本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学 環境学院 環境管理政策研究所 常杪 所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「地下水汚染対策分野の現状と展望」というテーマで、その最近の動向を概説する。
はじめに
中国では、近年生態環境の改善に力が注がれているものの、地下水汚染対策分野に関しては比較的発展が遅れている分野のひとつといえる。都市部を中心とする地下水汚染問題は深刻で、一部地域では飲用水の正常供給や住民の健康面にも影響が出始めており、注目が集まっている。そこで本稿は、2015年以降の政策動向と関連市場状況を分析し、「十三五」期間における地下水汚染対策の展望について分析する。
1. 地下水汚染の現状
地下水の水質が悪化、依然として深刻な状況
国土資源部は、2015年5月、全国202の地市級行政区における地下水水質調査を行った。その結果、設置した5118箇所の地下水監視点のうち、水質が「比較的悪い」、「極めて悪い」に分類される監視点の数は全体の61%を占めていたことが分かった。いっぽうで「優良」と判定されたのは全体の9.1%に過ぎなかった。基準を超過した項目は主に総硬度、総溶解固形分、鉄、マンガン、フッ化物、硫酸塩などであり、一部での監視点では、ヒ素、鉛、六価クロム、カドミウムなど重金属の項目が基準を超過したケースもあった。
また水利部が2016年1月に公表した報告によると、東北の松遼平原、華北の黄淮海平原、山西省、江漢平原などにある2103箇所の井戸での2015年の水質調査を実施したところ、工業用水向けとされる「水質IV類」が691箇所、より汚染が進んでいる「水質V類」が994箇所に上り、飲用水として使えないものは全体の約8割を占めていたことが判明した。
さらに2017年6月に環境保護部が発表した「2016年中国環境状況公報」では、2016年度の地下水水質に関して、全国6234箇所の地下水監視点の観測結果として「比較的悪い」、「極めて悪い」と評価されていた監視点の割合はそれぞれ45.4%と14.7%で、合わせて全体の60%を超えていた。この結果は、冒頭で紹介した2015年国土資源部の調査結果とほぼ一致しており、改善の兆候が見られていないことを示唆するものである。
図 中国での地下水水質の状況
(出典:中国環境状況公報2016年)
また汚染の問題だけでなく、華北地域の中心である河北省、北京市、山東省、山西省、内モンゴル自治区などの省・直轄市・自治区では、地下水の過剰取水により、地下水水位の低下、地盤沈下の問題が顕在化し、特に地下水を主要水源とする一部の都市部ではさらに深刻化している。
2. 地下水汚染対策に関する政策と取り組み
中国政府は地下水分野に関して、2010年以降、「全国地下水汚染防止計画」(2011~2020年)をはじめ、一連の政策を公布している。
全国地下水汚染防止計画(2011年)
2011年に環境保護部が公布した「全国地下水汚染防止計画」(2011~2020年)では、2015年までに全国の地下水汚染状況を概ね把握し、全国範囲で地下水修復における試験事業を展開し、地下水環境の監督管理体制を構築し、地下水の悪化を初歩的に抑制するという目標を掲げた。
十三五生態環境保護計画
国務院が2016年12月に公布した「十三五」計画期間(2016~2020年)における中国生態環境分野における政策指針ともいえる「十三五生態環境保護計画」では、地下水汚染総合対策の推進が強調された。同計画では、地下水分野における2020年までの目標として、「2020年までに、全国地下水汚染の悪化に対して初歩的な歯止めを掛ける、水質が『極めて悪い』に分類される地下水の割合を15%前後に抑える」と明記した。その達成に向けた詳細任務として、下記の3項目が挙げられた。
- 集中式地下水型飲用水水源補給区と汚染源周辺地域における環境状況の定期的な調査・評価を行う。
- 重点工業業界の地下水環境の監督管理を強化し、汚染防止対策を導入し、地下水汚染リスクを効率よく低減させる。
- 地下水汚染地のリストを公表し、リスクをコントロールし、地下水汚染修復の試験事業を実施する。
また地下水修復テスト事業に関して、2016年3月に中国政府は公布した「中国国民経済と社会発展第十三次五ヵ年計画綱要」では「環境治理保護重点プロジェクト」の一環として、「北京、天津、河北、山西等地域における地下水修復テスト事業を行う」と明記した。
水汚染防止法
2017年6月に公布され、2018年1月に施行される最新の「水汚染防止法」では、化学品生産企業、工業集積区、鉱山などの工業生産分野、農業灌漑分野に対して関連対策の強化による地下水汚染の防止、監視体制の強化などを要求した。
国家地下水観測プロジェクト
2014年には、国土資源部および水利部が共同で「国家地下水観測プロジェクト」を発足させ、2017年までに国家レベルの地下水監視センター1箇所、流域ベースの地下水監視センター7箇所、省レベルの地下水監視センター31箇所を建設し、さらに全国で下水監視点2万401箇所を建設するという計画で、現段階では関連事業は計画とおり推進されている。
地方ベースの対応
中央政府の地下水関連対策の強化に伴い、一部の地域も地方ベースの政策作りを加速させている。河北省と陝西省はそれぞれ「河北省地下水管理条例(2015年3月)」、「陝西省地下水管理条例(2016年1月)」を公布・実施した。また江蘇省と山西省の場合、それぞれ「江蘇省地下水資源管理と保護の更なる強化に関する指導意見」(2016年11月)、「山西省地下水管理と保護取り組みの強化に関する通達」(2016年1月)を公布した。地方レベルの政策には、地下水資源利用の規範化、水源地の保護、地下水の過剰用水地域対策の実施、政府部門の関連管理体制・監視体制の強化などが含まれている。
3. 地下水水質の関連基準国家基準
地下水水質基準に関して、現行の基準は1993年に公布・実施された国家基準「地下水質量標準」(GB/T 14848-1993)である。同基準は39項目の指標から成り、地下水の探察評価、監視、開発利用、監督管理などの関連事業を行う際の基本文書の役割を果たしている。現在、国土資源部、水利部などの関連部門が共同で同基準の改正作業を行っており、指標を「常規指標」と「非常規指標」の2種類に分け、さらに既存の39項目から93項目に拡大することが予定されている。無機物指標であるホウ素、アンチモン、銀、タリウムなどの指標の新規追加、ヒ素、カドミウム、鉛などの指標の改正を行い、また、有機物指標を47項目追加する内容となっている。同時に改正案では、地下水質の分類および指標、地下水質評価と地下水質保護などの内容も新たに盛り込まれている。改正案の「地下水質量標準」はすでに内部審査を追加し、近い将来に新たな国家基準として正式に公布されるものと見込まれる。
4. 地下水汚染対策に関するプロジェクト
現状、中国の地下水対策分野は、まだ発展の初期段階といえる。全体状況の把握ための調査事業が各地で実施されているものの、具体的な対策については点源対策による汚染拡大抑制が中心で、修復事業に関しては特定地域または特定汚染地におけるモデルベースの事業がほとんどであり、全面的な展開はこれからと言える。この傾向は「十三五生態環境保護計画」での同分野における目標設定からもうかがえる。つまり、水質関連、地表水水質関連目標は達成しないといけない「拘束性」目標として設定さているが、地下水の場合は強制力のない「予期性」目標となっている。
都市部、特に北京、上海のような大都会で行う土地再開発事業の一環として地下水修復事業の実施は、複数ある。特に一部の化学産業や鉄鋼業などの、都市部への環境影響が大きい大手企業の郊外への移転によって、その跡地を商用地、住宅用地などとして再開発する際に関連修復事業の実施が必要なり、土壌修復事業と共に地下水も対象となるケースが多く見られる。この様な事業の依頼側は、政府系の投資・土地開発企業が多く、政府予算が資金源となることが一般的である。
2017年に実施された主な地下水修復事業は下表の通りである。
表 2017年の地下水修復関連事業の例
プロジェクト名 | 地域 | 時期 | 依頼側 | 事業担当企業 | 事業規模 |
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上海市宝山南大地区41-07号地(南大化工場の跡地)修復事業 | 上海市 | 2017年6月 落札 |
上海宝山南大地域開発建設有限公司 | 上海宝冶集団
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土壌修復9,614m3 地下水1,752 m3 |
江橋鎮0804号地場土壌および地下水汚染修復事業 | 上海市 | 2017年4月 落札 |
上海市北虹橋建設発展有限公司 | 上海市同済科藍環保設備工程有限公司 | 土壌修復10,000 m3 地下水20,000 m3 |
広州油製気工場地場修復事業 | 広東省 | 2017年3月 落札 |
広州市城実投資有限公司 | 中科鼎実環境工程股フン有限公司 | 汚染土壌(面積)320,000m2 地下水40,000 m3 |
嘉定区201602号汚染地場修復事業 | 上海市 | 2017年3月 落札 |
上海市嘉定区土地貯備センター | 上海中耀環保実業有限公司 | 汚染土壌(面積)3,160 m2 地下水11,133 m3 |
常州市曙光化工有限公司と光輝化工有限公司跡地地場修復事業 | 江蘇省 | 2017年8月 落札 |
常州市交通産業集団有限公司 | 上田環境修復有限公司 | 土壌修復(面積)4,986 m2 地下水29,681 m3 |
上海桃浦科技智慧城コア地域地場(654号)汚染土壌、地下水修復事業 | 上海市 | 2016年9月 落札 |
上海桃浦科技智慧城開発建設有限公司 | 北京建工環境修復股フン有限公司、上海環境衛生工程設計院有限公司、北京高能時代環境技術股フン有限公司 | 土壌修復(面積)106,737 m2 地下水10,952 m3 |
そのほか、近年中国では、違法な環境汚染行為に対する取り締りが全面的に強化され、環境違反事件の摘発・裁判に伴う環境修復事業の実施も見られ始めた。2014年9月に発覚したトングリ砂漠汚染事件と、その後に実施された地下水修復事業はその典型例である。
トングリ砂漠環境汚染事件とその後の地下水修復事業
2011年ごろから内モンゴル自治区と寧夏回族自治区の境に位置するトングリ経済開発区内の複数の企業が、製紙系捺染系工業排水を処理せず、無断でトングリ砂漠に長期間、大量に排出し、現地のそもそも脆弱な環境系に大きな悪影響を与えていた。2014年9月に事態は政府環境主管部門に発覚し、重大環境汚染事件として中央政府が直接関与し、取り締まりを行った。マスコミにも大きく取り上げられ、全国から関心が集まられた。同汚染事件の関連責任企業は、直後に生産停止命令を受け、責任者は刑事責任が問われるとともに、責任企業に対する環境損賠賠償の裁判が行われた。2017年8月、8社の汚染物排出企業が主要責任に当たると認定され、各社に総額5.69億人民元の環境修復費を負担するよう寧夏地方裁判所から判決が下された。
現在、汚染土壌、地下水の修復事業は進んでおり、責任を問われた寧夏回族自治区の明盛染化、藍豊化工、華御化業の3社には、161.9万m2の敷地内の汚染土壌および地下水の修復が命じられている。3社は地下水汚染に対し、27箇所のポンプステーションを設置し、平均1日あたり480m3の地下に溜まっている汚水を抽出し、新規建設された排水処理場にパイプで搬送し、処理している。同事業は3~5年間にわたり継続する必要があると見られており、次の段階として汚染地に対して生物化学的手法によって更に処理し、事業全体として10年間以上続き、1億人民元以上のコストを要するものと見込まれている。
5. まとめ
中国の地下水に関する一連の政策のもと関連企業も積極的に同分野に進出しようとしている。汚染状況調査と現状分析といった分野に関して、政府系研究機関・大学と一部技術力を持つ専門企業が参画している。いっぽうで対策分野に関して、北京建工環境修復股フン有限公司、北京高能時代環境技術股フン有限公司、永清環保股フン有限公司、中節能大地環境修復有限公司のような環境修復分野の一部の大手企業は、各地で事業を展開している。ただし、前述のように現段階では中国の地下水浄化・修復関連事業の実際の案件ニーズはそれほど多くなく、しかも政府資金によるものが圧倒的に多い。そのため、市場が本格的に動き出しているとはいえない。
その一方で、地下水対策分野・土壌修復分野を含めた生態修復分野に関しては中国の汚染の現状からみると大きなニーズがあり、将来的に大きな市場に繋がると見られる。中国政府は、すでに地下水汚染対策を「十三五」期間中において重要な環境対策の一環として取り上げている。そういった背景の下、関連国内企業は案件を獲得、事業を展開し、くわえて積極的な関連技術・設備の開発、海外先進技術の導入に力を入れている。外資系企業にとっては、汚染状況診断、技術案の提言などを含めたコンサルティング分野や、先進設備面の中国企業への提供・技術協力分野が、これからは有望と考えられる。一方で、中国企業からの汚染対策案件のEPC委託のような事業は、外資系企業にとってはまだ容易ではなく、中国の国内環境企業との連携による進出が必要となる。