本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学環境学院環境管理政策研究所 常杪所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「中国の都市部生活排水事業における新動向分析と発展方向」というテーマで、その最近の動向を概説する。
はじめに
近年、中国の都市部生活排水事業は中央政府の直接推進のもと、目に見える成果を挙げている。大都市の生活排水インフラ整備状況の継続的な改善に伴い、事業の重点が「東部から西中部へ、大都市から小都市へ、建設から運営・管理重視へ」といった特徴が顕在化している。また2015年以来「水汚染防止行動計画[1]」の公表やPPP方式の促進策など、一連の政策のもと中国都市部生活排水市場は新たな変化をむかえている。本稿は、最新の統計データおよび政策・市場動向の整理、解説を踏まえ、2016年から始まる第十三次五カ年計画期間中(2016-2020年)の市場の特徴および発展方向、有望分野を分析する。
1. 中国生活排水の排出と処理現状
1.1 生活排水排出量の増加
近年中国の都市化の進行に伴い、都市部生活排水の排出量は増加傾向にあり、2013年までに中国の都市部の生活排水量は485.1億トンで、第十一次五ヵ年計画(2006-2010年)初期の2006年の296.06億トンより60%以上の増加となっている(下図)。
図1 2005-2013年中国都市部生活排水排出量の変遷(億トン)
出典:中国環境統計年鑑2005-2013年
また地域別では、2013年年までに、東部沿海地域の排出量が全体の53%以上を占め、中部、西部、東北地域がそれぞれ19%、18%、10%となっている。
図 地域別の都市部生活排水量
(出典:中国環境統計年鑑2013年)
いっぽう農村部に関しては、分散型であったり、排水量が不安定などの特徴もあり、正確な統計データが乏しく、現段階の排水量が100億トン~110億トン規模であると推定され、都市部生活排水と同様に年々増加傾向である。
1.2 排水処理施設建設の加速
都市部における排水処理施設建設が着々と進み
生活排水の発生量の増加に伴い、中国では第十一次五ヵ年計画から、排水処理施設、特に都市部における集中処理型施設の建設が全面的に増加している。2014年末までに全国都市部にて累計で3117か所の排水処理施設が建設され、一日当たりの排水処理能力は1.57億m3に達しているが、これは2006年の5507万m3と比べて3倍近くに拡大していることになる。こういった処理能力の増強によって、都市部の排水処理率も改善されつつあり、2014年までに全国658の設市都市の排水処理率は90.18%に達している(下図)。
図 都市部生活排水処理能力(左軸)および排水処理施設数(右軸)の推移
(出典:中国住宅・城郷建設部通報2006-2014年)
建設重点地域の変化:東部から西中部へ 大都市から小都市へ
経済が比較的発達している中国の東南部・沿海部において、生活排水処理施設の整備が地方財政の多額投入・民間投資の導入によって早く進んできたが、中西部地域においては比較的遅れていた。しかし2010年以降、中西部都市における建設事業の実施が顕著に増加しつつある。また、大・中都市を重視する一方、2010年以降、中国は小都市における生活排水インフラ整備にも力を入れ、2014年までに県庁所在小都市の排水処理率も初めて80%を超え、82.12%に達している。また鎮レベルの生活排水処理施設の整備も加速されている。
図 都市部の生活排水処理率の推移(単位:%)
(出典:中国都市建設統計年鑑2006-2014年)
農村部生活排水処理関連事業の加速
都市部の排水処理事業の進展に比べ、農村部関連事業は明らかに遅れている。2014年までに生活排水を適切に処理する能力を持つ行政村の割合は、全国55.3万の行政村の10%前後にとどまっている。近年政府は、農村部における生活排水事業にも力を入れ、各地の関連整備事業が全面的に加速されている。
2. 重要政策動向
近年、国レベルとしては、都市部生活排水処理促進に関する数多くの政策が公表されている。そのなかでも、2015年4月の「水汚染防止行動計画」(通称「水十条」)、および2014年12月以降に公表されてきた複数のPPP促進関連政策には注目が集められている。
「水汚染防止行動計画」
「水汚染防止行動計画」は、工業廃水対策、都市部水汚染対策、農業水汚染対策など水汚染主要分野における今後15年間、特に2020年までの目標と主な任務を明確にした、水分野における最重要政策指針である。「水汚染防止行動計画」では、都市部生活排水処理に関しては、既存都市部生活排水施設のグレードアップ、小都市における生活排水施設の拡充が明確に要求されている。
「PPP方式の促進」
中国政府は2014年末以降、「政府と社会資本の協働“PPP”に関する指導意見」(国務院)、「政府と民間資本合作方式の運用推進に関する通達」(財政部)などを公表した。一連の政策は、インフラ分野における民間資本の導入、公共サービス、自然環境、生態建設、インフラ整備など重要領域における投融資メカニズムの革新、および民間資本の促進を明確にし、重要領域におけるPPPメカニズムの構築を強調し、さらに、実際の実施ベースにおけるあり方も明確にしている。
水汚染対策分野は重要分野として取り上げられ、2015年4月に財政部および環境保護部は共同で「水汚染防止分野におけ政府と民間資本の合作に関する実施意見」を公表している。生活排水分野においては、以前からBOT、TOTなどPPP方式の活用が多く、比較的成熟したビジネスモデルが形成されており、優先推進分野のひとつとなっている。中国財政部は2014年11月と2015年9月に国レベルのPPPモデル事業のリストを公表したが、一回目のリストには30項目のプロジェクトがリストアップされ、そのうち8項目が生活排水処理関連のプロジェクトであった。また、二回目のリストには17項目の生活排水処理関連のプロジェクトが含まれ、総投資需要額は398.9億元に達している。また各省レベルの地方政府も所在地域のPPPモデル事業リストを公表し、地域によって異なるものの、生活排水処理分野については全体としては国レベルのリストと同様に重要な割合を占めている。
3. 市場の変化
「水十条」の公表により、都市部排水整備に関する発展目標が示され、市場ニーズの明確化により、関連事業の実施の加速にも繋がっている。さらにPPP方式の推進とプロジェクトのあり方の具体化および政府の役割の明確化により、生活排水処理分野において民間資本が積極的に導入され、2015年以以降、生活排水整備関連市場では新たな動きが出ている。
(1) 政府の推進のもと、PPP方式プロジェクトの実施が加速
2015年6月以降だけでも、各地でPPP方式での落札・契約済みの都市部生活排水処理プロジェクトの数は数十件に上る。参考までに下表に各プロジェクトの概要を示す。
(2) 県・鎮レベルの中小型の排水処理施設関連案件の増加
新規案件のうち、県・鎮レベルの中小型事業案件が多く含まれている。大都市の場合は新規の施設建設案件というよりも、排出基準強化に対応するための改修または処理能力拡張事業が多い。
(3) 既存施設の改修の重点化
(4) TOT方式など既存施設の運営・管理への民間資本の参入案件の増加傾向
既存公的排水処理施設へのTOT方式のもとで、民間専門企業による事業参加案件が増えている。民間専門企業は施設所有権を一定期間購入することで、契約期間内での運営権を獲得し、利益を得る。その一方で政府は、施設運営の専門性を向上させると同時に固定資産の活用による資金の流動性を向上させている。
(5) 排出基準の向上
新規プロジェクトのうち、一級A基準の採用が一般的で、場合によっては更に厳しい排出基準の導入例もある。
表 2015年6月以降にPPP方式下の落札・契約済み都市部生活排水処理プロジェクトの例
地域 | プロジェクト名 | 段階 | 方式 | 規模 | 投資企業 | 投資額 |
---|---|---|---|---|---|---|
安徽省 | 界首市排水処理PPPプロジェクト | 契約(2015年11月) | TOT | 既存排水処理施設4件 処理能力4万トン/日 |
天津創業水務有限公司 | 未公開 |
江蘇省 | 如皋市排水処理 PPPプロジェクト | 契約(2015年10月) | BOT | 既存排水処理施設改修工事2件、拡張工事1件 処理能力10万トン/日 |
如皋市同源汚水処理有限公司 | 3.86億元 |
河南省 | 平頂山市排水処理場PPPプロジェクト | 落札(2015年10月) | TOT 契約期間:30年 |
既存排水処理施設4件 処理能力26万トン/日 |
アモイ水務集団有限公司 | 8.61億元 |
浙江省 | 浦江県排水処理場PPPプロジェクト | 落札(2015年10月) | TOT 契約期間:25年 |
既存排水処理施設4件 処理能力3.5万トン/日 |
浙江富春紫光環保股フン公司と浙江物産環保エネルギー股フン有限公司による連合体 | 2.80億元 |
安徽省 | 郎渓県排水処理場PPPプロジェクト | 落札(2015年10月) | TOT+BOT 契約期間:25年 |
処理能力4万トン/日 | 安徽国禎環保節能科技股フン有限公司 | 1.91億元 |
青海省 | 海東市楽都区排水場 PPPプロジェクト | 契約(2015年6月) | BOT | 処理能力4万トン/日 | 青海晟雪環保科技有限公司と北京中電聨環保科技有限公司による連合体 | 2.10億元 |
安徽省 | 懐遠県排水施設PPPプロジェクト | 契約(2015年7月) | TOT+BOT 契約期間:30年 |
既存排水処理施設TOT 処理能力3万トン/日 新設施設BOT 処理能力2万トン/日 |
安徽国禎環保節能科技股フン有限公司 | 1.00億元 |
湖北省 | 仙桃市排水処理場 PPPプロジェクト | 落札(2015年9月) | BOT | 新規排水処理施設12件 処理能力4.2万トン/日 関連配管敷設を含む |
北京碧水源科技股フン有限公司tp武漢三鎮実業控股股フン有限公司による連合体 | 3.05億元 |
広東省 | 汕头市潮南区排水処理場 PPPプロジェクト | 落札(2015年6月) | BOT 契約期間:30年 |
新規排水処理施設3件 処理能力7.5万トン/日 関連配管敷設を含む |
北京碧水源科技股フン有限公司 | 6.80億元 |
遼寧省 | 新民市排水処理場PPPプロジェクト | 契約(2015年8月) | BOT | 新規排水処理施設 処理能力3万トン/日 既存施設における改修 処理能力5万トン/日 |
中信環境技術有限公司 | 未公開 |
浙江省 | 浙江省诸暨市浣东再生水場(地埋式)PPPプロジェクト | 契約(2015年7月) | BOT | 処理能力5万トン/日 | 北京碧水源科技股フン有限公司 | 4.63億元 |
広東省 | 汕头市潮陽区排水処理場 PPPプロジェクト | 契約(2015年7月) | BOT 契約期間:30年 |
処理能力5万トン/日 | 北京桑徳環境工禎有限公司と桑徳国際有限公司との連合体 | 未公開 |
福建省 | 章州市東墩排水排水処理場建設プロジェクト | 契約(2015年6月) | BOT 契約期間:28年 |
処理能力13万トン/日 | 福建省章州発展股フン有限公司 | 3.74億元 |
遼寧省 | 大連市泉水河排水処理場建設プロジェクト | 契約(2015年7月) | BOT 契約期間:22年 |
処理能力10.5万トン/日 | 上実環境水務股フン有限公司 | 2.40億元 |
内モンゴル自治区 | 包頭市土右旗排水処理場PPPプロジェクト | 契約(2015年6月) | BTO | 処理能力4万トン/日 | 北控水務集団有限公司 | 1.50億元 |
4. 企業ベースの対応
各種政策による促進、市場ニーズの拡大に伴い、排水処理関連主要企業も積極的に動き出している。
4.1 主要企業のPPP方式もとの市政排水分野における事業の拡大
北京碧水源科技股フン有限公司、安徽国禎環保節能科技股フン有限公司、北京桑徳環境工程有限公司、北京首業股フン有限会社、上海巴安水務股フン有限公司等大手をはじめとするエンジニアリング大手、および武漢控股股フン有限公司、北京首創股フン有限公司、成都市興蓉環境股フン有限公市、北控水務集団有限公司など政府系の水関連施設運営・管理大手は、技術面、資金面、経験面、市場獲得能力を生かし、PPP方式を活用し積極的に各地で市場シェアを拡大している。そのうち、膜技術を武器とする生活排水処理大手の北京碧水源科技股フン有限公司の2015年第3四半期報告書では、同社が2015年に複数の都市部排水処理関連PPPプロジェクトを落札し、契約金額は66億人民元に達したことを発表している。同様に北控水務集団有限公司、北京桑徳環境工程有限公司なども数十億元規模のプロジェクトを落札している。
いっぽうで、もともと生活排水施設の投資・建設・運営管理を主要事業分野としていない関連企業も同分野への進出を強化している。例えば、工業排水処理大手の北京万邦達環保技術股フン有限公司は、2014年以来、PPP方式のもとで積極的に市政排水処理分野の事業を拡大し、2015年1月および5月には安徽省の芜湖市、内モンゴルのウランチャブ市で大型市政排水処理事業を落札している。さらに、同様に工業廃水処理大手の広西博世科環保科技股フン有限公司、中電聨環保科技有限公司なども実績を上げている。
4.2 業界再編の動き
市場の拡大につれて、2014年以降、主要水処理企業は、有力な中堅企業やベンチャー企業を買収・合併(M&A)することで事業拡大を加速させている。2015年の上半期のM&A案件数と金額は更に増える傾向にある。こういったM&Aの主な狙いとしては以下のようなものが考えられる;
(1) サプライチェーンの拡大
(2) 本拠地以外での有望地域市場シェアの獲得
(3) 特定分野の専門事業者から総合ソリューション事業会社への転換
(4) 他分野から水処理分野への進出
また、国内優良中堅企業を対象としたM&A以外にも、海外におけるケースも出てきた。2015年11月の上海巴安水務股フン有限公司による、オーストリアの水処理設備メーカーである KWI Corporate Verwaltungs GmbHの買収がその一例である。こういった水関連大手の海外におけるM&Aはまだ初期段階であり、先進的技術・生産プロセスの導入がその主な狙いで、規模も限定的であるが、需要の拡大につれて、そのような動向は今後さらに活発になると考える。
一方、中国市場に進出している外資系水処理企業にとっては、2002年頃のようなPPP関連方式での大規模な特定建設プロジェクトへの投資は少なく、水処理膜、薬剤のような中核部品、設備の提供は依然として主要事業分野となっている。
おわりに
2014年以来、国による一連の政策のもとで生活排水処理市場は活性化し、また2016年から始まる第十三次五カ年計画においても生活排水処理分野を重要分野と取り上げることが見込まれ、再び有望市場になりつつある。特に同分野におけるPPP方式の運用がすでに成熟的なビジネスモデルとして模索、活用され、今後の一定期間においても地方・中小都市を中心とする新規建設事業、大都市における既存処理施設の改修・更新事業が継続的に増えるものと期待される。
[1]EWBJ54号に関連記事あり「中国国務院、水汚染防止行動計画(水十条)を発表――水質汚染改善の中長期的目標やそのための措置について盛り込む」