特集(2012年11月号) – 米国の水インフラ市場への資金ニーズと民間資金にギャップ

本稿は、水ビジネス・ジャーナル第44号(2012年11月発行)の特集記事「世界中のインフラ市場の危機と今後の市場性」の一記事です。


2012年9月11日、GE Power & Water社でGlobal Government Relations Leaderを務めるJon Freedman氏が、米国において漏水事故が頻発している水インフラ市場が抱える資金不足と運用されないままの状態にある多くの民間資金との間にあるギャップや、今後の対策及び展望について見解を述べた。以下はその概要である。

水セクターにおける大きな矛盾の一つは、多くの都市が資金不足で困っている一方で、民間のインフラファンドによって集められた数十億ドルもの資金が運用されないまま眠った状態に置かれ運用されるのを待っているということである。

米国の上下水道インフラの多くは、数十年も前に建設されたものであり、その使用できる寿命の終わりに近づいているのである。実際、毎日大きなものだけでも650か所で水漏れが発生しており、毎年漏水で失われる処理水の量は2兆ガロンに及び、その価格は26億ドル(約2000億円)に相当すると見積もられている。最近開催された全米市長会議では、今後20年間に上下水道の設備投資資金として4兆8000ドル(約380兆円)が必要との予測が示されている。連邦環境保護庁EPAと政府説明責任局GAO(旧会計検査院)は、この水インフラへの投資需要と調達資金との現行のギャップを5000億ドル(40兆円)~1兆ドル(80兆円)と見積っている。

このような悲惨ともいえるEPAとGAOによる資金ギャップの評価に加えて、米国土木学会(ASCE)が最近、米国の下水インフラに「D-」の等級付けを行なっている。

(注)「D-」のランクとは、老朽化するインフラの安全性とその改善復旧に要する資金需要の大きさなどから現時点でのインフラの健全性をASCEが独自に評価しているものでまあまあとの平均的レベルをCとし、問題ありをDとしていることから、相当にひどい状態であることを表わしている。

【表5】
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ASCEによれば、米国の自治体では、大きな漏水事故だけでも(年間)24万件発生しており、水道管などの汚染や損傷及び破裂を引き起こす合流式下水道の越流水は数十億ガロンにも達している。そしてASCEは、もしこのまま下水インフラの危険性を検査しないままでいれば、いずれは水道事業者に1470億ドル(約12兆円)、住民に590億ドル(約5兆円)の負担を強いることになると警告している。

このように予算不足と資金調達先が限られていることに直面している連邦政府、州政府そしてその他の地方政府は、破裂したり漏洩する水インフラを修復するコストを工面する必要に迫られ大きなプレッシャーを受けている。それでも、上下水道インフラへの投資を増大させる方途はあるに違いないが、もしそれができなければ悲惨な災害が生じることになるだろう。民間セクターがこうした資金ギャップへの対処に資する余地があるが、それは、次のような水インフラ資金の融通を促進させる可能性のある3つの法案あるいは推進策が提案されている状況が生まれてきているからである。

水インフラへの投資資金を融通促進させる可能性のある法案策定の動き

(1) 民間事業債(PAB: Private Activity Bond)イニシアチブ:

このPABイニシアチブは上下水道向けのPABの上限枠を引き上げるものである。PABは民間セクターによる公共プロジェクトへの設備投資を可能とする資金調達の1形態であり、そのメリットは在来の課税対象の資金調達よりも金利が低いことや、役務提供コストが低いこと、そして資金提供が迅速に行なわれることなどである。一般に、地方政府はこのPABを様々な公共投資に活用している。例えば、公共住宅、学資ローン、空港、娯楽文化施設、固形廃棄物の処分サイト、港湾などである。

従来、PABは1980年代に見られた固形廃棄物処分の危機など重大なインフラ汚染問題を解決するために活用されてきた。その1980年代に、規模が大きく汚染の影響も大きい汚染サイトであるスーパーファンド・サイトなどでは、民間セクターは、広範に及ぶ地下水汚染を回避するためや有害廃棄物サイトの拡大を抑止するために、廃棄物処理処分施設などに200億ドル(約1兆6000億円)を投入してきた。しかし、PABを規制する連邦規則の下では、州政府によって発給されるPABの総額は制限されている。この制限、あるいは上限は、当該州の人口の規模をベースとしている。また21種類の異なるプロジェクトは、いずれも同じPAB上限額に従わねばならないものとなっている。したがって、水関連プロジェクトは、住宅建設や教育、あるいは発電関連のプロジェクトと、上限枠が設定された同じ金額を取り合わなければならない。

こうした状況の下で2012年初めに、こうした上限枠を引き上げようとする超党派の法案が多くの議員の支持を得て上下両院に上程された。例えば、下院では法案H.R.1802が60名以上の共同提案者によって上程された。ある調査結果によれば、その法案が成立した場合には、民間による設備投資額として年間50億ドル(約4000億円)が提供され、それによって14万2500人以上の雇用を生むことにもなるという。さらに、連邦・州及びその他の地方政府には数十億ドルという税収がもたらされるという。

残念なことに、この法案は制定されなかったが、「持続可能な水インフラ連合(Sustainable Water Infrastructure Coalition)」は議会で新たな法案が通るよう強く働きかけてゆくとしている。

(2) 産業界への税優遇策(Tax Incentives for Industry)

2つ目の動きは、産業界に水の更なるリサイクルや再利用をもたらすプロジェクトを遂行させる税優遇策である。世界中の多くの国で、水の再利用を奨励するための推進策が制定されてきた。たとえば、シンガポールでは水のリサイクル施設に要する設備投資額の最大50%までの資金を提供する「水効率基金(Water Efficiency Fund)」が創設されている。米国でもそうした推進策が存在しているが、どちらかというと地方政府による傾向がある。それでも、新たな展開として、2012年6月28日に連邦議会の3名の上院議員が「2012年 産業エネルギー効率インセンティブ拡大法(Expanding Industrial Energy Efficiency Incentives Act of 2012)」案(S.3352)を上程したのである。3名の議員とはJeff Bingaman(D-NM), Diane Feinstein(D-CA)及びOlympia Snowe(R-ME)である。

このS.3352法案は、水のリサイクルやその他の水の効率的使用に関する技術に投資する米国企業を対象に連邦による税還付措置を提供しようとするもので、これによって水の効率的利用への民間セクターによる投資が大きく奨励されることになる、すなわち、その結果としてアメリカの国家水セキュリティーの目標達成に向けて重要なステップを踏み出すことになる。

(3) 水インフラ資金調達革新権限法(WIFIA:Water Infrastructure Finance and Innovation Authority)

3つ目の推進策といえるのは、水インフラ資金調達革新権限(WIFIA)法案で、これはうまく機能している輸送インフラ資金調達革新権限法(TIFIA)に倣って策定されたものである。こうした機関の存在によって、水事業者(water utilities)の設備投資額が引き下げられると共に、連邦政府予算に長期的な負担をほとんどかもしくは全くかけ無くてすむ。

WIFIAは、連邦財務省の資金を長期財務省レートで引出すことができ、そうした資金を水プロジェクト向けの融資やその他の信用貸し用に利用することができるようになる。すなわち、資金は財務省からWIFIAを経由して、自らの設備投資資金のプールを拡大すべく借り入れたいと欲している比較的大規模な水プロジェクトや州リボルビング基金に流れてゆくことになる。金利を伴って、融資の返済金はこれもWIFIAを経由して最終的に財務省(国庫)に戻ってゆく。

アメリカ水道協会(AWWA)のリーダーシップの下で、この法案が間もなく連邦議会に上程されるものと見られる。

〈4〉 国家インフラバンク法(National Infrastructure Bank Act) —オバマ大統領が支持

2012年度予算で300億ドルを計上 ――運輸省管轄下

米国の水道施設は、今後20年間に亘って大規模な投資を必要とする局面に立たされており、現状の資金不足のままでは予期される水需要の拡大に応えることができない。米国のインフラを刷新あるいは修復するために要する費用が気の遠くなるほど大きいのもだとしても、もしそうした資金の手当てをしないまま放置すれば事態は悲惨なものとなるだろう。

民間による資金提供で支援が得られれば、米国の水インフラの将来が明るいものになると言いえるだろう。

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