インド国内の産業施設から排出される排水(工業排水)を処理し、処理水(再生水)を農業用水として利用する新たな指針が、インド環境・森林省傘下の中央公害管理委員会(CPCB:Central Pollution Control Board)により策定されたことが、2019年11月中旬明らかにされた。同指針では、工業排水の処理水を農業用水として活用する場合、様々な要件が産業施設の運営事業者(以下、事業者)に課せられており、灌漑対象となる地域の土壌と水質の回復を彼らの負担で行うことが義務付けられている。
工業排水の処理水を灌漑用水として再利用する新たな指針“Guidelines for Utilization of Treated Effluent in Irrigation”が最近、CPCBにより策定された[1]。同指針は、国家環境裁判所(NGT:National Green Tribunal)の方針や専門家グループからの助言が反映されており、現在CPCBの下部組織にて回覧されている。同指針の内容を最終化した専門グループには、CPCBのほか、インド工科大学デリー校(Indian Institute of Technology-Delhi)、及び、国家環境エンジニアリング研究所(National Environmental Engineering Research Institute)が含まれている。NGTが今年5月に示した同指針の方向性において、土壌や農場へ処理水を破棄するという概念ではなく、現在の降水量への影響を考慮して、工業排水を処理水として再利用するためにはZLD(zero liquid discharge)技術の導入を検討する必要があるとされた。CPCBによると、ZLD技術の導入により、土壌や水域または他の地域への工業排水の流出防止が達成されるとしている。
ZLD(無排水化)を実現するには、有機物を除去するために生物学的手法に基づく物理的及び化学的処理が必要となる場合もある。技術面及び経済面での制約により、ZLD技術の導入が現実的でない場合も多く見られるものの、CPCBは今回策定した指針において、淡水の消費量と環境中への排水放出量を最小限に低減するために、工業排水の回収、再利用を可能な限り実施することを事業者へ奨励している。
工業排水は灌漑用水として再利用することが可能である。そのためCPCBは同指針において、農学者や農業大学・研究機関等と協議の上、産業排水を再生水として活用する包括的な灌漑管理計画を作成準備するとともに、州公害管理委員会(State Pollution Control Board)へ同計画を提出することを、事業者に対して義務付けている。同委員会は事業者が提出した計画書を承認するほか、工業排水の排出に対して許認可を与える。
事業者が作成する包括的な灌漑管理計画には、灌漑を行う地域、同計画の対象地域や土地の区画数/測量地の数、対象となる農地の保有者(農業従事者)との合意書、年間を通じて処理水が活用される時期や灌漑を通じて栽培される農作物に使用される処理水の量、処理水を供給する配水システムの整備、需要が無いまたは低い時期における処理水の活用方法(用途の調整)、土地を有効活用するための作物栽培計画といった、様々な詳細内容を盛り込む必要がある。更に、処理水を灌漑用水として活用するためには、これらの要件のみならず、厳格な水質基準を遵守する必要がある。その例として、全蒸発残留物は2100 mg/l、ナトリウム吸着比は18未満が最適であるものの、26を超えない範囲と規定されている。
これらの水質基準の遵守に加えて、灌漑対象となる地域に処理水を供給する配水網(暗渠)を整備することや、最低15日間処理水を貯めることが可能な貯水タンクを建設することが、事業者に課せられている。また、処理水の灌漑用水路への放流地点における処理水のサンプル検査を年に2回実施し、灌漑用水に含まれる固形物の物理化学的な特性を測定する必要もある。さらに、州公害管理委員会または国立試験研究所認定委員会(National Accreditation Board for Testing and Calibration Laboratories)が認定した研究機関を通じて、処理水や土壌、地下水の水質状況を分析することが義務付けられているほか、仮に土壌や地下水の水質水準が悪化した場合、処理水の利用を直ちに停止する必要がある。