米国での飲料水への有機フッ素化合物類(PFAS類)汚染を巡る法規制の動向

1. 飲料水の有機フッ素化合物類(PFAS類)の汚染が全米で拡大

米国では近年、癌や免疫力低下の原因になりうるとされる、有機フッ素化合物類(PFAS類)の一種であるペルフルオロオクタンスルホン酸塩(PFOS)やペルフルオロオクタン酸(PFOA)による飲料水汚染が問題化している。2016年には、ニューヨーク州フーシック・フォールズ(Hoosick Falls)やバーモント州ベニントン(Bennington)にて、飲料水へのPFOAの汚染を受けて州知事が非常事態宣言を発布したほか、製造施設、民間空港、及び軍事施設などの産業施設が位置する周辺地域では、飲料水への汚染により上水道供給システムの閉鎖が相次いだ。米国環境NGO、Environmental Working Group(EWG)とノースイースタン大学社会科学環境衛生研究所が2018年4月に共同公表した飲料水汚染調査によると、これらの産業施設が立地する周辺地域などPFAS類の汚染箇所は全米で22州94箇所に上るほか、全米33州で1600万人が利用している水道水がPFAS類で汚染されているという[1]。米環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)が2011年にウエストバージニア州パーカーズバーグに位置するDuPontテフロン製造工場の周辺地域における飲料水の汚染を警告して以来、PFAS類の汚染箇所は年々全米で増加している。直近では、ノースカロライナ州ウィルミントン地域の飲料水にて、上流部に位置するDuPont子会社Chemoursの化学製造工場で使用されるPFAS類の一種であるGenXやその他のPFAS
類が検出された。

図 全米におけるPFAS類の汚染地域(2018年4月時点)
(出典:EWG)
赤:PFAS類の汚染箇所、青:PFAS類の水道水汚染地域

 

2. 米国における飲料水へのPFAS類汚染に対する規制化の動き

米国では、化学メーカーなどの産業界の圧力もあり、法的強制力のある全米レベルでのPFAS類規制は存在しておらず、EPAが任意レベルの勧告値を設定するに留まっている。EPAは2016年5月に、PFOAとPFOSを対象とした飲料水の健康注意レベル(Health Advisory Level)を発表しており、安全の目安として飲料水へのPFOAPFOS含有値は合計70pptと設定した。全米における飲料水へのPFAS類の汚染が拡大する中、EPAはPFAS類の取締に向けて新たな取り組みを進めつつある。

EPAは2018年5月22日及び23日、飲料水へのPFAS類の汚染に関する取組みを話し合う全国リーダーシップ・サミットをワシントンDCで開催した。同サミットでは、全米38州政府、産業セクタ、環境保護団体など合計約200名が参加し、PFAS類のリスク検証に向けた情報が共有された。近年拡大する飲料水へのPFAS等の汚染解決に向けた州政府の取組み等を踏まえて、EPAは、PFOA及びPFOSの規制化を視野に入れた検討を行う方針を示した。同庁が明らかにした今後の主な取り組みは以下のとおりである[2]

  • PFOA及びPFOSを対象とした飲料水安全規制(最大汚染レベル値:Maximum Contaminant LevelMCL)の策定(規制化)の必要性を検討開始する。他の連邦政府機関等とともに、飲料水へのPFOA及びPFOS汚染に関する情報を検証する。
  • 1980年に制定された包括的環境対策補償責任法(Comprehensive Environment Response, Compensation, and Liability Act:CERCLA、通称スーパーファンド法)第201条などの関連する既存法規制に基づき、PFOA及びPFOSを有害物質として定義付ける提案を行うための検討を開始する。
  • EPAは現在、汚染地域における地表水のPFOA及びPFOSの浄化に向けた提言を取りまとめており、今年秋までに完了する予定である。
  • EPAは、他の連邦政府や州政府等とともに、特定の化学物質の健康リスクを評価するため、GenXやパープルオロヘキサン酸(PFBS)といったPFAS類の毒性値を今夏を目途に設定する。

一方、米連邦議会では、全米における飲料水へのPFAS類の汚染拡大を受けて、汚染リスクに関する調査研究や浄化を目的として、EPAへの予算増額が決定した。2017年10月から2018年9月までの2018年度連邦政府予算支出額において、未決定分であった予算歳出額を承認する予算歳出法案“Omnibus Spending Bill”が2018年3月下旬に成立した。合計1.7兆ドル規模の予算歳出法では、軍事施設の周辺地域におけるPFAS類の健康への影響を調査研究するために1000万ドル、PFAS類の浄化を目的としたスーパーファンドプログラムに合計8600万ドルの予算が配当される。国防総省(Defense Department)は全米で393箇所に上る軍事施設にてPFAS類の環境への放出を確認しており、同予算を通じて、軍事施設の周辺地域におけるPFAS類の汚染を軽減する[3]。2018年度におけるPFAS類の調査研究に対する予算額は当初予算案と比べて300万ドル増額、浄化を目的とした予算額は当初案よりも約1400万ドル増額となった。また同予算歳出法では、飲料水へのPFAS類の含有量に関する調査結果を4半期毎にEPAへ報告することを国防総省に義務付けている。このような、2018年度予算歳出額の増額や国防総省への要件などの取り組みは、飲料水へのPFAS類の汚染解決に向けた関心が議会でも高まりつつあることを裏付けている。

 

3. 州政府によるPFAS類の規制化の動き

このように、EPAは全国リーダーシップ・サミットにてPFAS類の規制化に向けた検討を開始することを明らかにしたものの、現時点では連邦レベルの同物質の規制化は実施されていない。そのため、米国では現時点にて州政府による取り組みが主体である。多くの州政府は、飲料水へのPFAS類の汚染は、住民の健康や環境へ悪影響を及ぼすため、その解決が喫緊の課題であると認識しており、EPA健康注意レベルよりも厳格な奨励値の設定やPFAS類の規制化を進めるなど、PFAS問題への取り組みの最前線に立っている。ワシントン州やコネチカット州、コロラド州などの一部の州政府は、EPAの健康注意レベルを州内の安全の目安として採用しているほか、バーモント州やミネソタ州では、EPA注意レベルよりも厳格な奨励値を設定している[4]。さらに最近では、ニュージャージ州政府が飲料水へのPFAS類を取り締まる規制を全米で初めて発表したほか、ミシガン州やカリフォルニア州では規制化に向けた取組みが進んでいる。また、ニューヨーク州やペンシルバニア州でも規制化を検討する動きがあるなど、PFAS類の取締りに向けた取組みが全米に広がりつつある。主な州政府による規制化の動向をまとめた。

表 主要州における主なPFAS類の規制化動向

州政府 主な取り組み内容
ニュージャージ州 ニュージャージ州政府は2017年11月、全米初となるPFOAを対象とした飲料水安全基準値(MCL)を設定したと発表した。飲料水へのMCLを14pptとし、EPAの健康注意レベル値70ppt、州政府による現行の奨励値40pptと比較して厳格化されている。ニュージャージ州では近年、州内37 箇所の上水道システムにて同基準値を上回る飲料水へのPFOAが検知されていた。同州政府はまた、PFAS類の一種であるパーフルオロノナン酸(PFNA)を対象としたMCLも設定したほか(13ppt)[5]、PFOSを対象としたMCLの設定も現在検討している。同州環境保護局(Department of Environment Protection)内に設置された健康影響小委員会(Health Effects Subcommittee)は、PFOSを対象とした飲料水へのMCLを13pptへ設定することを州政府へ提唱している。
カリフォルニア州 カリフォルニア州政府環境・健康有害性評価室(OEHHA:Office of Environmental Health Hazard Assessment)は2017年11月、同州安全飲料水・有害物質取締法(通称:プロポジション65)の「生殖毒性の原因物質であることが認知されている化学物質リスト」に、PFOAとPFOSを追加更新したと発表した。その結果、飲料水へのPFOA及びPFOSの放出が禁止される。更に、安全レベルを超えて同物質が含有された製品を製造、流通、販売する業者は、その旨を警告することが義務付けられている[6]。またカリフォルニア州では、飲料水へのPFAS類の含有以外の取締りも強化されつつある。同州有害物質規制局(DTSC:Department of Toxic Substances Control)は2018年2月中旬、州安全消費者製品(Safer Consumer Product)プログラムに基づき、PFAS類を含有するカーペットやラグを、規制対象の製品リストとして位置付けることを提案した。同提案では、これらの製品の製造業者は施行後60日以内にDTSCへ登録することが義務付けられるほか、PFAS類の使用が禁止またはより安全な代替物質による利用可能性を検証することが義務付けられる。同年4月までにパグリックコメントが募集され、これを踏まえて最終化される。
ミシガン州 ミシガン州政府は2018年1月、州天然資源環境保護法(Natural Resources and Environmental Protection Act)に基づき、PFOA及びPFOSの浄化対象基準値を70pptと設定した。同浄化対象基準値は、一般的に飲料水水質基準として設定されるMCLではないものの、実質飲料水を対象とした安全基準値(規制)として位置付けられており、同基準遵守の違反者に対して法的措置を講ずることができる。
ニューヨーク州 ニューヨーク州政府は2017年11月、飲料水へのPFAS類を対象とした規制化の検討を開始した。同州では、州公共健康法(New York State Public Health Law)に基づき、12名のメンバーから構成される飲料水質委員会(DWQC:Drinking Water Quality Council)が同年9月に設置された。同委員会では、州内における飲料水への汚染拡大を背景として、現在規制対象外にあるPFOAやPFOSなどのPFAS類や他の汚染物質の取締りを目的としている。DWQCは2017年11月、PFOAやPFOSなどのPFAS類を対象としたMCL設定に向けて提言を行うことを提案した。これらの化学物質を対象としたMCLの設定に向けた提案は2018年10月までにまとめられる予定である。
ペンシルバニア州 ペンシルバニア州環境保護局(Department of Environmental Protection)は2017年8月、地元環境保護団体Delaware Riverkeeper Networkの要請を受けて、将来的な規制化を視野に入れた、飲料水へのPFOAへの汚染に関する研究調査に取り組む方針を発表した。同団体はPFOAを対象としたMCLとして14pptを設定することを要請している。同州では、バックス郡やモントゴメリー郡などに位置する軍事施設にて消火剤にてPFOAが使用されており、同化学物質の漏洩による周辺地域の飲料水への汚染に対する懸念が高まりつつある。

 

4. まとめ

既述のとおり、飲料水へのPFAS類の汚染拡大を受けて、EPAは全国リーダーシップ・サミットを開催し、法的拘束力のあるMCLの策定を通じたPFOA及びPFOSの規制化を検討する方針を示した。また、連邦議会でも、飲料水へのPFAS類の汚染調査や浄化に関する予算増額など、全米レベルにおける飲料水へのPFAS類の取締りの検討が進みつつある。しかし、議会による取組みは限定的であるほか、EPAによる規制化の動きも現実するには膨大な時間を要するとの指摘も見られる。前述の米国環境NGOのEWGに所属する上席科学者David Andrews博士は、過去20年間以上もEPAは飲料水の新基準(MCL)を設定していないほか、石炭火力発電所を対象とした炭素排出規制や自動車排ガス規制などの様々な環境規制の撤回を表明した現EPA長官Scott Pruitt氏の下では、PFOA及びPFOSを対象とした規制化の可能性は低いと分析している。そのため、米国ではこれまでと同様に、州政府による規制化の動きが同化学物質の取締りを牽引するものと見られている。

[1] EWG, Known Contamination from Toxic Fluorinated Chemicals Keeps Spreading, With No End in Sight, April 18, 2018
https://www.ewg.org/research/update-mapping-expanding-pfas-crisis#.WwdYpKQvy1v

[2] EPA, Administrator Pruitt Kicks Off National Leadership Summit on PFAS, May 22, 2018
https://www.epa.gov/newsreleases/administrator-pruitt-kicks-national-leadership-summit-pfas
EPA, Historic EPA Summit Provides Active Engagement and Actions to Address PFAS, May 23, 2018
https://www.epa.gov/newsreleases/historic-epa-summit-provides-active-engagement-and-actions-address-pfas

[3] The Groundwater Association, Congress passes $1.3 trillion bipartisan spending bill, March 26, 2018
http://www.ngwa.org/Media-Center/news/Pages/2018-03-26-spending-bill.aspx
Circle of blue, Perfluorinated Chemicals Health Study Included in Congress Budget Deal, March 22, 2018
http://www.circleofblue.org/2018/world/perfluorinated-chemicals-health-study-included-in-congress-budget-deal/

[4] Lexology, PFAS: all signs point to more regulation and enforcement in 2018, December 21, 2017
https://www.lexology.com/library/detail.aspx?g=9ff39383-178c-4566-a3cb-64515c2623b2

[5] State of New Jersey, Christie Administration takes action to enhance protection of New Jersey’s drinking water, November 1, 2017
http://www.nj.gov/dep/newsrel/2017/17_0104.htm

[6] Lexology, PFAS: all signs point to more regulation and enforcement in 2018, December 21, 2017
https://www.lexology.com/library/detail.aspx?g=9ff39383-178c-4566-a3cb-64515c2623b2

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