トランプ政権による水・環境政策の取り組み現状
2017年1月に大統領へ就任したドナルド・トランプ氏(Donald Trump)は、気候変動・環境政策において、温暖化対策を積極的に進めてきたオバマ大統領とは逆行した取り組みを進めつつある。前オバマ政権は、温暖化政策の集大成となる、米産業界のうち炭素排出量が最も多い発電セクタの炭素排出削減を目的とした「クリーンパワープラン(Clean Power Plan:CPP)」を制定した。しかし、トランプ政権下の米環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)は2018年8月21日に、CPPの規制要件を緩和する代替規制「Affordable Clean Energy Rule」案を発表した[1]。またEPA及び運輸省(Department of Transportation:DOT)は同月上旬、オバマ政権時代に厳格化された輸送セクタにおける自動車燃費及び排ガス規制「CAFÉ standard」を撤回する方針を明らかにした[2]。一方、水政策に関しては、EPA及び米陸軍工兵隊(Army Corps of Engineers)は2017年6月に、オバマ政権が2015年に制定した水浄化規則(Clean Water Rule)を撤廃する規制案を発表し、現在その手続きが進められている[3]。水浄化規則は、従来の法規制の対象範囲を、沼や湿地などの小規模な水域へも拡大することを主目的としていた。そのため、同規制は、開発事業者や農業従事者等にとり多大な遵守コストが発生すると、共和党や産業界は反発していた[4]。
このようにトランプ政権は、水浄化規則の撤廃を始め、様々な環境・気候変動政策の取り組みを減速化させる中、水道水汚染の浄化や上下水道インフラの老朽化対策を行うことを掲げている。米国では最近、ミシガン州フリントによる水道水の鉛汚染など、全米各地にて水道水の汚染が明らかにされており、水道水の浄化に向けた取り組みが必要とされている。EPAは2018年4月、詳細内容を明らかにしていないものの、水道水の鉛汚染防止に向けた対策を講じる方針を掲げている。これを解決する一つの手段として、多額のコストを必要とするものの、米国内に敷設されている鉛を使用した水道管を取り換えることが提案される可能性もある[5]。
インフラ老朽化対策を積極化するトランプ政権
トランプ政権はまた、電力送配電網、道路、橋梁などを含めた、老朽化したインフラ全般の再整備に投資することを公約として掲げている。米国では社会インフラの老朽化が深刻化しており、米国土木学会(ASCE:American Society of Civil Engineers)によると、2017年における米国社会インフラの深刻度はD+であり、このうち上水道インフラはD、下水道インフラはD+に位置付けられている[6]。トランプ政権は2018年2月、今後10年間で合計1.5兆ドルに上る予算を拠出し、国内インフラを再整備する計画を打ち出した[7]。このうち、上下水道インフラの再整備については、水インフラ融資イノベーション法(WIFIA:Water Infrastructure Finance and Innovation Act)に基づくプログラムを通じた上下水道インフラへの設備投資などが挙げられる。WIFIAは、全米における上下水道インフラの設備投資を促進するために2014年に設立された。EPAは2018年4月に、WIFIAプログラム初となる融資(ローン)の提供を発表し、ワシントン州キング郡政府が実施する下水道越流水の処理施設の建設に対して、1億3,450万ドルに上る融資を行うことを決定した。EPAは、全米における上下水道インフラの更新に合計7430億ドルを上回る予算が必要であると試算している[8]。
米国では2018年3月に2018年度歳出法案(Consolidated Appropriations Act, 2018)が成立し、同年度における連邦政府の歳出承認額(予算配当額)が正式に確定した。トランプ政権は、環境・温暖化政策に対する取り組みを減速化するため、2017年5月に発表した2018年度連邦政府予算要求案ではEPA予算の大幅減額を盛り込んでいた。しかし、その後連邦議会で審議された結果、2018年度予算配当額は最終的には前年度額を上回る水準となった。特に上下水道インフラ整備や水道水の浄化(水道水からの鉛の除去を含む)に対する予算は前年度と比べて増額された。上記のWIFIAプログラムへの予算配当額は前年度の3,000万ドルから6,300万ドルへ大幅増加となった。また州政府を通じて、地方自治体が供給する上水道システムの安全性向上を目的としてインフラ投資を行う「州政府への飲用水整備融資基金(DWSRF:Drinking Water State Revolving Fund)」は前年度比で約3億ドル増となる11億6,000万ドルへ増額された。EPA以外にも、農務省(USDA)の農村開発プログラム等にて、地域の上下水道インフラ整備への設備投資が含まれている。関連する連邦省庁による主な水関連プログラムの予算配当額は以下のとおりである[9]。
表 2018年度水関連予算配当額と前年度との比較[10]
省庁 | 名称 | 概要 | 2017年度承認額 | 2018年度承認額 |
---|---|---|---|---|
EPA | WIFIAプログラム | 全米における上下水道のインフラの設備投資を促進 | 3,000万ドル | 6,300万ドル |
DWSRFプログラム | 地方自治体の水道水安全性の向上を目的とする設備投資を促進 | 8億6,000万ドル | 11億6,000万ドル | |
USDA | 農村開発プログラム | 農村地域の開発促進へ投資を行う。同プログラムには、上下水道インフラ整備への融資や補助金等が含まれている。 | 17億ドル(※) | 40億ドル以上(※) |
(※)USDA農村地域開発プログラムのうち、上下水道インフラ整備への予算配当額のみを計上
上下水道インフラ整備投資による投資ポテンシャル
このようにトランプ政権による各種プログラムを通じて、老朽化した上下水道インフラの整備が今後進められていくものと見られる。WIFIAプログラムでは、上下水道の処理施設や水道管の整備等に加えて、海水淡水化や水リサイクル、地下帯水層への注入(地下涵養)、渇水の防止・軽減などが、支援対象プロジェクトとして挙げられている[11]。EPAは過去、既述のワシントン州キング郡を始め、ネブラスカ州オマハ市における下水道越流水の処理施設の建設や、カリフォルニア州サンフランシスコ市の既存下水汚泥施設(消化反応槽)の建替え、同州オレンジ郡における汚水再生水の生成と地下涵養へ投資を行うことを決定している[12]。さらにEPAは2018年4月、2018年度予算配当額の決定を受けて、同年度WIFIA予算の配当対象となるプロジェクトを募集した。その結果、州政府や地方自治体等から、合計62件に上るプロジェクトが名乗りを上げた。これらのプロジェクトには、下水道越流水を含む下水道インフラ整備(合計27件)、上水道インフラ整備(同23件)に加えて、海水淡水化や再生水などが含まれている。また地域別では、申請プロジェクトの実施場所は全米合計26箇所に上る州や領土に跨り、このうちカリフォルニア州が最多である。EPAは、これらのプロジェクトの中から、実現可能性や実施による影響度(インパクト)、融資先(州政府や地方自治体等)の信用度などを加味して、今秋にプロジェクトを最終選定する。
表 2018年度WIFIA予算配当申請プロジェクトの区分と件数(申請段階)[13]
プロジェクトの種類(区分) | 件数 |
---|---|
合流式下水道越流(Combined Sewer Overflow)などの下水処理システムの新設や改修 | 27件 |
水道管や浄化施設等の上水道インフラの整備 | 23件 |
海水淡水化プロジェクト | 4件 |
複数の種類(区分)にて構成される統合型プロジェクト | 4件 |
水リサイクルプロジェクト | 2件 |
雨水収集・処理インフラの整備 | 2件 |
合計 | 62件 |
図 2018年度WIFIA予算配当申請プロジェクトの実施場所[14]
一方、EPAのDWSRFプログラムでは、水道水の安全性向上を目的としており、浄化施設や水道管、貯水池、水資源の開発や改修などの上水道インフラ整備に対して多額の予算(融資)が州政府を通じて地方自治体等へ付与されている。2017年単年度では合計約27億ドルに上る予算が支出(融資提供)された。このうち水道管(送水管、配水管)の整備が最も多く(11億9,000万ドル)、次いで浄化施設(9億9,700万ドル)の建設・改修と続いている。2017年度及びDWSRFプログラムが開始された1997年度から2017年度までの累積融資額は以下のとおりである。
表 2017年度、及び1997~2017年度のDWSRF累積融資額[15]
区分 | 2017年度融資額 | 1997~2017年度までの 累積融資額 |
---|---|---|
水道管(送水管、配水管)の整備 | 11億9,040万ドル | 139億6,770万ドル |
浄水施設(処理施設)の整備 | 9億9,730万ドル | 137億1,260万ドル |
貯水タンク/貯水池などの貯水インフラの整備 | 2億7,500万ドル | 36億6,930万ドル |
取水設備や井戸などの整備開発 | 1億5,460万ドル | 20億5,330万ドル |
その他 | 1億2,160万ドル | 19億8,180万ドル |
合計 | 27億3,890万ドル | 353億8,470万ドル |
まとめ
トランプ政権は、深刻化する米国インフラの老朽化対策を積極的に進める方針を明らかにしており、上下水道インフラの整備に向けた投資が今後活発化すると見られている。連邦政府は、老朽化した水道管の取り換えや浄水・下水処理施設の新設・更新を始め、渇水対策につながる再生水の利用や海水淡水化といった、広範囲に亘るプロジェクトに融資を行うことで、民間投資の活性化を狙いとしている。このうち特に、水道管の取り換えや浄水・下水処理施設の建設・更新といった、上下水道インフラ整備を重視している。そのため、水道水の水質を維持するプラスティック製水道管を始め、排水処理技術に対するニーズが今後拡大するものと見られる。
[1] EPA, “EPA Proposes Affordable Clean Energy (ACE) Rule” August 21, 2018
https://www.epa.gov/newsreleases/epa-proposes-affordable-clean-energy-ace-rule
[2] CNN Politics, “Trump administration wants to lower emissions standards for cars,” August 2, 2018
https://www.cnn.com/2018/08/02/politics/car-fuel-efficiency/index.html
[3] EPA, “Waters of the United States (WOTUS) Rulemaking, Supplemental Notice of Proposed Rulemaking to the Proposed Step One Repeal,” June 29, 2018
https://www.epa.gov/wotus-rule/step-one-repeal#S1
[4] The Hill, “EPA moves to repeal Obama water rule,” June 27, 2017
http://thehill.com/policy/energy-environment/339691-epa-seeks-to-repeal-obama-water-rule
[5] The Guardian, “Trump plan to tackle lead in drinking water criticized as empty exercise,” April 26, 2018
https://www.theguardian.com/environment/2018/apr/26/trump-plan-epa-lead-drinking-water-crisis-flint
[6] ASCEによると、インフラ深刻度は、A(優)、B(良)、C(可)、D(不良)、F(不可)の5段階評価としている。
ASCE, “2017 Infrastructure Grades,” October 2016
https://www.infrastructurereportcard.org/wp-content/uploads/2016/10/Grades-Chart.png
[7] White House, “Legislative Outline for Rebuilding Infrastructure in America,” February 2018
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2018/02/INFRASTRUCTURE-211.pdf
[8] EPA, “EPA Announces First Water Infrastructure Loan Under WIFIA,” April 20, 2018
https://www.epa.gov/newsreleases/epa-announces-first-water-infrastructure-loan-under-wifia
[9] CNN Politics, “Trump administration wants to lower emissions standards for cars,” August 2, 2018
https://www.cnn.com/2018/08/02/politics/car-fuel-efficiency/index.html
[10] IWA, “Trump Administration raises water infrastructure funding,” April 3, 2018
[11] EPA, “EPA Announces New Funding for Water Infrastructure Projects,” April 4, 2018
https://www.epa.gov/newsreleases/epa-announces-new-funding-water-infrastructure-projects
[12] EPA, “EPA Receives Record Number of Letters of Interest for WIFIA Water Infrastructure Loans,”
[13] EPA, “WIFIA Program, letters of interest received, ” August 2018
https://www.epa.gov/sites/production/files/2018-08/documents/wifia_letters_of_interest_received_fy2018_factsheet.pdf
[14] EPA, “WIFIA Program, letters of interest received, ” August 2018
https://www.epa.gov/sites/production/files/2018-08/documents/wifia_letters_of_interest_received_fy2018_factsheet.pdf
[15] EPA, “Drinking Water State Revolving Fund, Protection America’s Public Health For 20 Years. 20th Anniversary Edition, 2017 Annual Report,” August 2018
https://www.epa.gov/sites/production/files/2018-08/documents/20th_anniversary_dwsrf_report_final_508.pdf