中国の黒臭水域問題および関連政策・取り組み

本稿は、EnviXのパートナーでもある「清華大学 環境学院 環境管理・政策教研所 常杪 所長」による中国の水市場に関するレポートである。今回は、中国の「黒臭水域問題および関連政策・取り組み」というテーマで、その最近の動向を概説する。

 

はじめに

黒臭水域」とは、中国都市部水環境問題のひとつで、「水が黒く、悪臭を出す都市水域」を指す。黒臭水域の成因は複雑であるが、自己浄化能力を失った点が基本的な特徴である。2015年8月に環境保護部(現、生態環境部)が公布した「都市部黒臭水域対策指南」(以下、指南)では都市部黒臭水域の定義を「都市部の市街地において人に不快を感じさせる色と(または)匂いを有する水域」と明記している。また同指南では、水の透明度、溶解酸素、アンモニア窒素などの指標から「軽度黒臭」と「重度黒臭」に分けられる。

特徴指標(単位) 軽度黒臭 重度黒臭
透明度(cm) 10~25 <10
溶存酸素(mg/L) 0.2~2.0 <0.2
酸化還元電位(mV) -200~50 < -200
アンモニア窒素(mg/L) 8.0~15 >15

 

1. 黒臭水域の汚染の現状

中国・住建部の統計データによれば、2017年12月までに全国地級とそれ以上の都市295で、合計2100か所の黒臭水域が確認され、水域面積は1484.727 km2に達していた。黒臭水域の数は2016年2月の初回発表時より239箇所増えることになった。地域別の分布としては、華東地域、中南地域が最も多く、全体の7割以上占めている。


図 黒臭水域の地域別の分布

省別の分布としては、1省当たり100箇所を超える広東省、安徽省、湖南省、山東省、江蘇省、湖北省、河南省がトップ7位で、全体の6割近く占めている。


図 省別の中国都市部黒臭水域の数
(出典:全国都市部黒臭水域対策監視管理プラットホーム(住建部))

 

2. 黒臭水域対策関連政策動向

中国の黒臭水域対策は、2015年4月、中国国務院が公布した「水汚染防止行動計画」(通称「水十条」)で定められた対策目標を政策指針として実施されてきた。同行動計画は「汚染排出源の規制強化、ごみ清掃、河道浚渫、生態修復」などの措置が挙げられ、各都市に対して半年毎に取り組み状況の公開を義務付けている。また下記の通り、黒臭水域対策の目標を明確にした。また住建部は、「都市部黒臭水域対策指南」、「黒臭水域対策技術政策(意見募集稿)」、「都市黒臭水域対策監督管理プラットホーム」など一連の政策・技術ガイドラインを公布してきた。

表 「水汚染防止行動計画」で定めた2020年における対策目標

2015年末まで 地級とそれ以上の都市の都市部は水域調査を実施。
黒臭水域の名称、責任者及び基準達成期限を公開。
2017年末まで 川面に大面積の漂着物がない。川辺にゴミの堆積がない。
直轄市、省会都市、計画単列市の都市部では黒臭水域を除去。
2020年末まで 黒臭水域対策の目標をすべて達成。

 

2016年以降も政府は黒臭水域対策を更に強化し、関連取組を促進するための一連の政策を公布・実施している。

  • 十三五生態環境保護計画」
    2016年12月に国務院が公開した、“十三五”期間(2016-2020年)における環境分野の発展指針である「“十三五”生態環境保護計画」では、「2020年に地級レベルの都市部建成区の黒臭水域の割合を10%以下に抑え、その他の都市では大幅な改善にむけて努力する」と明確に要求した。
  • 「都市部黒臭水対策攻堅戦実施方案」
    住宅・城郷建設部と生態環境部は、2018年9月30日に共同で「都市部黒臭水対策攻堅戦実施方案」を公布した。2018年末までに、直轄市(北京市、天津市、上海市、重慶市)、省会都市(省庁所在都市)、計画単列都市(大連市、青島市、寧波市、アモイ市、シンセン市の5都市)の建成区における対策済みの黒臭水域の割合を90%以上に達成させる。その他の地級レベル都市の建成区における対策済みの黒臭水の割合を顕著に向上させ、2019年末までに90%以上を達成する。京津冀地域、長江三角地域、珠三角地域内の都市において早期の黒臭水対策の完了を奨励する。
  • 「都市部黒臭水域対策モデル都市」
     2018年10月に中国財政部は、全国範囲、具体的には九江、瀋陽、長春、馬鞍山、開封、宿州、青島、長治、漳州、邯鄲、信陽、臨沂、淮安、福州、広州、重慶、内江、昭通、菏澤、咸寧20都市を「2018年都市部黒臭水域対策モデル都市」に指定し、各都市政府に対して中央財政が6億人民元の専用資金を交付することとなった。

 

3. 黒臭水域対策の実施状況

2016年12月に国家発展委員会と建設部が共同で交付した「“十三五”全国都市部汚水処理および再生水利用施設建設計画」では、黒臭水域対策に関して2020年までに地級レベル都市およびその上級レベルの都市の建成区での2000箇所あまり、総長約5800 kmの黒臭水域対策事業を行う計画で、そのうち、汚染源対策・汚染物の流入遮断関連建設事業の投資需要としては約1700億人民元であると試算された。2016年以降、中央政府の直接推進のもと、各地の黒臭水域対策事業はハイスピードで進められている。建設部の統計によると、2018年5月までに指定された2100箇所の都市部黒臭水域のうち対策済みとなったものは1745箇所で、対策実施中は264箇所、対策方案制定中は91箇所となっている。

3.1 黒臭水域対策プロジェクトのあり方

中国の都市部黒臭水域対策事業は、環境インフラ整備事業の一部として政府主導で行われてきており、中央政府からの専用資金、地方財政資金が対策の資金源となっている。2015年の初期段階としては、EPC方式で行う事業が比較的大きな割合を占めていた。一方、黒臭水域対策事業には総合環境対策として汚染源対策、汚染源流入の遮断、ゴミ除去、汚泥浚渫、生態修復など複数の事業内容が含まれ、膨大な資金投入が必要となっている。環境保護部・環境計画院の研究成果としては、浙江省と江蘇省における黒臭水域対策の投資の例を挙げ、河道黒臭水域対策の投資額は1 kmあたり3500万元~4500万元という試算もある。

近年、黒臭水域対策事業ニーズの拡大、政府資金の状況、民間資本の同分野への進出意欲、インフラ分野における民間資本参入に関する法規制の整備などの影響で、PPP方式の導入が始まっている。ひとつの地域をベースに、複数の黒臭水域、関連汚染源対策、配管敷設事業、生態修復事業を包括し、投資額として数億人民元単位の大型PPPプロジェクトがよく見られるようになっている。事業者は単独のエンジニアリング専門企業だけでは対応しにくく、投資企業、設計、エンジニアリング系企業、生態修復系企業が状況に応じて、各企業の得意分野を生かし、複数企業の業務連携によって一体となった「連合体」の形で入札に当たるケースが多い(下表に具体例を掲載)。

表 20176月以降一部の典型的な黒臭水域対策事業例

プロジェクト名 事業者 時間 投資額
(人民元)
事業内容
安徽省六安市都市部河黒臭水域対策PPPプロジェクト 北京市久安建設投資集団有限公司ら2社による連合体 2017年6月 6億2900万 地域内の河川9本の黒臭水域における対策
広西壮族自治区南寧市内河黒臭水域対策PPPプロジェクト 広西博世科环保科技股份有限公司ら2社による連合体 2017年7月 9億1800万 地域内の河川11本の黒臭水域における対策
珠海市闘門区黒臭水域生態修復PPPプロジェクト シンセン市鉄漢生態環境股フン有限公司ら4社による連合体 2017年9月 5億6509万 地域内の河川8本の黒臭水域における対策
江蘇省淮安市淮安区黒臭水域総合対策PPPプロジェクト 北京首創股份有限公司ら4社による連合体 2018年7月 16億2470万 地域内の河川15本、湖・池3箇所の黒臭水域における対策;4万トン/日規模の排水処理場の建設・運営(BOT方式)
江蘇省江陰市都市部黒臭水域対策および農村部生活排水対策PPPプロジェクト 中建水務環保有限公司ら3社による連合体 2018年10月 36億7007万 地域内の河川27本の黒臭水域における対策;行政村13箇所および自然村61箇所の生活排水処理施設の整備
湖南省湘潭市都市部黒臭水域対策PPPプロジェクト 中交天津航道有限公司ら2社による連合体 2018年7月 8億5019万 地域内の河川6本、湖1箇所の黒臭水域における対策
安徽省界首市都市部黒臭水域対策PPPプロジェクト 安徽国祯環保節能科技股份有限公司ら3社による連合体 2018年10月 14億3250万 地域内の河川7本の黒臭水域における対策
湖南省嘉禾县黒臭水域対策および関連施設建設PPPプロジェクト 永清環保股份有限会社ら2社による連合体 2018年1月 18億6903万 地域内黒臭水域対策事業、都市部雨水・排水分流改造事業、海綿都市モデル事業、都市部排水配管整備事業、小都市排水処理施設建設
広東省潮州市枫江流域水環境総合対策二期プロジェクト 聚光科技(杭州)股份有限公司ら4社による連合体 2018年8月 5億7339万 地域内の河川3本の黒臭水域対策、7つの村の排水配管整備
広東省中山市中心組团黑臭水体対策プロジェクト 博天環境集団股份有限公司ら3社による連合体 2018年7月 9億5062万 地域内の河川10本の黒臭水域における対策

PPP方式事業としてもBOT、BT、DBO、EPC+Oなど複数の形態があり、現地対策ニーズの実際の状況におうじて最適な方式が採用されている。以下に示す「湖南省湘潭市都市部黒臭水域対策PPPプロジェクト」の場合、BOT方式で、建設期間を1年間とし、20年間の運営管理期間を設けたひとつの包括的な事業として実施された。

コラム 湖南省湘潭市都市部黒臭水域対策PPPプロジェクト

2018年7月に湘潭市黒臭水域対策の主管部門である湘潭市住房和城郷建設局は公開入札を行い、中交天津航道局有限公司および中交生態環保投资有限公司によって形成された連合体が落札した。同事業の総投資額は7億2827万元、事業期間は21年であり、そのうち建設期間は1年間とし、運営管理期間は20年としている。主な事業内容は以下の通りで、市内の河川6本と湖1箇所が含まれている。

  • 愛労渠:長さ8.19 kmの河川。事業内容:汚染物の流入遮断、底泥浚渫、川岸の生態修復
  • 南洋渠:長さ3.79 kmの河川。事業内容:汚染物の流入遮断、底泥浚渫、川水の生態修復、川岸の生態修復
  • 七里冲沟:長さ3.5 kmの河川。事業内容:底泥浚渫、水質監視施設の整備
  • 求子坝渠:長さ3.1 kmの河川。事業内容:汚染物の流入遮断、底泥浚渫、川岸の生態修復
  • 胜利渠:長さ4.7 kmの河川。事業内容:底泥浚渫
  • 阳塘渠:長さ1.56 kmの河川。事業内容:汚染物の流入遮断、底泥浚渫、川水の生態修復
  • 易家湖:面積58,465m2の湖。事業内容:汚染物の流入遮断ための配管敷設、底泥浚渫、川岸整備

 

3.2 黒臭水域対策事業における主な事業主体

現時点で国内の黒臭水域対策事業に積極的に取り組んでいるのは、主に水処理関連大手エンジニアリング企業、国有建設大手企業、緑化生態環境関連企業、モニタリング関連企業である。

水処理エンジニアリング企業 全国的に事業を展開している北京碧水源科技股份有限公司、桑德集团有限公司、広西博世科環保科技股份有限公司、北京首創股份有限公司、安徽国祯環保節能科技股份有限公司、博天環境集団股份有限公司、北京北排建設有限公司など。
国有建設大手企業 豊富な資金力、国有企業特有の影響力、市場力を生かし、自社傘下の環境専門企業を生かす、または、専門の環境処理企業と組んで関連事業に積極的に参入している。中電建路橋集团有限公司、中国中車股份有限公司、中国葛洲坝集团公司、中国建築集团有限公司などの大手国有企業はその典型例である。
緑化・生態環境関連企業 沿岸および水の生態環境修復事業も黒臭水域対策の重要な一部である。北京東方園林股份有限公司、シンセン市鉄漢生態環境股フン有限公司、内モンゴル蒙草生態環境(集団)股份有限公司を代表とする生態環境修復大手企業も積極的に同分野で事業を行っている。
環境モニタリング企業 黒臭水域の現状、対策の効果の把握に対する大きな市場ニーズにより、環境モニタリング企業は同分野に積極的に参入している。IT技術・ビッグデータを活用したモニタリング手段、管理手段の革新により新たなニーズにも繋がっている。また聚光科技(杭州)股份有限公司など環境モニタリング関連分野の大手企業は、大型黒臭水域における対策事業の主導役を果たすケースも見られるようになっている。

 

4. 今後の発展方向

上述したように建設部の発表としては、2018年5月までに全国で指定された2100箇所の黒臭水域の8割以上がすでに対策済みとなっている。一方、現段階で「対策済み」の評価基準は不明確であり、一部の黒臭水域は段階的な対策目標を達成しているものの、根本的な改善までには至っていなく、黒臭水問題が再発する可能性も否定できない。こういった状況のなか、2018年5月に生態環境部は70都市における「対策済み」と報告された993箇所の黒臭水域に対する特別査察を行った。同査察の段階的な結果として、問題がまだ残っているものは75箇所確認され、さらに、新たに274箇所の黒臭水域も確認された。

2018年に公布された「都市部黒臭水対策攻堅戦実施方案」、「都市部黒臭水域対策モデル都市」など一連の促進策の実施、および実際の実施状況に対する査察の強化により、中国の黒臭水対策事業はさらに加速されている。現状は、都市部黒臭水対策は重点地域・大都会を中心として行われ、中長期的には対象が中小都市に拡大すると考えられる。また集中建設事業完了以降も対策済みの黒臭水域の良質な水質を長期間維持するため、関連モニタリング事業や施設のメンテナンス事業が継続的に実施され、大きな市場ニーズに繋がると見られている。