の効率で除去し、ファウリングが起こるまでの時間が3倍長く、濾過に要する圧力も減らせることを実証した。これは、石油・ガス採掘などの産業プロセスのコストと電力消費量を削減するソリューションへの道をひらくものである。この研究結果をまとめた論文がAPL Materials誌に掲載された[1]。論文の筆頭著者であるヴィース研究所のJack Alvarenga研究員はこう述べている。「これは、LGMを実際の重工業と同様の状況下で持続的な濾過に使えることを実証し、LGMがいかにしてさまざまなタイプのファウリングを防ぐのかについての知見をあたえる初めての研究だ。この研究は、各種の水処理へのLGMの利用につながるものだ」
LGMの原理
自然界では、液体で満たされた細孔によって液体、気体、および粒子の移動を制御する現象が見られる。たとえば植物の葉の小さな気孔が気体を通すことはよく知られているが、このような、できるだけ少ないエネルギーで濾過をおこなう生物フィルターを模したのがLGMである。LGMはある液体で覆われており、この液体が可逆的なゲートとしてはたらき、圧力がかかっていないときは膜の細孔を満たして「閉鎖」状態にしている。膜に圧力がかかると、液体が細孔の壁面に引っ張られ、液体で壁面を覆われた開口部ができてそこを特定の液体や気体が通り向けることができるようになる。また、膜の表面が液体の層で滑りやすくなっているため、ファウリングが起きにくい。このように液体でライニングされた細孔を使用することで、さまざまな物質の混合物から目的の化合物を分離することも可能になる。こうした分離は工業的な液体処理においてはよくおこなわれていることである。
図 液体ゲート膜の模式図
研究チームによる実証のプロセス
研究チームはLGMの性能を、粘土鉱物であるベントナイトで懸濁した水を使ってテストすることにした。こうした「ナノクレイ」を含んだ水は、石油・ガス産業の採掘過程で生じる廃水のモデルになるからである。研究者らは、標準的な直径25 mmの濾過膜をペルフルオロポリエーテルで濡らしてLGMにした。ペルフルオロポリエーテルは、航空宇宙産業で30年以上にわたって潤滑液として使われてきた物質である。つぎに研究者らは、こうしてできたLGMに圧力をかけ、ナノクレイ粒子を阻止して水だけが細孔を通るようにし、その性能をペルフルオロポリエーテルで濡らしていない未処理の膜と比較した。
図 LGMおよびその表面の電子顕微鏡写真
(出典:Liquid gated membrane filtration performance with inorganic particle suspensions)
未処理の膜ではLGMよりもずっと早くにナノクレイによるファウリングの兆候がみられ、LGMは、膜に積もった粒子を除去するための「逆洗」が必要となるまでの時間が標準的な膜よりも3倍長く、そのあいだ継続的に水を濾過することができた。逆洗の頻度を下げられるということは、洗浄用の薬品や逆洗のためのエネルギーの使用量を減らせることを意味しており、実際の産業における水処理の現場においても濾過率を改善できる可能性がある。
もちろん、LGMといえどもファウリングは起きる。しかし、LGMの場合は、濾過中に膜構造の内部に蓄積して逆洗では取り除くことのできないナノクレイ――いわゆる「不可逆ファウリング」――が60%減少した。このことはLGMの寿命を延ばし、回収可能な濾過液の量を増やすことにつながり、それを他の用途に使うことも可能になる。また、LGMは濾過プロセスを開始するのに必要な圧力が16%少なく、さらなるエネルギーの節約も見込める。ヴィース研究所の創設主要教授団の一員にしてハーバード大学ジョン・A・ポールソン電子工学・応用科学部(SEAS)のAmy Smith Berylson教授を務めるJanna Aizenberg博士はこう述べている。「LGMには、食品・飲料加工、バイオ医薬品製造、繊維、紙、パルプ、化学、および石油化学といったさまざまな産業への応用の可能性があり、広範な産業用途全般にわたってエネルギー使用効率の改善に役立てることができそうだ」
次のステップ
研究チームは次のステップとして、産業側のパートナーらとの大規模パイロット研究プロジェクト、LGMによるより長時間の濾過、さらに複雑な混合物の濾過などを考えている。こうした研究により、さまざまな用途へのLGMの商業的な利用可能性や、多くの利用形態におけるLGMの耐久時間が明らかになっていくことだろう。
[1] Jack Alvarenga, et al., Liquid gated membrane filtration performance with inorganic particle suspensions, APL Materials, doi: 10.1063/1.5047480
https://aip.scitation.org/doi/10.1063/1.5047480